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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第一章 変動編
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第四片 『変化』

 目の前は、真っ暗だった。


 視覚はまだあるらしい。


 しかしその視界も意味がない。どこまでも暗く、先があるのかもわからない。完全な闇。


「もし、もし」


 そんな暗闇の中で、声が聞こえた。


 まだ聴覚も残っているらしい。


 暗闇の中で、ぼやけた人のシルエットのようなものが、白抜きになって見えてきた。これは、大人?

 和服を着ているのか、凹凸の少ない服装。長い白銀の髪が、吹いているのか分からない風に揺られている。


「もし、もし」


 また声が聞こえた。高い声だ。

 川の流れのような、透き通った声。冬に降る雪を思わせる、冷たさと脆さを合わせたような声。落ち着いた女性の声のようにも聞こえる。


(なんじ)は生きたいか? それとも死にたいか?」


 ……聞こえてきて間もない声の主に人生で一番大きな選択を迫られている俺って、何なのさ。


「さ、答えよ」


 急かされても困る。俺は生にそんなに執着してるわけじゃない。……だったら、死にたいでいいのか。このまま生きてても中途半端な人生しか予想できないし。


「死に……」

「死にたいなぞ言おうものなら、許さんからな」


 いきなり声の調子が変わり、二択を一択に絞られた。

 俺はフィフティ・フィフティを使った覚えはないのだが。


「なら、生きたい」

「それでよい。生きて、次の夜を待て」


 また落ち着いた調子に戻った声は、それから後、全く聞こえなくなった。

 白い姿が、フェードアウトしていく。

 また視界は、真っ暗闇に閉ざされた。



 起きることが出来た。

 瞼を上げると、真っ白い天井が映った。

 鼻につんとくる臭いがする。

 ここは、何度か見たことがある所だ。


「あ、冬君。目が覚めた?」


 横から声がする。

 首を右に回すと、声の主は隣のベッドに寝転ぶ子供の点滴を変え終えたところだった。


「平坂さん」


 平坂さんとは、俺の家の近くにある小児科主体の診療所で働いている看護婦さんである。子供の頃からこの診療所にはお世話になっているので、第二の母と言っても過言ではない。


「道に倒れてたから、ここに連れてきたのよ。佐野のおばさんが」


 佐野のおばさんは近所のおばさんだ。声がでかいが、気のいい人で色々よくしてもらっている。


「すいません。仕事の邪魔して」

「いいのよいいのよ。困ったときは助け合いよ」


 どうやら俺は、佐野のおばさんによって診療所まで連れてこられたらしい。そのおばさんは早々に帰ってしまったらしいから、家に帰る前にでも礼を言いに行こう。


「じゃあ、俺はもう帰りま……っつ!」


 言いながら、体を起こそうとすると、胸の中心辺りに鋭い痛みが走った。

 ベッドに再度背中を預ける。


「無理しちゃだめよ! 傷口が開いちゃうでしょ」


 平坂さんが寄って来る。今気づいたが、シャツが胸の辺りまで開けられていた。

 顎を引いて見ると、胸にはグルグルと包帯が巻かれているのが視界の端に捉えられた。


「これ……そういえば、犯人が……っ!」


 そこまで言って、俺はあの時の状況を鮮明に思い出した。


「そういえば、あの犯人どうなりました!?」


 佐野のおばさんは、もしかしたら美術館から仮面を盗んだあの犯人と鉢合わせしたのかもしれない。傷などなかったか聞いてみると、平坂さんは平然と首を横に振った。


「あの人ピンピンしてたよ」


 それを聞いて、安堵のため息が零れた。


「あ、でも」


 平坂さんは続ける。


「誰かナイフを持った人が冬君にのしかかってたとは言ってたなあ」


 それを見たおばさんは、無我夢中で持っていた鞄を振り回してその人を撃退したらしい。

 勇敢と言うか無謀と言うか、あの人は猪突猛進な人だから心配していたが、どうやら今回は好転したらしい。


「まあ、あのおばさんすごいよね。殺人犯にも臆さず向かってくんだから」


 平坂さんのなんともない言葉に、俺は違和感を覚えた。


「……殺人犯?」

「そうよ、今日の朝から報道してたでしょ? 指名手配犯がここらへんをうろついてるって」


 そんなニュース、俺は見た覚えがなかった。見落としたか?


「それって、美術館から仮面を盗んだ人とは違うんですか?」


 俺が問うと、平坂さんはさっきの俺と同じように眉を八の字に曲げた。


「美術館? 仮面? 盗む? そんな事件、あったっけ?」


 平坂さんは近くにいた看護師さんに確認してくれたが、相手は俺が言ったような事件は聞いたことがない、そんなのがあったら頭に焼き付いていると言って、笑ってベッドルームを出ていった。


「……ということらしいよ。冬君、小説読むの好きだし、あんなことがあったから頭の中で色々こんがらがってるんじゃない?」

「そう……ですね。そうかもしれません」


 どうにも納得はできないが、そういうことにしておいた。これ以上仕事をしている看護婦さんを俺のせいで留めていては申し訳ない。


「じゃあ私は仕事に戻るわ。冬君はもうしばらくそこで寝ててね」

「はい、わかりました」


 手を振って、平坂さんはベッドルームを出ていった。


「…………」


 俺の記憶が、他の人の記憶と違っていた。

 俺が変なのか、他の人が変なのか。それともどちらでもないのか。

 よく分からないが、何かが変わっているような気がした。

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