第十六片 『訓練 三』
左の一体の脳天を貫くと、他のクロシシたちが一斉に猛り狂って駆けてきた。
「白雪、上に避けるぞ!」
「はい!」
足に力を込めて……蹴る!
「「「「「ブゴッ⁉」」」」」
空中に避けたことで、俺に向かって一直線に走ってきていたクロシシたちは互いに頭をぶつけあって数歩退いた。
相手の体勢が整わないうちに、一匹の体に三発の銃弾を撃ち込んだ。
中心に着地した後に、目の前の個体に向かって三発放つ。
「カートリッジ交換とかは必要ないのか?」
「ありません!」
「了解した」
今度は沈黙した猪を足場にして、後ろへと跳んだ。後方で身構えようとしていたクロシシに三発の銃弾がめり込む。
「あと二匹」
死体に挟まれて身動きが思うように取れなくなった一匹。
後ろに回り込むと案外素早く方向転換してきたが、真正面から五発の弾を打ち込むことで、その眼に宿っていた光も消えていった。
最後の一匹は……どこにいる?
「冬さん、後ろです!」
白雪の言葉に体を反転させた。が、対応が遅すぎた。
「ムゴォォォォォ!」
鼻息荒く、猪の体はもう目の前に来ている。
思考の猶予もない。……やらかしたか。
「跳べ!」
かけられたその言葉を、脳は理解できなかった。
しかし、体は反射的に、足で地面を踏み切っていた。
「それでいい」
すれ違い様、そんな声が聞こえた、気がした。
生き生きとした、殺意をもった笑顔で、彼女は足を突き出した。
「はぁ!」
猪の背に到達した足は、そのまま肉にめり込み、鈍い音を響かせた。猪はそこでダメになったのか、走るのをやめ、腹を地面に擦らせた。
土埃とひどい音を森に響かせながら猪は進み、やがて止まった。
無事に着地してから、蓮のもとへと走っていく。
蓮はというと、刺さった足を無理矢理引っこ抜いて、素早く二回左右に蹴りをいれるようにして血を払った。
俺の姿を発見すると、ひょいと猪の背から降りてきて、いたずらっぽく微笑んだ。
「いやあ、お見事。やるね、冬」
「そりゃどうも」
賞賛の言葉をもらったが、どうせお世辞だ。最後のアレがなければ、その言葉も素直に受け止められたかもしれないが。
「何はともあれ、一件落着。後始末ができ次第、帰ろっか」
「そうだな」
俺は猪たちの前に歩いていき、彼らに合掌した。
俺が殺したシシたちに。
……。
目を開けると、蓮が自分の懐をごそごそと探っていた。
サラシがチラリと見え、即座に目を外す。
「お、あったあった」
間もなく、蓮は一本の巻物を取り出した。
中身を開くと、黒いインクで巻物一杯に奇々怪々な文様が描かれている。その紋様の中心には、円に囲まれた小さな正方形が見えた。
「なんだそれ?」
「空間魔術が描かれた巻物さ。国王様にちょっと貸してもらったんだ」
「いつの間に……」
「あんたが来る前さ。ここにはいつか来ようと思ってたからな」
「ふーん」
「そん時さ。私に内緒でハクがどっか行ったって聞いたのは」
なるほど。それであの怒り様だったのか。
「でも、今日より前からユキはいなかったはずだろ?」
「私は遠征に出てたからそれすら知らなかったんだよ」
そうなのか。
「まあ連絡手段がこれと言ってなかったんだから、しょうがないけどな」
言いながら、蓮が巻物を猪たちにあてがうと、猪たちの体は淡い金の光の玉となって、するすると巻物に吸収されていった。
「これで巻物の中にあいつらが収納されたって訳さ」
「おぉ」
すごく便利だな。空間魔術。
蓮は自分の事のように胸を張って言葉を続ける。
「もう一度出したいときは、『開け』って言えばいいんだよ」
「お前それ今言ったら……」
「へ?」
蓮が放出の合言葉を放ってしまったがために、せっかく収納されていたクロシシたちはまた地響きを立てて地面に転がされた。
「あはははは……。まあいいじゃん!」
元気で無かったことにしようとしても無駄だぞ、蓮。