第三片 『急転』
一人、コンクリートに覆われた地面の上を、家に向かって歩いていた。
短い帰路の途中、後ろから人が走ってくる音が聞こえてきた。
今いる道は、自転車が二台並んで通れるかどうかという細い道で、左側に家の塀があり、右側には小さな川が流れている。
この時間にはほとんど人は通らないが、時々犬の散歩やランニングで通っている人を見かけたことがある。おそらく後ろの人もそんな感じだろう。
俺は邪魔にならないよう、できる限り右に寄った。
足音がだんだんと近づいてくる。もうすぐ俺の横を通り抜ける。その時だった。
―――ドッ
右半身に何かが当たった感触と軽い衝撃が伝わってきた。次の瞬間、視界に小柄な人が映り、その人はよろめいて前に勢いよく転んだ。状況から考えて、多分この人が後ろから走ってきて俺に当たったのだろう。不注意な人なのだろうか。
一応心配して、大丈夫ですか、と言いそうになった。
言いそうになって、言葉は口の中で止められた。
目の前でうつぶせに倒れているその人が、黒のダウンジャケットに、黒いジーンズのようなズボンを着ていたからだ。目深に被ったフードに隠れて顔は確認できないが、服装からすれば今朝報道されていた仮面を盗んだ人と同じだ。
まあ黒い服装なら、好みの問題でやっている人もいるかもしれない。でも、もし犯人だとしたら……。
俺が考えている間に、その人は起き上がった。
身長は百五十程度だろうか。全体的にだぼっとした服を着ているので、体のフォルムは分からない。
お腹を大事そうに片手で抱えながら、服についた砂をもう片方の手で払い、チラチラとこちらに目を向けてきた。
もしかしたら、あの腹の中に仮面を抱えているのかもしれない。というか、そうでもなけりゃあんな姿勢にはならないだろう。今日は雨が降ってるわけでもないんだし。
暗いフードの中で、やけに明るい髪の毛が揺れていた。
「…………」
その人は、一歩ずつこちらに寄ってきた。
合わせるように、俺も後ずさっていく。
相手が足を速めれば、俺も速める。
相手がさらに速度を上げてきたのを見て、本気で逃げようと足に力を込めた。
「あっ」
こんなときに限って、コンクリートの小さなでっぱりに足を取られ、俺はそのまま背中と頭を強く打って地面に仰向けに倒れた。
受け身もまともに取れず硬いコンクリートに頭を打ちつけたからか、視界のピントが合わない。耳鳴りがして、頭もくらついて、まともじゃない。
もやもやとした世界の中で、黒い影がずんずん近づいてくるのが分かった。
影は懐から何かを取り出して、それを俺に近づけてきた。
腕で何とか防ごうとしても難なく払われてしまう。
影は、俺の胸に何かを押し当てた。
押し当てられた辺りが、じわりじわりと温かくなってくる。カイロでも押し当てられたか? とも思ったが、それは違った。
影の手が、俺の胸から離れた。影の手は、なんだか赤く染まっているように見えた。
自分で胸の辺りを触ってみると、温かくて、服を触る感じとは違う感覚があって、ぬめりがあって。
手を視界に映るようにあげると、やはりそれは、見間違いでも何でもなく、紅に染まっていた。
徐々に気が遠くなっていく。
「…………」
これは、俺は、死ぬのかな。死んだあとって、どうなるんだろうか。
そんなことを、悠長に考えていた。
走馬燈なんてものも見えなかった。だから本当に死ぬのか疑問だった。どうでもよかった。
でも意識が薄れていくから死ぬんだろう。そう思った。
思っているうちに、俺は気を失った。