第十五片 『訓練 二』
森の奥に入ると、周りから獣の声らしきものが聞こえるようになってきた。枝葉も多くなっているからか、先ほどよりも暗い。
「よし、ここらへんでいいだろ」
先頭を歩いていた蓮が立ち止まり、こちらに振り返る。
「こっから先は、戦闘の訓練だ」
蓮の言葉を聞いて、俺はユキに目を向けた。
ユキも頷いてくる。
「白雪」
「はい」
仮面が顔に装着され、拳銃が右手に収まった。
「よし、それじゃあ敵を見つけるか」
「見つけるって、どうやって?」
「こうやるんだよ」
意気揚々と言う連は、説明もなく息をめいっぱい吸い込んで、
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思いっきり大声を出した。耳を塞ぐほどではないが、それでも大きい声だった。
その証拠に、樹にとまっていた鳥たちは一斉に羽ばたいていった。どこからか、狼か何かの遠吠えも聞こえてくる。
後ろから、重たいものが一歩ずつ近づいてくるような地響きが聞こえてきた。
恐る恐る、振り返ると。
「……猪」
黒い体毛に身を包んだ、大きな猪が姿を現した。二メートルの巨体と長く伸びた牙が勇猛さを強めている。
「こいつはクロシシっていってな。最近この森で増えてるやつなんだ」
「それは、例の大量発生?」
「ああ。だから前々から狩ってほしいって依頼があったらしいんだ。まあまだ増えた数は知れてるけどな」
「まさか、俺の練習台にその案件を使おうってわけか?」
「察しがいいな!」
「あほかお前は!」
普通初心者に相手させるならスライムとかの超弱い魔物だろうよ! 何でいきなり中級者向けっぽい魔物をあてがうのさ!
「まあ何とかなるって。ダイジョブダイジョブ」
さっきの件もそうだが、お前の「ダイジョブ」は当てにならないんだよ。一か八かの賭け的な要素があるんだよ。
俺たちが悠長に話していると、猪は鼻息を荒げ、後ろ脚で地面を数度蹴った。
「……相手はお怒りみたいだな」
「まあ、あいつらはうるさいのが嫌いだからな」
「お前のさっきの轟音は挑発用だったのか!」
わざわざ怒らせなくてもいいだろうに! 横から突っつくとか色々やり方があっただろうが!
「そうじゃないと戦いの訓練にならないからさ」
「…………」
まあ、いまさら何を言っても仕方ない。なってしまったものは受け入れるしかない。
「まずは、あの一匹で私が手本を見せるから」
肩を回しながら、蓮は俺たちの前に歩み出ていく。
右手を突き出し、猪にわかるのか、「コイコイ」と指を曲げて相手を挑発した。
「ブヒィィィィィィィィ!」
蓮に向かって、凄まじいスピードで猛然と向かっていくクロシシ。
蓮はというと、右肩を引いて、腰を落とし、右手をグーにして待機している。
「これは私の戦い方の例だから、無理に真似しなくてもいいからな」
ふぅ、と一息吐いて、目前まで迫った猪に向かって、蓮は拳を突き出した。
「セイヤァァァァ!」
真正面から炸裂した拳はクロシシの鼻をひん曲げ、その巨体を宙に放り投げた。
空中で舞い踊った体は地面に激突し、また地響きを起こして沈黙した。
「ふぅ。やったやった」
満足げな顔で帰ってくる蓮。だが、俺に先ほどの戦い方は真似できそうになかった。絶対に。
「冬さん」
「なんだ、白雪?」
「魔銃は、知っての通り遠隔攻撃用の武器ですから、遠くから地道に撃っていき、近づかれたら避けるという戦い方がいいかと思います」
「正攻法のすすめ、ありがとう」
まあ、実際そうなるだろうな。
「さあ、次から次へとジャンジャン来るから、討伐よろしくな~!」
上から聞こえる蓮の声に辺りを見回してみると、そこら中、四方八方を猪たちに囲まれていた。
……ん? 上から声?
「おい! お前はなに高みの見物してんだよ!」
「私はいざって時の安全装置だから。ここで見とくよ」
「この数を俺一人で相手しろってのかよ!」
「目標数は六匹だ。せいぜい頑張れよ~」
枝の上で手をひらひらと揺らすあいつは既に我関せずという感じになってしまっている。
鼻息やら殺気やらで何だか嫌な雰囲気だが。
「やるしかないか……」
「そうですね……」
白雪の返答を受けて、俺は周りを埋め尽くす獣の一体に銃を向けた。
考えた通りにいけばいいが……。