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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
ラスフロス編
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第八十七片 潜入者

 願世に行ってみると、俺は例の二段ベッドで寝ていた。

 寝床はゆらゆらと揺れている。船はいまだ航行中のようだ。


「ちょっとした出来心だったんだよ。悪気はねえって!」


 部屋の前から、そんな声が聞こえてきた。

 耳に届いた声は、この一ヶ月、なんだかんだ一緒にいた誰かさんにそっくりだと思った。


「そうだとしても、困るんですよ。こういうことをされると、我々が報復したみたいに取られても仕方がないじゃないですか」


 もう一人の声の主は、どうやらハハルさんらしかった。

 体を起こして、上の段を見てみたが、ユキの姿は認められなかった。


「どうするよ、こいつ。このまま野放しにしてると、何しでかすか分かんねえぞ」


 ドアの向こうから、メネスさんの声も聞こえた。

 一体何があったのだろう。

 気になった俺は、頑丈そうな鉄の扉をゆっくりと開いた。


「どうかしたんですか?」

「ああ、冬君」「おお、冬」

「冬ぅぅぅ!」


 そこにいたのは、やはりというかなんというか、中籠だった。

 彼の体は、ぐるぐるに巻かれた縄で縛られていた。



 中籠の話によると、四か国の要人たちが帰る船に乗る少し前に、隠れて乗船しており、その後に俺を脅かそうとしていたらしい。

 だが俺は早々に自室に入ってしまい、手出しができなくなった。それで俺の部屋の周辺で隠れ隠れ待っていたところ、不穏な空気を感じ取ったハハルさんに見つかり、メネスさんに縛り上げられたのだとか。


「……お前って結構バカだな」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」

「いや、だってその通りだろうよ」

「ぐぬぬ……」

「ほら、言い返せない」

「うるせえ!」

「お前の方がうるせえ」


 今は縄を解かれ、俺の部屋で椅子に座って大人しく……大人しく? している。

 メネスさんとハハルさんはこの件をレジルさんに伝えに行っていた。


「どうなるんだろう、俺」

「航行的に無理がなければ、引き返して降ろされるんじゃないか? まだ半日くらいしか経ってないし」

「そうかあ。まあ普通そうだよなあ」


 頭の後ろで手を組みながら、中籠は深いため息を吐いた。


「というか、気になってること聞いていいか?」

「ん?」

「コトリは?」


 中籠の相棒、切っても切れない関係であるはずのコトリの姿が、今の彼の近くにはない。

 一体どこにいるのだろうか。それとも、あの子は一緒に忍び込んでないのか?


「ああ、あいつは船内探検とか言ってそこらへんにいると思うよ」

「馬鹿か、さっさと連れてこい!」

「また馬鹿って言ったな!」

「これ軍艦だぞ! 軍隊の機密とか知った日にゃ、コトリがどうなるか分かんねえぞ!」

「は!? 大変じゃねえか!」

「急いで探すぞ!」

「ああ!」



 船内。食堂にて。


「それで、これがマグロ」

「マグロ……市場で見るのと違う」

「それは切り身だろう? もともとはこういう魚なんだ」

「ほほう……興味深い」


「なあ、中籠」

「なんだ、冬」

「なんであいつ、あんなに食堂の人たちに馴染んでるの?」

「俺に聞くな。あいつ時々興味持ったことに熱心になるんだよ。どうせそれをいいように解釈されたんだろ」

「いや、でもあれは……」


「……? あ、おーい。中籠、すごいぞ、でかいマグロが」

「マグロはいい! 速くこっちに来い!」


 中籠は食堂の入り口から、厨房内のコトリを呼びつけた。

 さんざん探し回って、どうせここにはいないだろうと高をくくっていた食堂にまさかいるとは……。

 灯台下暗し……ってやつなのかな。


「何さ、中籠。プンプンして」

「お前が危険なところに行かねえか心配だっただけだ! 世の中には知っちゃダメなことだってあるんだからな!」

「なんだ。そんなことなら知ってるし、そんなところ行かないよ。中籠はバカだね」

「……! どいつもこいつも……!」

「まあ、ひとまずは見つかってよかった。な、中籠」

「……。まあ、そりゃそうだけどよ」


 コトリを連れて、三人で俺の部屋に戻っていると、途中、後ろから呼び止められた。


「冬君」

「あ、ハハルさん。処遇が決まったんですか?」

「ええ」

「で、俺たち、どうなるんだ?」


 いつもの軽い調子とは少し違う、神妙さをはらんだ声で尋ねる中籠。

 不安げな表情を浮かべる彼に、ハハルさんは優しく微笑んだ。


「このまま一緒にいていいそうよ」

「ほんとか!」

「でも、これから行っちゃいけないっていうところには行かないこと」

「分かりました!」


 中籠は「一緒にいていい」という部分に興奮したのか、そこから先の注意を半ば聞いていなさそうだった。

 大丈夫か? これ……。


「あと、レジルさんたち、最初からあなたが乗っていたこと、知ってたみたい」

「え?」

「知ってた上で、許していたそうよ」

「そう、だったのか」


 ハハルさんから告げられた事実には、俺も驚いた。

 さすが各大陸を治める王たち。といったところか。


「それじゃあね。船酔いには十分気を付けて。これから揺れるから」

「はい、了解です」「わっかりましたー」


 ハハルさんと分かれた後、俺たちは自室に戻った。

 中籠たちの部屋は、俺の部屋の隣に用意された。

 夜遅くまで話し込んで、カードゲームをして、俺たちは寝た。



 翌日、中籠はひどい船酔いに襲われた。

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