第百四片 最後の壁
「ありがとう、ございました」
「……強くなったな」
蓮は一度お辞儀をすると、倒れ伏したままのタッカさんを置いて、階段の方へと歩いていった。
「……」
「何してる。さっさと行け」
「……俺たちを、是が非でも止めないんですか?」
「俺は、これがすべて正しいとは、思っちゃいないのさ。ただ、俺がやれることはした。ここから先、お前さんらに血を流させてまで止めるのは、俺のやりたいことじゃない」
「そうですか」
「でも、油断はするなよ。クロアは俺のようには絶対いかないからな」
「それは、分かってます」
俺と春も、蓮の後を追った。
―――*―――*―――*―――*―――
そこからは、ずっと円筒の壁に沿って階段がどこまでも連なっていた。
途中でまた重力場が変わり、壁が床になった。
目指す方向、頂上の方へと走り続けると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「三人とも、よくここまで来たね」
「……野薪先生」
逆光で姿は見えないが、声で分かる。
そこに、先生がいる。
俺たちの姿を見て納得したように、野薪先生は何度か頷いた。
「タッカは、まあ、あの人ならそうなるよね。残っているとしたら、ほとんどノーダメージだとは思ったよ。それより今は、まず労わないとね」
労う? 何を? そして誰を?
「ロターシュ。お前はよくやってくれたよ」
「何のことだ!」
「四大陸の中でも、アストリアは最重要課題だった。何せ、あのレジルがいる国だからね。お前からの報告がなければ、色々と困っていただろう」
「……!」
「ムーのテクノロジーがなければ、お前との会話もままならなかったがね」
「ムーの……テクノロジー?」
「そう。同じ魔力を持つもの同士を、印によって繋ぎ、言葉を交わすことができるようにする魔法」
「そんな! 私はお前に魔法をかけられてなんか……!」
「かけたんだよ。あの日に」
「あの日?」
「お前がムーを発つ、あの日に」
「…………! まさか」
「そう。あの『お守り』だよ。言っただろう? 『お守りがあるから、私たちは話せている』と。最初の通信で」
「……」
「しかし、『お守り』はそれだけでは終わらない」
「……なんだって?」
「私を守る、盾になってもらおう」
「私がそんなものになるもんか!」
「だから言っているだろう。『お守り』だと。合言葉は、お前の本当の名前。『エスタニク・ヒミト・レーナ』」
「っ……!」
クロアの言葉を聞いた瞬間、蓮は一瞬硬直し、直後に瞬間移動ともいえる速さで俺たちの後ろについた。
「くそっ!」
蓮の回し蹴りを、すんでのところで避けて、俺たちはそれぞれ蓮から距離を取った。
「『お守り』を起動した。これでお前は、私に近づく敵のすべてを討ち果たす者になったわけだ、レーナ」
「……なんでその名前を知ってんだ!」
「お前を拾ったときに知った。そして、いつかのための切り札にしようと思った。あぁ、自分を制しようとしても無駄だよ? 印には、その体が朽ち果てるまで敵に抗い続けるよう記した。苦しむことはない。彼らが私に襲いかかってこなければ、レーナも、彼らも、私も、誰も傷つかない」
「野薪先生!」
「清水。お前は私の側の人間だと思っていた。いや。今も心の奥ではそう信じている。だが、今は君の答えを聞く時間を持っていない。もし答えたいなら、ロターシュを越えてやっておいで。早くしないと、共倒れすることになるからね」
野薪先生は、そのまま塔の頂上へと向かって歩いていった。
「冬、やるしかない」
「でも……蓮は」
「なら、そいつの印とやらを、上書きすればいい。お前なら、出来ないことはないだろ」
「……」
「俺たちには時間がない。早く先に行かなきゃならないんだ。覚悟を決めろ」
「……」
「お前が無理なら、俺があいつを、お前の前まで引っ張ってきてやる」
春は駆け出し、数本の剣を構えた。
「蓮、悪く思うなよ」
「春! くそ、こうするしかないのか!」
春と蓮の戦闘が始まった。互いに一歩も譲らず、膠着状態になっている。
俺は、一応は銃を構えているが、ほとんど撃てない。春が体勢を崩したのを蓮が突こうとした時だけ、牽制射撃ができるくらいだ。
何発か弾がかすり、春の攻撃も当たり始めた。おそらく魔力を好循環させられる俺たちの方が、疲れにくいんだろう。
これなら、どうにかなるかも……。
「……『ファースト・ブラスト』」
「……なんだ?」
『あれは、魔術です! しかも、体に負荷を与える類いの!』
『何だって!?』
「『セコンド・ブラスト』!」
蓮の速さがさっきまで、いや、それ以上に速くなっている!
春も裁ききるのがやっとの状態になってしまった。
「あれは爆発系列魔術の応用の『ブラスト』という技です。自分の魔力回路の中のストッパーを、魔力爆発で壊していき、体内回路の巡りを一気に活性化させる技です。ファースト、セコンド、サード、フォース、フィスタと段階が上がっていき、セクスタまでいくと、無類の力を出せますが、一歩間違えば死にます」
「……自己犠牲か」
「はい。しかも蓮は魔力操作こそできるものの、魔術はからきしです。爆発の威力を間違えでもしたら……」
「野薪先生が言ってた共倒れはこれのことか……」
「冬さん……」
「あぁ、わかってる。セクスタまで行く前に、あいつの中の印を解く!」
「意識介入の際は、私も手助けします!」
「よし、いくぞ!」
「はい!」