第二十片 『任務 三』
「通行証、確認しました。お通り下さい」
「うむ、ご苦労」
警備の人との話が終わり、牛車がゆっくりと町の中へと入っていく。
「先の戦い、ご苦労だったな、小僧」
「いえ、それほどでも」
ガルムさんが豪快に笑う。
「さて、これを小屋に置いたら、早速討伐に出るぞ」
「はい、了解です」
「ハクも準備はいいか?」
「はい。いつでも行けます」
「はっはっは、それは上々」
ゆっくりと転がる車輪の音が、ここまでの道のりの急かすような音とは打って変わって、安らぎを与えてくれるように聞こえた。
小屋を出ると、珍しくユキが「行きたいところがあるんです」と言いだした。
ガルムさんに視線を向けると、「好きにしていいぞ」と言って、ニカッと笑った。
ユキが立ち寄った一軒家の縁側には、一人のお婆さんが佇んでいた。
年をとっても豊かな白髪が煌めいている。
「シロ、よく帰ってきたね」
「お婆ちゃん、久しぶり」
立ち居振る舞いが垢ぬけた印象を与えるその人は、どうやらユキの祖母のようだった。
「私の契約した人を連れてきたの」
「ほう、お前さんの……」
ユキの指さす方向にすーっと視線を動かしたお婆さんは、俺を見るや否や口をほうっと開けて、静止してしまった。
「……お婆ちゃん?」
ユキの呼びかけにも応じないほど気を取られている。
何か、俺に気になる所でもあったのだろうか。
こんな男には孫は任せられん! とか?
……いやいや、婚約相手じゃあるまいし。
「……っはっ」
死んでいた人が息を吹き返したような声を上げて、お婆さんは意識を取り戻した。
お婆さん、大丈夫かな。と思っていると、お婆さんは口に手を当てて「ふふふ」と微笑んだ。
「なるほどね、ふふふ」
「? お婆ちゃん、何で笑ってるの?」
「何でもないわ。ただ、血は争えないと思っただけよ」
「???」
頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見えるような困惑の顔を見せるユキと、絶えず笑うお婆さん。
ユキは分かっていないようだが、俺には何となく分かった。
多分、ユキの父母のことだろう。
娘が連れてきた結婚相手が、俺に似てたとか、そういう。
お婆さんは笑うのをやめたかと思うと、俺と、おそらく後ろのガルムさんにも向けて、一礼した。俺たちも返す。
「さあ、仕事があるんだろう? 行ってきなさい」
「……はい、行ってきます」
疑問が解消されないのが不服なのか、いつもより顔が曇っていた。
「さあ、行きましょう!」
……切り替え、はやっ。
ヴァイゼル近郊の林の中。木々の間隔がある程度確保されていて、陽光が温かい。
「目標は、緑の鳥を五十匹と、クマを三十匹だ」
「……それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
情報量が途轍もなく少ない……。
あと、訂正するなら鳥は「匹」ではなく「羽」だ。
「もっと細かい資料とかないんですか?」
「そんなものは要らん」
「どうしてですか?」
「私がまず仕留めて見せるからだ」
ガルムさんはそう言うと、体を反らして息を大きく吸った。
……ここから予想される次の行動は。
「ユキ、耳を塞げ!」
「へ⁉」
俺が両手を耳に押し当てるとほぼ同時、
「うおぉぉぉおおおおおお!」
林中に響き渡る大声がその大口から外界へ解き放たれた。
動物たちはどよめき、木々が枝を揺らしてさざめく。
声がおさまってから周囲を確認してみたら、手が間に合わなかったのか、ユキが放心状態で棒立ちになっていた。
ガルムさんはどこかへ歩き出していたため、俺は少しでも楽になればと、彼女の名を呼んだ。
「白雪」
「は、はいぃ」
かろうじて反応をした白雪の体はその形をあやふやにして、俺に近づいてきた。
「大丈夫か?」
「なんとか、意識は大丈夫です。ただ、耳が痛いです」
「そうだろうな……」
もう少し早めに伝えてあげればよかったと、内心後悔した。
「おーい、二人とも、こいつらが今回の獲物だ」
林の奥から帰ってきたガルムさんは、片手にその手より数倍小さなエメラルドグリーンの羽毛を纏った鳥を、もう片方の手、もとい片腕で自分の身長と同じくらい大きなクマを携えて戻ってきた。どちらも気を失っているらしい。
「セイワチョウに、ゲツノワグマだ」
首の骨を折りながらガルムさんが説明してくれる。
クマのほうの名前にはどことなく“現世”のクマの名前が連想された。
「これをこれから四日間でばんばんとってくぞ」
「は、はい」
今なら熊も鳥も気を失ってるだろうから、簡単にノルマ達成が近づきそうだ。
「ちなみに、もうそろそろ残ってるこいつらの仲間は起き始めるから、楽をしようとしても無駄だぞ?」
「…………」
「がっはっはっはっは!」
心中お見通しだったらしい。なんだか恥ずかしい。
「まあ、ゆっくり行こうではないか。時間は十分にある」
「……はい」
ガルムさんに背中を押されて、俺たちは林を歩き出した。