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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
38/123

第三十七片 『山の町ファラス』

――――――シュンッ


 布がすれるような音が聞こえたかと思うと、体を一瞬の浮遊感が襲った。

 体の違和感が抜けると、徐々に視界を覆っていた光が弱まり、周りが見えてきた。

 耳には大勢の話声が聞こえてくる。人が集まっているのだろうか。

 視界が完全に回復すると、眼前に編み上げブーツを履いたハハルさんが待機していた。

 次いで、俺のいる場所を囲むようにして、数十人の人が転送所と呼ばれるこの建物に集まっているのが見えた。

 木でできた小さな集会場は、人数に対して十分な収容量を持っていなかった。入口まで人で埋め尽くされている。

「よかった。無事に成功したみたいだね」

 ハハルさんが微笑む。

「……みたいです」

 ていうか、これは失敗する可能性もあるのか。

「さあさ、早く場所を開けて。ハクがすぐに来るはずだから」

 おっと、そうだった。

 こちらの陣は石で組まれた台座の上に描かれており、台座と地面とで段差を作っている。

 それに注意して陣の外に出ると、間もなくして陣が白く輝きだした。


――――――シュンッ


「ユキ、ただいま転送完了しました」

「はい、ご苦労ね、ハク」

 敬礼をするユキの頭を撫でるハハルさん。喜ぶユキと一緒に見ていると、二人は少し年の離れた姉妹のようだった。

「なあ、どれが例の子かな」

「“現世”から来たっていう?」

 ふと、そんな声が耳に入ってきた。やはり珍しいことこの上ないのだろう。もしかしたら、それを見るためにこの人たちは集まったのかもしれない。

「あの人はハハルさんだから違うな」

「ってことは嬢ちゃんか小僧か」

 どうやら、ユキの事はあまり知られていないようだ。一国の王女としてどうなのかとは思うが、それはそれだ。

「小僧の方はちょっとひょろっちいな」

 ひょろくて悪かったな。

「てか、“現世”の人なんて大丈夫なのか?」

 ……ん?

「“あちら”にいるからって、そう違いはないだろうよ」

「もしかしたら、人食主義かもしれないぞ」

 おいおい、なんか怪物みたいな言われようだな。

 ……でも、“願世”の普通の人からしたら、俺は怪物みたいなものなのかもしれない。

 素性なんて分からない。今まで交流を絶ってきた世界から連れてこられた、自分たちと同じような姿かたちの何か。「同じ人間」だという保証はどこにもないのだから、疑われても無理はない。

 ならば、ユキは“現世”で大丈夫だったのだろうか。俺と歳がそう変わらないように見える容姿。それも特異な髪色に女子だ。もしかしたら、俺に出会う前に事件にあっていたかもしれない。

「皆の者、静まれ」

 喧騒を打ち破ったのは、年老いた男性の一声だった。転送所に集まっていた人たちはみな口を真一文字に結んだ。

「客人、不快な思いをされたなら、申し訳ない」

 人々の中を進み出て、白髪の豊かな老人は俺に向かってまっすぐに深く礼をした。

 この人は、俺が例の人だと分かるのか。

「いえ、そんな。謝るほどの事ではありません」

「そう言ってもらえると、こちらとしても助かります」

 老人は一度頭を上げてから、再度小さく頭を下げた。

「申し遅れました。私がファラスの村長を務めておりますオリバーです」

「国王直属幹部、魔術師団団長、ハハル・リンクです。ご無沙汰しておりました、オリバーさん」

 とんがり帽子を脱いで綺麗な礼をするハハルさん。

「清水冬です」

「ハクとお呼びください」

 俺とユキも各々で礼をする。

「今回はよく来てくださった。それでは、私の家に案内しましょう」

 出口に向かっていくオリバーさん。

「それじゃあ、私たちも行きましょう」

 ハハルさんの言葉に従って、俺たちはオリバーさんの後を追った。


 転送所を出てまず目に飛び込んできたのは、

「……山が近い」

 町の真ん前に高くそびえる山だった。高い木が多いのだろうか。青く茂る木々の間に、茶色の樹皮が少しばかり見える。

「前だけじゃないわよ?」

「え?」

「周りを見てみて、冬君」

 言われた通り、ぐるっと辺りを見回してみた。

「…………」

 東西南北、三百六十五度全て、高低の差こそあれ、この村は山に囲まれていた。

「ファラスというのは昔の言葉で『山』という意味なのじゃ。山を愛し、山からの恩恵に感謝して生きるのがこの村の民の生きようじゃ」

 なるほど。なるほど。

 昔から由緒正しく歴史を刻んできた村なのか。このファラスは。

「ささ、参りましょう」

「あ、はい」

 俺のせいで時間を使ってしまったな。

 少しの反省をしながら、俺たちは村長の家に向かって進みだした。


 歩いていると、所々で材木を運んでいたり、声を掛け合って家を組んでいたりする人たちを見かけた。

「ところで、メネスという者が既に来ているはずなんですが」

 ハハルさんの問いかけに、オリバーさんは足を止めることなく、顎に手を当てて柔らかく応えた。

「ああ、あの若い人ね。今は村の周りの警護に参加してもらっているよ。情報は現地で取るのが主義だそうでね」

 ほっほっほ、と、年季の入った笑いをこぼした。

「あいつ……馬鹿」


 ハハルさんの口から小声で暴言が聞こえた気がしたが、俺の気のせいだろう。

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