第九十四片 同調の極致
「今でもかなりのものだと思いますけど、その先があるんですか?」
俺が尋ねると、レジルさんはこくっと頷いた。
「普通の同調の一段上。そして、基本的な同調の最終段階、完全同調だ」
「完全、同調」
小さく復唱する。
ユキが俺の横から質問を投げる。
「なんで私たちは、ここに呼ばれたんですか?」
「それは、ここがこの国で一番純粋な魔力が集まる場所だから、だ」
レジルさんの言葉を聞いて、この空間の神秘的な雰囲気の謎が解けた気がした。
神秘的というか、空気が重い。
息をするたび、何かが入ってくる感覚がある。
「あの滝も、ただの水じゃないし、ここに生えてる木々も少し特殊だ。そんな環境を守るために、ここの回りは普通は入れないようにしてるってわけだ」
「なるほどです」
「今の話からして、ここでしかその完全同調が完成させられない、と?」
春の問いに、「ここでなくても出来る人はいるだろうが、ここの方が都合がいいという話だ」と簡単に返すレジルさん。
「具体的には何をやんの?」
「それをこれから説明する」
そういうと、レジルさんは俺たちを滝の方へ呼び寄せた。
「三人には、この滝に入ってもらう」
「「「え」」」
「冷たくないし、あんまり濡れないから安心しなさい」
恐る恐る滝に手をつけると、水に触れた部分がピリピリした。体ごと滝に入ると、何とも言えない、ゾクゾクとした感覚に襲われた。
俺に続いて、春、中籠も入ってくる。滝の横幅は、三人が定員と言った感じだった。
水が服に染みてくる感覚はない。
「じゃあ、今立ってるところに座って」
レジルさんに促され、足元の岩に腰を下ろす。
するとレジルさんも川に足を入れ、俺たちの前に立った。
「よし、それじゃあこれから試練を与える。目をつぶれ」
……唐突だな。と思いつつ、指示に従う。
「危なくなったら俺がちゃんと止めるから、安心していてくれ。それじゃあ、始めるよ」
パン、と手を叩く音を最後に、俺の意識は現実から遠ざかっていった。
「レジルさん、あなたは今何をした?」
サクラの問いに、レジルは冷静に応える。
「簡単に言うと、彼らの気を失わせた」
「難しく言うと?」
「彼らを、精神の深い部分に落とした」
「なぜ?」
「これを踏まえて、君たちに彼らの深い部分を知ってもらうためだ」
頭の中で話がつながらないのか、ユキは首を傾げた。
「君たちが仮面となっているとき、君たちは彼らの魂、意識とつながりを持っている。意識と言っても、それは表層に過ぎず、深層に行きつくことはまずない」
「そこで、契約者の意識を落とすことで、私たちがそこにアクセスできるようになった、と」
「そういうことだ」
「さっき『危なくなったら』と言っていたが、デメリットがある方法なのか?」
「深層には自分が普段感じなくしていることも蓄積している。つまりはトラウマだな。そしてほぼ百パーセント、彼らはそこに行きつく」
「……」
「だから、最悪の場合精神を崩壊させる危険がある」
「貴様!」
サクラがレジルに斬りかかる。
しかし、レジルは顔色一つ変えず、どこからともなく槍を取り出し、サクラの一撃を防いだ。
「落ち着け、何のために俺がここにいると思っている」
「……」
「ここからがこの試練の本題だ。君たちには、彼らの深層を理解し、そこから救い出してもらう」
説明を聞いて、場が静まり返った。
「それぞれ、どうする? もし難しいと感じるなら、ここで引き戻すことも可能だが」
「私はやる。春のすべてを知ったうえで、受け止めてやる」とサクラ。
「彼を救えるのは僕だけだからね。それに、力を手に入れるためなら喜んで」とコトリ。
「ハクはどうする?」
下を向いたまま、動かないユキ。
固く握りしめた両手は、小さく震えている。
「……私は、正直不安です。私が冬さんを救い出せるのかどうか」
「……そうか、それじゃあ」
「でも!」
震えを止め、カッと顔を上げる。
「私はやります! 冬さんの苦しみを、すべてを理解した上で、隣に立っていたいから」
「……そうか。それじゃあ、三人とも、それぞれの契約者の前に立て」
面族の三人も水の中へ足を入れ、それぞれの相棒の肩に手を置いて腰を下ろす。
「彼らと同様、君たちが危なくなったら引き戻すからね。それじゃあ、行くよ」
先ほどと同じ大きな音を合図に、彼女たちは、彼らの深層へと潜っていった。