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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第一章 変動編
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第二片 『急用』

 徒歩十分程度の距離にある高校に登校すると、靴箱から廊下から、四階にある教室内に至るまで、いや、教室内でも、そこかしこで例の仮面のことが話されていた。

 大体は犯人がどんな人か、どうして盗んだのかという話になっている。

 ……こんな話、するだけ無駄だろう。犯人なんてどうせロクな奴じゃない。


 そんなことを考えていると、一限目開始のチャイムと共に教室の前側のドアが開かれた。立ち話をしていた生徒たちがドタバタと自分の席に戻る。

 教室が落ち着いてくると、クラスメイトの誰もが『いつもと違うこと』に気付き、口々に声を漏らした。

 本来は見慣れた男教師が前に立っているはずなのに、目の前にはこの春うちに着任した新人女教師が立っていた。


「えー、野薪のまき先生は急用で今日お休みなので、代わりにこの並無なみなしが授業をすることになりました」


 先生の言葉に、教室が一瞬どよめいた。

 野薪先生とは、このクラスの担任、(けん)、数学の教師だ。去年からこの高校に来て、俺たちの代の担当になった。明るく、誰にでも親切な先生で、生徒や親からの信頼が厚い人だ。今まで『急用』なんて言って学校を休んだことのないあの先生にしては、少し妙にも思える事だった。

 しかし先生も人間だ。朝になって高熱だった、なんてこともあるだろう。

 並無先生の「静かに」という一言で騒いでいた生徒たちは静まり、そのままいつも通りの授業が始まった。



 一限終了のチャイムが鳴り、HR(ホームルーム)委員が号令をかけて挨拶をし終わると、教室は静寂から一転、また騒々しくなった。


「なあなあ、コレ先生怪しくね?」

「バーカ、漫画の読みすぎだ。そんな展開、現実にありうる訳ねえだろうが。しかもあの野薪先生だぞ?」

「そうよ。あの先生に限ってそれはないわ」

「いや、でもさー……」


 などと、他愛ない話が教室中から聞こえてくる。もちろん、野薪先生の休んだタイミングもあって、”野薪先生犯人説”を掲げる人が出るのも無理はない。

 しかし、日頃から野薪先生とよく話し、人柄をよく知っている生徒たちなので、その仮説も一部の意見に留まっている。


「なあ清水、お前はどう思う?」


 いきなり後ろから話を振られて、心臓が驚いた。


 ……駄目だ、気取られるな。


 すぐに落ち着いて、声の方向に顔を向ける。

 そこにいたのは、一年から一緒の飯田はんだだった。サッカー部所属らしく、リーダーシップを発揮すると頼れる存在だが、基本的にアグレッシブな性格なので俺とはそこまで相性は良くない。


「どうって言われても……。あの人は馬鹿じゃないから、犯罪なんて起こさないと思うよ。可能性としては否定できないけど」


 俺が意見を言い終わると、飯田は深い溜息を漏らした。


「野薪先生に関してならはっきり答えると思ったのに。いっつも中途半端だよな、お前」

「……そうだな」


 ……中途半端な答えを出す俺がこれに関してだけはっきり答える可能性と、俺が中途半端に答える可能性なら後者の方が圧倒的に高いだろ。それなのに聞いてきたお前が溜息漏らして俺に苦言を呈してくるなよ。

 ……なんて、言ったところで無駄な波風が立つだけだ。こいつとは最低限の付き合いさえしてればいい。どうでもいい。

 そう思って、愛想笑いのまま元の体勢に戻った。



 時間が経つにつれて先生の話も次第に落ち着き、SHRの時間にもなると、教室から野薪先生を疑う声は聞こえなくなっていた。

 放課後になると、活発な生徒たちがさっさと教室から出ていく。


「今日ファミリア寄って帰ろーや」

「あー、今日は塾があるから無理やわ」


 ファミリアとは、学校の近くにあるコンビニである。二十四時間営業で、この学校の生徒たちは行きがけや帰りがけによく立ち寄っている。

 また、別の所では。


「早よ部活行くぞー」

「ちょ、ちょ待てよ!」


 などという会話も起こっている。そんな何気ない雰囲気が、意外と好きだったりする。部活に入っていない俺はさっさと帰り支度をして、そいつらが出ていったのを確認してから教室の出口に歩を進めた。


「あ。またな、清水」

「おう、じゃあな」


 教室から出る直前、クラスメイトの一人と一応の挨拶を済ませて、帰路についた。

 よし、今日も残り少しだ。

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