第百三片 師匠
階を重ねていくと、また一人の男が立っていた。
さっきの人と同じく、ラスフロスで会ったことがある人だ。名前は確か……。
「タッカ、さん」
「ほう、敵にさん付けするか」
俺の方を一瞬見やったが、その目はすぐに俺の隣に動いた。
「まさかお前さんが来るとは思わなかったよ、ロターシュ」
蓮は、まっすぐタッカさんを見据えて答えた。
「私もあんたと相対する日がまた来るなんて思わなかったよ、師匠」
『あの二人、師弟なのか』
『蓮はもともとムーの人間で、私の遊び相手としてアストリアに来たらしいです。確か、三歳くらいの時に。それからも、ちょくちょく帰ってはいました。タッカさんは体術の専門家ですから、蓮の技の師匠でしょうね』
『なるほど』
「俺は、クロアの手助けはしたい。しかし、お前たちと血を流して争いたくはない。こんなことを始めて何を勝手なことを、と思うかもしれないが、本心だ」
「それを信じろと?」
「春、師匠はこういうことで嘘は吐かねえよ」
蓮は、タッカさんの人柄を信頼しているようだ。
「なら、どうするんだ? 遊びで決める。ってことでもないんだろ?」
「ああ、俺たちらしく、組手三本勝負で決めよう」
「……相手を組み伏せたら勝ち、か」
「ああ。ただし、相手はお前だ、蓮」
「……」
「おそらくこの中で体術はお前が一番だろう?」
「……そうだな、師匠に敵うとしたら、私しかいない」
「それでこそお前だ」
二人とも、手出しは無用だ。
そう言って、蓮は前に進み出た。
「私はアストリアでの訓練を欠かしたことがない。ストレート負けしても知らねえぜ?」
「口では何とでも言える。さあ、お前の成長を見せてみろ」
戦いの火蓋は、静かに切られた。