第百六片 最終授業
「ルソーの手は血塗られた手だ」
先生はそう語った。
「これはある本で読んだんだ。偉大な思想家ルソーの思考によって、一つの考え方が生まれた。
それを実現するために革命は起きた。
革命はいつも前身を打ち倒すために起きる。
そしてその革命は、今なお正当なものとして語り継がれている。
私の言いたいことがわかるか? 冬」
「つまり、あなたもルソーたちと同じだと?」
「その通り。やはり冬は頭がいいな。誰かさんにそっくりだ」
先生は楽しそうに笑った。
でも、俺は笑えない。
「俺は、そうは思いません。
確かに先生の革命が叶えば、一時は畏怖による平和が訪れるかもしれない。かも、です。絶対じゃない。
人は間違えます。それ自体はダメなことだと思います。でも、間違えて、正解に気づいていくからこそ、人は成長するんじゃないんですか。
沢山の人が仮面を被ってる。そんな世の中だから、野薪先生が言うような一面もあるでしょう。
でも、自分を偽らず、仮面を取り払って平和を願い、今も前に進んでる人たちもいます。その中の多くの人が、武力を以て平和を唱えないのは、武力の先に真の平和が見えないからなんじゃないかと思うんです。
武力と平和は表裏一体だけど、かけ離れたものだから。武力で得た平和はいつか崩れるから。
先生、俺は『永久平和』に、血が流れる必要はないと考えてるんです」
「そんなのは理想論だ。叶うはずがない」
「そっくりそのまま、先生に返します」
「私は違う。理想を現実にするだけの力を持っている」
「理想を理想として追い続けるなら、俺と先生は同じですよ」
「理想は思い続け、努力したものにこそ実現できるものだ」
「俺もそう思いますよ」
「お前と私では過ごしてきた時間が違う」
「ええ、そうでしょうね。だから俺の考えはまだ未熟だと思ってます。でも、それが『俺が間違ってること』にはなりませんよね」
「冬は、私が悪だというのか?」
「悪も正義も、この際関係ないでしょう?
先生にとっても俺にとっても、自分が正義で、相手が悪です」
「……」
「だから俺は、敢えて言うなら先生にとっての悪として、あなたを止めなきゃならないんです」
「そうか。それじゃあ、これで最終授業は終了だ」
剣と銃を握り直す。
足に力を込めた。
「ここからは、戦いだ」