第九十五片 『完成・異変・真実』
目を開けると、滝の流れる音と森の情景が見えた。
……現実、か。
「冬、遅いぞ!」
中籠の声が上から聞こえる。
……上?
見上げると、中籠と春が、空を飛び回りながら刀と鎌を打ち合っていた。それぞれの外見がだいぶ変わっている。
中籠は南米の民族を思わせる派手な柄のマントを肩にかけ、余裕のある大きなシャツをベルトで締めている。七分のズボンの下は足首まで複雑に絡み合っているサンダルを履いている。顔には独特の文様が走り、大きな鎌の先は三つに分かれていた。
春は逆に全身的に戦闘服じみたタイトな黒服、手袋、靴を身にまとっている。顔の半分が影に呑まれたように黒く染まっている。刀の意匠が変わり、より鮮麗な黒刀に仕上がっているように見える。
というか……。
「なんでお前ら空飛んでんだよ!」
「なんでって、レジルさんにできるよって言われたからやってみたらできただけだけど」
「お前も早く慣れろ。少しコツが要るぞ」
レジルさんが……?
「やあ冬君。心配はしてなかったけど、無事にやり遂げたみたいだね」
レジルさんは滝の淵から手を差し伸べてきた。
手を握って立ち上がり、自分の服を見回してみる。
「おお、俺も変わってる」
アストリアの服だったはずだが、いつの間にか丈の長い白コートと白ズボンになっていた。右腰にはホルスターがついており、銃のグリップとトリガー
「冬君は髪まで染まってるね」
「え?」
言われて水面で確認すると、
「あ! ほんとだ、白……」
『白髪になってます!』
突然、頭の中に白雪の声が響いた。……ん? 白雪の声が聞こえるってことは、俺は仮面を纏ってるはず。なのに……。
「仮面がない?」
もう一度水面を覗いてみても、やはり仮面が顔を覆ってはいなかった。代わりに白雪の面にあったひび割れが目の近くに付いている。先ほどは気にしなかったが、中籠も春も、そういえば面を被っていなかった。
「それが完全同調の特徴の一つだよ」
レジルさんは言う。
完全同調をすることで、面族と契約者を繋ぐパスが最大限まで拡張され、面としてではなく、完全に一つの体として機能するようになるのだという。服装や髪の色が変わるのは、面族の性質を体に取り入れる影響なのだとか。
「そしてもう一つ、彼らがやっているのは、魔力の循環の応用だ」
面族はもともと大気中の魔力を集めやすい。その性質が引き継がれているため、魔力を吸収し、決まった方向に放出することで空を飛ぶことが疑似的に可能になるのだとか。
「試しにやってごらん」
レジルさんに促され、足から魔力を出してみるが、加減が分からない。
『冬さん、もう少し思い切ってやっていいですよ。細かい部分とかは、私がサポートしますから』
『ありがとな、白雪。それじゃ、お言葉に甘えて!』
思い切って足から魔力を放出すると、同時に体に魔力が吸収されていくのが体感的に分かった。
足の裏から流れ出て、また大気から全身に魔力が入ってくる、その流れが感じ取れる。
「冬君は初めてにしては上手だね」
魔力の調整に気を取られて、レジルさんが何を言ったか聞き返すと、「なんでもないよ」とほほ笑んでいた。
上下左右、ある程度飛んでから、地面に足をつける。春たちも一緒に降りてきた。
レジルさんが、一つ咳をする。
「皆、完全同調習得、おめでとう。全員が無事にできて、とても嬉しい。これで少しは安心ができるかな」
「安心? なん……」
何の安心ですか?
そう聞こうとした瞬間、鳥たちが一斉に飛び去った。
間を開けず、体が揺らされ、その場に倒れ込んだ。
……地震だ。
それも尋常ではない。最大レベルの大きさの。
春、中籠、レジルさんたちも、姿勢を低くした。
数秒すると、揺れは徐々に収まっていった。
「なんだったんだ、今の?」と中籠が疑問を口にするが、誰も答えられなかった。レジルさんの顔が、何やら深刻だが……。
「レジルさん、大丈夫ですか?」
「ん? 何がだい?」
レジルさんはいつもの陽気な顔で応えてくれたが、
「やあレジル、こんなところにいたのか」
上からの言葉を聞いた瞬間、目つきを変えて身を翻した。
「ここは立ち入り禁止にしてるんだがな、クロア」
レジルさんの視線の先には、上空に直立する野薪先生の姿があった。
「あぁ、すまない。だが、これはどうしてもやっておかなくてはならなかったからな」
「なんだ?」
「……」
野牧先生の伸ばした右手の先に、複数の魔法陣が展開し、光る蒼い塊が形成され、
「……」
野牧先生の口がわずかに動いたかと思うと、それは高速で射出された。
一直線にレジルさんの胸へと飛んでいき。
目に見えない速さで、槍によって弾かれ地面へとめり込んだ。
「何の真似だ……とは、言う必要もないな」
「ということは、私は疑われていた訳か」
「動向がどうにも不穏だったからな」
「一緒に魔王と戦った仲なのに、信用がないんだな」
「魔王?」
ぽつりと口を突いて出た言葉に、野薪先生は少し笑った。
「そうだぞ、清水。いや、ここでは紛らわしいから冬と呼ぼうか」
「……?」
「現在の各国家の当主は全員、十五年前に魔王との対戦を生き残った者たちだ」
「十五年前……」
「そこのレジルは、奇妙な仮面をつけながら各大陸を渡り歩き、俺たちをまとめていったリーダーなんだよ」
「……!」
仮面を纏っていた? ってことは、レジルさんは現世人。それに加えて、さっきの野薪先生の言い方。もしかして……。
「気付いたようだな。冬。そうだ。レジルは……」
「俺は、お前の父親だ」
「────!」
口を開けたまま、言葉を発することができなくなった。
俺に背中を向けたまま、レジル……さんは、気にする様子もなく話を続ける。
「どうしたクロア、精神攻撃か?」
「いや、今生の別れとなる前に、真実は教えておこうという良心だよ」
「減らず口だな」
レジルさんは一息吐くと「同調、開始」と呟いた。
槍を持つ腕から氷のような白さが全身を覆っていき、髪までも白銀に染め上げた。
「冬く……。冬」
少しだけ顔をこちらに向けるレジルさん……の言葉に、何とも言えない気持ちが起こる。
「今まで、言い出せなくてごめんな」
こんなとき、俺はどういえばいいんだ。
言葉が出ない。
出したいのに、考えつかない。
「さあクロア、やろうか」
返答ができないまま、レジルさんは踏み出していってしまう。
「待ってくれ!」
俺の言葉と同時に、レジルさんは宙へと跳んだ。