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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
ラスフロス編
108/123

自分片 『冬』

注意:今回は少々バイオレンスな内容を含みます。

 別に正義の味方に憧れていた訳じゃない。あんな自分の振りかざす正義という名の暴力を正当化するような集団に、憧れることはなかった。子供心ながらに熱狂はしたが、成長してから見返してみると、ひねくれた見方をしようとする頭のせいでどうしてもダメな集団に見える。

 そんな俺でも、社会的な法律や、目上の言いつけや学校の規則なんかを守らないやつは許せなかった。「規則というのはあなたたちを守るためにある」なんていう先生方のご高説はどうでもいい。それ以上に、「規則は破るためにある」なんて言うバカの愚論はそれ以上にどうでもいい。

 なぜそこに規則があるのか、考えれば答えは簡単。過去の人々が「それは要る」と考えたからいるのだ。

 なぜそこで指令を出されるのか、考えれば答えは簡単。そうすることが「ここで必要だ」と目上が考えたからだ。

 新しきを生み出すために古きを壊すというのは、色々な芸術や武道などで起こっていることだが、こと学校や社会の規則に関しては、「平和」な時代になってから変わったことがない。それは変える必要がなかったからだ。絶対不変とまではいわないまでも、意味を成しているからこそ変わらなかった規則。それを踏みにじる輩は、俺には皆同じく馬鹿に思えた。現にそういうやつらは軒並みテストの点数も素行も悪かった。

 そしてそういう奴らは理由もなく、人の言いつけを破っていた。

 例えば、中学二年生の頃なんかはたちが悪かった。



「は? なんて?」



 ある日、先生が問題を起こした生徒二人を叱るために職員室に行ったとき、自習と言われていた授業時間の教室内は自習するやつなど皆無で騒がしい連中が溢れていた。

 面倒を押し付けたがるバカの推薦と、ほかのクラスメイト数人によって「学級委員」に任命されていた俺には、その場を収める義務があった。そして、それを行使するだけの権限もあった。学級委員だから、という権限が。


「あっはっはっはっは」

「皆、静かに」


 今まで扇風機のファンの音さえ聞こえないほどうるさかった教室が、一瞬にしてしんと静まった。


「先生は「自習していて」って言ってたんだから、各自自習しなきゃだめだ」


 誰も異論を言ってこない。なら、もう俺は何も言わなくていい。


「はあ? なんて?」


 誰かが言った。男の声だった。このクラスで二番目に成績が悪いやつの声に聞こえた。


「なんでお前に従わなきゃなんねえの?」


 今度は五番目に頭の悪いやつが声を上げた。

 そんなの、決まってるじゃないか。


「俺が学級委員だからだ」


 また静寂。しかし、今回の静寂は一瞬だけだった。


「あはははっはははははは!」


 教室のそこかしこから笑い声が上がった。数人は腹を抱えて笑っている。


「ばっかじゃねえの! 誰がお前なんかの命令聞くかよ!」

「ほれほれ! 従わせたいんだったら黒板に書いて示してみろよ! じゃなきゃ俺ら分かんねえから!」


 くそ、だからこいつらは嫌なんだ。普通にしてれば何も問題ないのに、何でそんなこともできないんだ。

 席を立って、前の黒板に歩いていく。あいにく、俺は最後部の座席に座っていたから、少し歩かなければならなかった。

 歩いていく途中、ふいに何かに足をとられた。手をついて倒れると、後ろからクスクスという笑い声とともに弁明が浴びせられる。


「あ、ごめーん。足出しちまったわ。ごめんごめん」


 あからさまな棒読み。だからこいつらは嫌いだ。こんな無駄に時間と労力を割く。

 後ろから消しゴムの破片が飛んで来れば「あ、わりい。手が滑っちまった」と。そんなことする必要がどこにある。

 次は鉛筆。消しゴム本体。それらをとって折ってやると、今度は「おい、何すんだよ!」と怒りをぶつけてくる。相手に攻撃するなら、それ相応の報復を覚悟するものだろう。まったく。

 そんなこんながありながら、俺は前の黒板まで行きつき、「静かに自習」と黒板いっぱいに書き上げた。俺は踵を返して、元来た道を戻っていく。

 すると、先ほど足をかけてきたやつが、今度はあからさまに足をぶつけてきた。向う脛をクリーンヒットしたこともあって、痛みは絶句するほどだった。思わずその場でかがんでしまう。ここで俺が驚いたのは、足をさすっている俺に、考えもしなかった追い打ちが加わったことだ。


「おっと、手が滑った」


 足をかけたのとは逆側から、肘打ちが背中にめり込んだ。肩甲骨の端。筋肉との境目に細いひじがねじ込まれる。


「いっつ!」


 声が出てしまった。……これだから、こいつらは嫌いなんだ。

 こいつらが俺より勝っているものがある。それは、運動能力と暴力。規則云々の話より、暴力は相手へ分かりやすくプレッシャーを与える都合のいい道具だ。

 

 くそ、くそくそくそ。


 どうでもいい。これで静かになるなら。そう思って俺は席に着いた。もう頭は机の上の自習プリントに向いている。


「あーあ、勝手に黒板にもの書いちゃいけねえんだー!」


 その声は、俺に「黒板に文字を書け」と挑発してきたあいつの声。続いて左右から二つの足音が聞こえる。俺は即座に顔を前に向けた。やつらはあろうことか、俺と同じように黒板の前へと進み出て、


「こんな落書き、消してやらねえとなあ!」

「バカにはこんなことしちゃいけないって分からなかったんだろうなあ!」


 わざとらしく大声をあげて、黒板に俺が書いた文字を消す二人。周りからも笑い声が聞こえてくる。


「…………」


 だから嫌なんだだから嫌なんだだから嫌なんだ。


「なあなあ学級委員様ぁ、俺たち消しちまったわ。また書いてくれる?」

「だからバカは嫌なんだよ!」


 ばんと机を叩いて教室を出る俺。向かう先は職員室。隣の教室の前を通って、そこから最短ルートを走り抜ければ行けるはず。

 その予想が甘かったと気づくのには、そう時間がかからなかった。

 俺が走り出すと同時、背中、特に腰のあたりにとてつもない衝撃が走った。


「授業中にどこに行くんだよ、学級委員さんよぉ!」


 俺の体は前に投げ出され、受け身も取れず石造りの廊下に体が擦れた。衝撃もじかに体にくる。

 視界に俺を襲った相手が映る。おそらくは飛び蹴りか何かをしたのだろう。体勢を立て直してこちらに向かってきた。


「おいおい、授業中に抜け出すのはいけないんじゃあないんですかぁ?」


 俺に近づいてきたバカは、続けて俺の腹を蹴った。蹴って、蹴って、蹴って。

 そこで初めて、真ん前にある隣の教室の引き戸が開いた。


「あなたたち、何やってるの!」


 先生が出てきて俺に蹴りかかった生徒を止めたのだ。そこからは、先生が職員室に電話をしたり、親族を巻き込んで謝罪されたり、色々あったが、今回の一件を起こした奴らが少年院などの施設に送られることは、当然なかった。


 ……何でだよ。何であんな奴らが平気な顔して毎日普通の生活を送れるんだよ。何で相応の対価を払わないんだ。謝っただけで痛みは引くのか? 俺の傷はすべて、完全に消えるのか? それに、そいつらだけじゃない。クラスメイト達。あの中には俺なんかより頭のいい奴だっていたはずだ。ならなんで俺に加勢しなかった。先生だって、何で俺がふっ飛んだのが見えた時点で引き戸を開けなかった。いや、それ以前に、なんで隣の教室がうるさくなった時点で注意しに来なかった。


 何で、あいつらが。なんで、お前らが。何で、先生が。何で。何で。なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……。


 いや、もういいか。


 大人さえそんななんだ。誰も規則が大事じゃないんだ。平穏が大事じゃないんだ。自分さえよければいいんだ。


 なら、俺ももううるさくは言わないさ。だが、ここからは自己責任だ。


 それに、もう俺は決定しない。なにごともどちらでもいい。お前らの選択ですべてを決めろ。俺が決めるから悪いんだろう。


 俺は正しいのがどちらかわかっているが、どちらとは言わない。言う必要がないんだろ。なら言わなくていいよな。


 もう、俺は何もしない。お前らが寄ってきたら適当に返す。友達だと思うなら好きにするがいい。好きだと思うにしろ、嫌いだと思うにしろ、好きにすればいい。俺はお前らに何も思わない。


 俺は、すべてに中途半端に生きていく。波風立てず、平穏無事に。いい感じでふらふらと、都合よく生きていく。それが俺だ。


 そうできれば、いいんだ。


 だから意思なんて、どうでもいい。

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