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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第一章 変動編
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第二十三片 『修練』

「まずは枝渡りをやるぞ!」


 森に着くと、蓮は早速跳躍して高所の太い枝に乗っかった。

 前世は猿かというくらいに、枝を次から次へと跳び渡っていく。


「お前も来いよ!」

「……無茶を言うな」


 一応白雪を装備して、蓮より一段ほど下の枝に飛び乗る。一段下とはいえ、高いことに変わりはない。

 おそらく道端に咲いている花は小粒ほどにしか見えないだろう。

 下を見てしまうと恐怖が先に立ちそうなので目は向けないように心がける。

 そして意識を前に向かわせ、蓮に習って、先の枝へ向けて跳ぶ。

 しかし、縦方向の移動とは違い、横方向の移動には静止が必要となる。


「おっと⁉」


 俺は勢い余って枝から転げ落ちそうになった。

 腕を何度も回して何とか体勢を保とうとしてみたものの、それは気休め程度にしかなってくれなかった。


 足が枝から滑る。


 耳に風の音が聞こえる。顔を過ぎ去って後ろに流れていく風と光景。

 地面だけが接近してくるのが見えた。

 俺にできることは、衝突の衝撃を和らげることだけだ。


 直感した瞬間に手を前に突き出した。意識を集中させて、魔力を放つ準備を……。


「おいおい、そんなんじゃ止まれねえよ」


 降下する俺に斜め上から聞こえてくる声。

 地面に激突する寸前で、俺の体は何かにすくいあげられた。

 続いて土を引きずる音が聞こえる。


「ぎりぎりセーーフ、っと」


 目を開けると、すぐ近くに蓮の顔があった。

 よくよく今の体勢を確認してみると、俺は蓮に抱きかかえられていることが分かった。

 しかも、お姫様抱っこ。


「大丈夫か?」


 俺の顔に向いて話しかけてくる蓮に大事ないことを伝えて降ろしてもらった。

 じゃないと恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


「お前は直線的に跳ぶからダメなんだよ。もうちょい上に向かって跳べば枝で踏ん張るだけでいけるのに」

「その助言、もうちょい早くもらいたかったな」

「自分で体験してみる方が分かりやすいだろうと思って」


 なるほど。確かにそれは言えている。……のか?


「さ、もっといくぞ!」


 蓮はまたさっきのように枝に飛び乗る。

 俺は、仕方なくその後を追った。



 森の奥に進んでいくと、開けた場所に出た。

 二人とも地面に着地する。

 そこは天然の広場だった。木がドームのように湾曲していて、周りから隔絶されてはいるが木漏れ日は多く入ってきているので明るい。


「さあ、組手をやるぞ!」


 言って、蓮は速攻で俺にジャブを繰り出してきた。

 咄嗟に避けて、ドームの中央の方へと飛び退く。


「おぉ、案外やるじゃん」


 ……ってことは、さっきの一発は当てる気だったってことか。


「さて、それじゃやっていこうぜ!」


 指を何度か鳴らして、蓮は地面を蹴った。一瞬で距離がゼロになる。

 右足を左上へと振り上げてくる。左下に体をずらす。俺の頭上を足が通り抜けた。空を切る音が物騒だ。

 今度はこちらが軸足を引っかけようと脚を伸ばす。あと数センチというところで、左脚は俺の視界から消え、右足が俺の足が当たらないギリギリのところに着地した。

 左脚は、天高く上へと伸びている。


「チェストォ!」


 次の動きを察知し、片足で横に跳ぶことで何とか直撃は免れたが、頬にはかすった感覚があった。

 振り下ろされた足は地面をえぐっていた。

 破砕された地面の破片を、更に跳んで回避する。


「あれが人間技か……?」

「蓮は足技がすごく得意なんです」


 それだけで説明がつくことではない。


「体内の魔力の使い方もとてもうまくて、さっきなんかは足が地面に当たる瞬間にかかとに魔力を凝縮させて爆発的な力を発揮させたんです。それによって、あんな抉れ方になるんですよ」

「……そうなのか」


 なんか、繊細なコントロールっぽくて蓮のイメージには合わないが。


「すごいだろ! 私すごいだろ! ギュンってやってバーンって放つんだよ!」


 ……そうそう、そういうのが合ってるよ、一番。


 それから一時間。ほぼぶっ続けで蓮と俺は組み合った。



「今度は薪割りだ!」


 森から帰ってきてどこぞの家の庭に入ってきたかと思えば、蓮は俺たちを置いて家主らしき男の人と何かを話し、直後にそんなことを言い出した。手には小さな斧を二本持っている。

 人に戻ったユキがその様子を心配そうに見つめている。


「何でそんなことを?」と俺が聞くと、さも当然といった感じで蓮は返してきた。

「最初に言っただろ? 修練だよ、修練」


 ……ふむ。日常のこういう行為も、目的意識をもってやれば修練になるというようなものだろうか。


「なら、仕方ないな」

「そうそう、仕方ない仕方ない」


 うんうんと頷きながら、蓮は俺に斧の一本を手渡し、近くに積まれていた薪用の小さな丸太を数本取ってきた。

 切り株を利用して作られた薪割り台にそのうちの一本を置く。


「薪割りは腰を入れることが大事なんだ」


 野球やゴルフみたいだな。


「まずはコイツを振り上げる。中心を狙う方がいいけど、割れ目があったら中心よりもそっちを狙った方がいい。そんでもって狙いを定めて……振り下ろす!」


 勢いよく空を切った斧は、そのまま小気味良い音を響かせて丸太を二つにかっ裂いた。


「とまあ、こんな感じよ。冬も一本やってみな」


 もう一本を台に置いてから、蓮は場所を俺に譲った。

 この薪には左の方にかなり大きな亀裂がある。さっきの教えからすると、こいつを狙った方がいいのだろう。

 ここに下ろす。ここに下ろす…………。


「ふん!」


 ユキが目を両手で覆う中、斧は丸太に向かって一直線。

 ……だったのだが。


「……」

「はっはっは! まあそう落ち込むなよ。最初はそんなもんだって! はっはっは!」


 そんなもんだというなら大笑いするのをやめてもらおうか。

 斧は丸太に突き刺さりはしたものの、亀裂を大きく外れてしまい、丸太を割るには至らなかった。


「そういうときはな、こう何回かカンカンと振ってな」


 俺の手を取って、斧にくっついた丸太を台に数度打ち付ける蓮。

 斧による裂け目がだんだんと大きくなっていき、最後には丸太が太いものと細いものに分割された。


「おお」

「できたな」

「おう」


 蓮は満面の笑みでこちらを見ている。いつの間にか顔から手を外していたユキも嬉しそうだ。


「さて、じゃんじゃんやってくぞー!」


 それからまた一時間ほど。俺たちはそれぞれ薪割りにいそしんだ。



 時は過ぎて、太陽は天高くに座している。

 ある程度の薪ができたところに、家主らしき男性が家から出て声をかけてきた。

 青を基調とした羽織と服。くせ毛なのか、短めの栗色の髪はいろんな方向に跳ねている。


「おーい、蓮。できたのか?」


 斧を近くに置いてから、蓮が手を振って肯定を示す。

 汗を拭きながら深く息を吐くその顔には、少なからず疲れが見えていた。


「そりゃよかった。もう例のもんができたから、中に入ってきな」


 しかし家主さんのその一言を聞くと、急に元気になって家主の方にずんずんと寄っていった。

 俺たちの方を振り返ってから、手招きをしてくる。


「何してんだよ冬! 早く来い!」

「お、おう」


 蓮の目が今までで一番輝いてる。

 一体、何ができたというのだろうか。



「おぉぉ」

「これは……」

「流石だぜ!」


 家に入ると、四人掛けの机がまず見えた。そしてその上には、色とりどりの料理が並べられていた。新鮮な魚介を使ったサラダに、フライ。そしてクロシシのものと思われる頭付きのこんがり焼けた肉の数々がでかでかと机に鎮座している。

 そうか。蓮が心待ちにしていたのは、この昼食だったんだ。

 そして、さっきの家主との会話からするに。


「そういうことか。あの薪割り」

「まあ、そういうこったな」


 つまりは昼食の提供代としての労働だったというわけだ。


「さあさ、冷めないうちに食べてくれたまえ」

「だってさ。早速食おうぜ」

「そうだな」

「ですね」


 俺たちはそれぞれ席について、手を合わせた。日本に近い文化だとは思っていたが、ここも同じなのか。

 その一言は、無意識に全員が同じタイミングで口にした。


「いただきます」

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