第九十六片 『先生の思惑』
レジルさんは槍を、野薪先生は青い塊を獲物として、何度も火花をあげてぶつかり合っていた。
突き、払い、弾くレジルさん。
そらし、かち合わせ、射出する野薪先生。
二人とも互角の戦いを続けていたが、一瞬レジルさんの動きが鈍ったのが俺にも見えた。
野薪先生もそれを見逃さず、腹に向けて塊を叩きつける。
レジルさんは空中から地面にたたきつけられ、「かはっ」と声にならない声を上げた。
「やはり、完全同調の半分ではやり辛かろうよ」
手元に戻ってきた塊を霧散させ野薪先生が上から声をかけてくる。
一方のレジルさんは引く気配を見せず、槍を支えに再度立ち上がる。
「まだ抵抗してくるなら、引導を渡してやろう」
再びレジルさんに向けて手を構える野薪先生。
次の一撃はレジルさんには止められないだろう。
「……ほう? どうした、冬」
「生徒の親を殺す先生がいるのか」
俺は、レジルさんと先生の間に割って入った。
「冬……」
「今まで、死んだもんだと思ってたんだ」
今だって、何でこんなことになっているのか、頭が追い付いてない部分もある。
どうして俺を残してこっちに来たのか、今までどうしようもなかったのか。
聞きたいことはたくさんある。
「だけど、俺の父親は生きていた」
もう会えないと思ってた、その人が生きて俺の目の前にいる。
言葉を交わせる。触ることができる。
「それを、俺の目の前で殺すのか、野薪先生」
レジルさんの声は聞こえない。
代わりに、野薪先生の笑い声が微かに聞こえた。
「そうだな、その通りだ。それに、レジルは無力化できた。時間も稼げた。俺が来た目的はすべて達成された。もう何をすることもないだろう」
野薪先生の言葉に緊張が走る。直後、また地震がきた。先ほどよりも数段強い。
「これから私は、あれで現世へ乗り込む」
野薪先生の指さす先を、地面に手をつきつつ確認する。
そこに見えるのは、徐々に高度を上げるムー大陸の姿だった。
「ど、どうやって、あんなの……」
「そこのお嬢さんたちが現世へ渡るときに使っていた時空転送装置の拡大応用版さ。元々あれはムーの技術だしね」
「しかし、ムーにいくら手練れがいようと、多勢に無勢だろ。現世にだって軍隊はある。こちらの世界より進んだ技術を使ったものがな」
レジルさんの反論に、先生はなおも笑う。
「そんなことは分かっているさ。だからこそ制御できる魔物を開発していたんだ。各大陸を使わせてもらって調整もしたから性能は申し分ないし、量産も完了している。問題はない」
「あの異常発生は先生の仕業だったんですか!」
「ああ、そうだ。実験の過程で死人が出たという報告も受けている。その点については、正式に謝罪する」
この革命が終わったらね、と。
いつもと変わらない顔で、先生は言った。
「私を止めたいのならば、あの大陸の塔を上ってくることだ。もっとも、それ以前で君たちが命を落としてしまう可能性もある。選択は慎重にすることだ」
先生は、こちらから目を離すことなく、大陸の方へと遠ざかっていく。
「誰が無事にかえすと言った」
「その通り!」
春と中籠が先生に追撃を加えようと飛び掛かる。
「無駄だよ」
先生は前に構えた手を横に一振り。その流れに合わせるように、横長の蒼い壁が先生と二人の間に出来上がった。
先行していた中籠が壁につんのめる。
「それなら……!」
春は中籠の足元、壁の下もくぐり、先生のすぐ側まで近づいた。
間髪入れず突き。しかし、春の刀は空を切った。
「生成」
切っ先に足を乗せる先生。春はすぐに刀を持ち換えて切りかかるが、先生はその更に上に飛んでいる。
手元には手のひら大の球体上の塊。
「まだまだ甘い」
指先で押された塊は、春の視界を、いや、彼自身を覆い。
「……!」
中で動く春を悠々と俺の隣まで押し戻していった。
中籠も同じだ。
「冬、君は何もしないのかい?」
「……」
ここで何をしようと、先生は俺の行動をすべて無力化するだろう。そうして無力感を覚えさせるのが狙いだから。
「……利口だね。それじゃあ」
先生はもうこちらに目も向けず、一気に大陸へと飛んでいった。
何もできなかったのは歯がゆいが、今はそれよりも、
「とう……レジ……、レジルさん、大丈夫ですか?」
……何と呼んでいいものか。
「大丈夫。自分で直せるところは今の間に治したから。それと、レジルさんでいいよ。それで慣れてるだろ」
「は、はい」
心配しているのに、逆に俺が心配されてしまった。
「さて、ここからの問題は、あれをどうするか、だ」
レジルさんがムーを見上げる。つられて視線をやると、大陸中央の塔の頂上が何やら光っていた。
あそこまでどうやって行くか。飛んでいけるか? 行くまでの障害は? 行ってからの行動は? 人員は?
考えることは尽きない。
「ん?」
中籠が声を出した。頂上の光が消えたのだ。
……何か、嫌な予感が……。
と、轟音と閃光が世界に響いた。
塔から光が天へと放たれ、弾けたところに穴が開いた。穴はどんどん広がっていき、ムーの陸地をまるまる囲えるほどになった。
同時に、
「……? 冬さん?」
俺の意識が、こちらの体から抜け出してしまった。