第三十六片 『古い魔法陣』
謁見部屋に行く途中、廊下でばったりハハルさんと会った。
「あなたたち、靴を持ってくるの忘れてるでしょ?」
「あっ」
ユキの間抜けな声が空気に消える。
何だ? 転送という移動方法では、靴を自分で持っておかないといけないのか。
「冬君の顔を見るに、国王は説明をしていないみたいだね」
「そういえば、「後で」って言った直後にメネスさんが入ってきて、そのまま話の流れで解散になっちゃいましたね」
「そっか。なら、今回は仕方ないね」
次からは忘れないでねと言いながら、ハハルさんは長い羽織の下から俺とユキの靴を出した。
「ありがとうございます、ハハルさん」
「いやいや、いいよ。行き違いにならなくてよかった」
そのまま、俺たちは一緒に謁見部屋へと歩を進めた。
「来たね、三人とも」
部屋に入ってみると、レジルさんは既に座っていた。
それから、部屋の中央当たりに何かが広げられている。
布であろうか。大きさは二メートル四方ほど。少し茶色がかっているように見える。
「まあ入りなさい。転送の説明がまだだったからね」
「国王、そこはちゃんとしてください。危うくこの二人、靴忘れるところだったんですから」
すまんすまんと謝る国王様の前に進んでいく。
茶けた布を挟んで国王様と対面する。
「転送というのは、魔法陣を使って特定の位置に瞬間移動するという移動方法だ」
ファンタジー作品でよく見るあれか。
「この布に描かれた魔法陣は、ファラスの転送所に繋がっている。先にハハルにやってもらうから、よく見ておくように」
「はい」
「ハハル、頼む」
呼ばれて、ハハルさんが進み出た。布の上、魔法陣の中心で立ち止まる。
「中心についたら、下の布に向かって魔力を流していくのよ」
言いながら、おそらくハハルさんが布に魔力を流し込んでいるのだろう、黒い線で描かれた魔法陣が、足元から緑色に光り出した。線をなぞるように緑の光は広がっていき、魔法陣を完成させるとその光は一段と強くなった。
「魔法陣に魔力が行き渡っても、一定量を流し続けて。そうしていると」
光の色が、緑から白に変わった。
「ここからは一瞬だ。体が目的地に転送される」
ハハルさんの体が、見る見るうちに光に包まれていく。
そして。
――――――シュンッ
光の残滓を残して、ハハルさんの体は視界から消えた。
「次は冬君だ。やってみたまえ」
「はい」
つばを飲み込んで、立ち上がる。
靴を片手に持って進み、陣の中心で止まった。
目を閉じ、集中する。
足の裏から、魔力を出す。
跳ぶ時のように一瞬で爆発的に出すのではなく、ゆっくりと、少しずつ。
「おお、流石だね」
レジルさんが声を漏らすが、俺にはほとんど聞こえてない。
足の下に暖かな感触と光が感じられる。
目を開いてみると、魔力が充填され、陣の色が変化するところだった。
「じゃあ、冬君」
光に包まれていく視界の外で、レジルさんの声が聞こえる。
「行ってらっしゃい」