第二十八片 『願世 一』
馬車が街道を走っていく。ガルムさんの牛車での無茶走りを経験したからか、普通の速度のはずなのにとても遅く感じる。
手綱を握っているのは王国の雇人だ。
俺たちは荷台に急造で作られた向かい合いの三席に座っている。左二席に俺とユキ、右にハハルさんという形だ。床は旅の合間の食料や何やらで埋め尽くされており、辛うじて前と後ろの出入り口に通じる通路が確保されているくらいである。
「ここから進んで二十キロの地点に、小さな川が流れてるから、そこで一度昼休憩をとってからまた五時間くらい走る。ここからは森に入ることになるから直前で野営準備をして、冬君をあちらに戻す。明日は朝から出発して……っていう感じだから、翌日の昼前には到着するはずだよ」
広げられた地図を指さしながらすらすらと語られていく日程。
単純明快だ。非常に理解しやすい。
「何か質問はある?」
日程に関しては特にない。が、一つ。
「馬は交換とかしなくていいんですか?」
「交換?」
ガルムさんの牛の時にも思ったが、この世界の動物は“現世”と少々規格が違うのかもしれない。俺の覚えている知識の中では十数キロくらいで今まで馬車を引いていた馬とは違う馬に切り替え、また走り出していくという話だ。
「所によってはそうしている所もあるかもしれないけど、私は今まで聞いたことないなあ」
「私もです」
この世の人二人から確認がとれた、か。
「冬君の考えと齟齬があるのは、こちらの動物は全て魔物だからっていうところが大きいかな」
「え?」
全て?
街中で時々見かけた猫や犬も?
クックルーと鳴きながら近くをうろついたりしてくるあの鳥も?
「あれらはとても魔性が弱くなっているのさ。だから“現世”のそれとイメージが近くなってるけど、あの子たちも立派な魔物だよ」
もちろん、今この馬車を引いてくれてるあの子もね、というハハルさんの声に呼応するかのように、走っていた二頭の馬が小さく啼いた。
「そうなんですね」
「そ、だから基本的な体力を魔力で補ったりできるから、“現世”の生物よりも基本的に強いらしいよ」
「それは誰の情報ですか?」
それを言った人がいるなら、それはこちらに来た“現世”の人か、“現世”に行ったことのあるこちらの人だ。もしかしたら、もっと有用な情報が手に入るかもしれない。
「王都図書館に寄贈されてた本の一冊だよ」
「……そうですか」
自然と顔が下を向いてしまった。
「なんだか、期待に沿えなかったようでごめんね?」
人ではなかったが、それは仕方ない。というより、本であった方が、現存率も高いし、平易な説明がされてあるだろうから、いいと言える。
「二つの世界の違いが知りたいなら、私が知ってる限りなら教えられるけど?」
ハハルさんの声に、俺はばっと顔を上げた。
当人は一瞬びっくりしたようだが、すぐに平静に戻った。
「まだこの世界に来て間もないもんね。知りたいことは多いはずよね」
「はい」
城でのことと言い、ハハルさんはすごい人だ。
会って間もない俺のことを、周辺状況からの推測から理解してくれている。
とても心強い人だ。
「わ、私も説明できますよ!」
ハハルと俺だけの会話になってしまったからか、ユキが割り込んできた。
もとは、ユキから概要だけしか聞いてなかったからこういう状況が発生しているんだが、そこは黙っておこう。
「はいはい。わかったわ。なら、ハクが説明してみて。不足があれば私が付け加えるから」
「分かりました。それでいきましょう」
話がまとまったようだ。
じゃあ、聞いてみよう。