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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
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第四十片 『無礼な剣士』

 軍の詰め所に行って、ハハルさんはこの近辺の地図をもらった。そして兵士からもできる限りの事情を聞いた後で、町の近辺の見回りを決定した。


 町の外は、十分も歩けば辺りは木々に覆われたなだらかな斜面になる。

 そこには虫も鳥も他の魔物たちも、様々なものがひしめき合っている。

 こちらに突っ込んでくる猪もその一つだ。

「白雪、二倍だ」

「はい」

 引き金を引くと、猪の片牙が折れ、左半身を下にしてその体は横転した。走っていたときの勢いが死なず、体が地面を転がっていく。その間に猪は意識を失い、天に召されていくのだ。

「この辺りの討伐はこのくらいにしようか。次の場所に行くよ」

「はい」

 ハハルさんにクロシシを巻物にしまってもらい、俺たちは移動する。

 日は西にかなり傾いている。そろそろ五時か、六時くらいだろうか。

「これで四分の一の地域の討伐はいけたね。ここから東の門に行って、そこから北門に戻ろう。そろそろあいつが帰ってくるはずだから」

「分かりました」

 周囲への警戒を緩めることなく、次の予定を確定させていく。

 何がどこから出てくるか分からないというのは、神経をかなり消耗するものだと思う。ハハルさんがいることが、せめてもの救いだろう。

「冬君、大丈夫?」

「はい、平気です」

「水分補給とかも、こまめにしといてね」

 応答してから、俺はバッグの中に入れられた水筒を取り出した。竹で作られた本体に、固く締められた栓。ねじり式の開閉方法はペットボトルに似たところがある。

 仮面を上にずらし、一口含んでまたバッグにしまう。

 相当の行動をしている中で、汗もかなりの量をかく。水分補給が必要だということは、頭を使わずとも体がわかっていた。

「それにしても、冬君も頑張るね」

「え?」

 ハハルさんは、いつの間にか後ろ歩きになっていた。細い顔が俺と向き合っている。

「こっちに来てから、ほとんど遠征……任務に出てるんでしょう?」

「ええ、まあ」

「それに今回のこの任務だって。拒否してもいいのよ?」

 そうなのか。それは初めて聞いた。

 だが、

「俺がこちらに呼ばれたのは、現状を打開するためですから。場を選んではいられないかと」

「それはそうだけどね。まあ、戦闘スキルもなかなかのものになってはきてるし」

 だとすれば、それは現場での実践がきいているのだろう。俺みたいな戦闘初心者は、場数を踏んで反省と改良を繰り返すのがいいだろう。この考え方は、もしかしたら間違っているのかもしれないが、俺には成否が分からない。

「でも、死んだら何にもならないからね?」

「…………」

 ハハルさんから放たれた言葉に、俺は即答を返すことができなかった。

 この世界に来て、クロシシとの初めての戦闘から、意識の裏側で何かがざわめいていた。

 平常、生きているだけなら感じることはないであろう、違和感とでもいうべき気持ち悪さ。

 それは、言ってみれば死への恐怖だったのかもしれない。

 今の言葉に即答するには、俺はまだ十分な強さを身に付けていない。「死に急ぐなよ」と。暗にそう言われた気がした。

「はい」

 死なないように頑張るしかない。俺はまだ、「当然ですよ」なんて余裕をもって言える人ではないのだ。

「いい返事ね」

 ハハルさんは、微笑んで前に向き直った。

 東門が、すぐそこまで来ていた。


「遅い」

「仕方ねえだろ。思いの外遠かったんだからよ」

 北門でメネスさんを待つこと十五分。彼は舗装なんてされていない道の向こうから歩いて帰ってきた。

「で、わかったことは?」

「蜘蛛の住処すみからしき洞穴を見つけた」

「どの辺りよ?」

 メネスさんが懐から取り出した地図には、北部の山の斜面に赤い丸が描かれていた。

「ここから一キロってところかしら?」

「ああ。だが、途中に川や地盤の緩い個所もあるから、かかる時間は少し多めだ」

「なるほどね」

 二人の分析に、俺とユキが立ち入るスキはなかった。まあ入らなくてもいいのだろうけど。

「今日はもう遅い。これから飯食ってくる」

「私たちも行くわ」

 メネスさんが町の方に入っていく。ハハルさんもそれに続こうとしていた。

 が、移動する前に、伝えておかなければならないことが俺にはある。

「あ、あの」

「ん?」

 俺に肩をつつかれて、ハハルさんはきょとんとした顔で振り返った。

「どうしたの? 冬君」

「その、そろそろ日暮れなので、」

「あ、そっか。冬君は帰らないといけない時間か」

「はい、すみません」

「いいよいいよ。気にしないで」

 ハハルさんは不快な様子一つ見せず言ってくれる。

 レジルさんから事情は聞いていたのだろう。すんなり了承してくれて、内心とても安心した。

 だが、あの人はやはり違った。

「なんだ。お前は夜の警備に参加しねえのか」

 こちらの会話に耳を傾けていたのか、いつの間にか振り返っていたメネスさんはあおり気味にこちらを見てくる。

「仕方ないでしょ。冬君はもともと“現世”の人なんだから。こっちに手助けに来てくれてるだけでも」

「戦力に数えられねえ奴を、俺は手助けなんて呼ばねえよ」

「あんたね……。いくらなんでも今のは聞き捨てならないわよ!」

「うるせえな。夜はいないならって話だ。昼はどうだか知らねえが、本戦は夜が多いんだ。ここなら特にそうだろ」

 言いたいことを言い切ったのであろう、メネスさんは踵を返し、また歩き出した。

「ごめんね、冬君。あとできつく言っとくから」

「いえ、いいですよ」

 それからも続くハハルさんからの言葉を横に流しながら、俺はだんだんと離れていくメネスさんをじっと見つめた。

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