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田舎と鴉と置き手紙  作者: 桧枻
1/1

メールと朝食

『てるびょんおっはぁ~!!血圧大丈夫??(笑)(笑)』


「いや何故に血圧。そして笑は二つもいらないよ」


てるぴょんこと、私、刻酉 燿の朝は早い。


まず朝起きてすること、それは級友や離れて暮らす親族からのメールが届いていないか、チェックすることである。


級友からのメールは割と大事な内容なことが多い。今日はあれを提出するやら、授業の変更など……忘れっぽい私にとって、とても助かる存在である。


親族からのものは大したことはないが、既読は付けておく(一度付けておらず、夕方には安否確認のメールが百件届いていたことがある)。



とりあえず「元気です高血圧だよ」とメールを返信するとすぐさまメール受信の着メロがピロンとなった。



『高血圧(笑)


もー気をつけるんだぞ!!


今日からは一緒に登校できないんだからね!!』



「あ……そうか」



そうだそうだ、と目線を上げた先には真新しい高校の制服があった。


うちは特殊な家系で、高校は決まったところに行かなくてはいけなかった。


私は都会生まれ都会育ち、生粋の都会っ子といっても過言ではなかったが、高校進学のため、この田舎に引っ越してきた。


正直、田舎っていうと虫が多いとか、嫌なイメージしかなかったが、ご飯が美味しかった。あんなに嫌いだった茄子が甘かった。


住めば都とはよく言ったものだ。


中学はブレザーだったが、セーラー服も悪くない。


厚い黒い生地は夏が近づくと暑そうだが、胸ポケットに刺繍された苗字は金で輝いていて綺麗だ。


「っとそうこうしてるうちに登校時間が……」


かつての級友に『そっちも気をつけろよ』とだけメールを送り、急いで制服に着替えた。


化学繊維特有のひんやりとした感触はあったが、緊張で火照る体にはちょうどいいだろう。


リボンをしっかりと結んだ頃、がチャリと扉を開ける人物がいた。


「あんらぁ~燿ちゃん、よう似合っとるねぇ。べっぴんさんやぁ」


「そう?ありがとう~あさおばあちゃん」


祖母、刻酉 あさは和服の良く似合う人だ。


高校進学のためにこちらへ来た私は、あさおばあちゃんの家に住むことになったが、無駄にでかかった。広いなれが田舎かと戦慄した。


「ご飯できたばい。燿ちゃんは鮭は好きかね?」


「うんうん、好きだよ!魚好き!」


「そおねぇ、おばあちゃん作りがいあるわぁ。もう用意しとるけん早よ食べりやー」


廊下に出るとそこにまで美味しそうな食事の香りがしてきた。嗚呼、鮭の塩焼き、味噌汁、白米……漬物あるかな。


と、一つの部屋の前で、足が止まった。


私の部屋とは何ら変わりの無い普通の扉。


私と一緒にこっちに越してきた“やつ”の部屋だ。


軽く紹介するならば、“やつ”は見た目が幼い。その上身長も高くない。150以上は身長はあるだろうが、私と同じくらいだ。160は無いはずだ。


あとは、泣き虫で、変わり者だとは思う。



まだ気配がするので、起きてないのか、さては遊んでるのか。


「ばあちゃーん、千時(ゆきじ)まだ起きてないのー」


階段の上から下の階の祖母に叫ぶと


「起きとるんやけどねーお話しよったけんそのままにしとるよー」


ついでに連れておいでー、と返事が返ってきた。


正直面倒だが、やるしかないだろう。


すべてはばあちゃんの美味しいご飯のため……!!


ふん、と扉を思いっきり開けた



と思いきや開かない。正確に言うと一瞬開いたのだが何かに跳ね返るようにしてバン、としまった。


跳ね返る時に「びゃっ」的な何かの悲鳴が聞こえたのは無かったことにしたい。そんな事実はない。うん。


と思っていたかったが、自分でも何が起こったのかは予想はつく。ヒリヒリ罪悪感が胸を焦がしてきた。


さらにはドアの向こうから、弱々しい嗚咽が聞こえてきたので限界だった。


ドアをぶち破る勢いで入りたかったが、それは流石にまた罪を重ねることになりそうだったので、自粛した。


きぃ、と扉をきしませながら開けると、すぐ前に、うずくまる白い人物がいた。


「千時……」


「……痛い……」


「うんそれは謝る…ご飯のおかずいっこあげるよ…それで許して」



うん、と泣きながら首を縦に振った。制服の袖で涙を拭き取ろうとしたので慌てて手ぬぐいを渡した。


彼が件の“やつ”、千時。千の時と書いて千時だ。


彼の見た目が幼いだのなんだの言ったが、一番特徴的なのは、白い髪と、白い肌。


そのせいで、赤い腫れがよく目立った。


「あぁあ冷やさなきゃね、登校までに間に合うかな…」


取り敢えず下の階へと降り、おばあちゃんがよく高い場所にあるものをとるときに使う椅子に座らせた。


保冷剤を冷蔵庫から取り出し、痛みが引くまで冷やしておくように、と言うと、


「先にご飯食べてて。燿ちゃん食べるの速くないから」


とのことだったので、心配ではあったが、先に朝食を頂くことにした。



大体朝食の3分の1ほど食べ終わったあたりで千時も席についた。


「千時、怪我は?」


「うん、まだ赤いけど、割と髪の毛で隠れたよ」


「そう、ごめんね。いきなり開けちゃって」


「もう大丈夫だよ、燿ちゃん」


いつもの様にニッコリと笑うと、いただきますと言って朝食を食べはじめた。急いでいるのか、頬が丸くなってしまうほど口におかずをつっこんでいた。


「……あ、おかず卵焼きあげる」


「ふぁひはほほ」


「うん、口の中無くしてから喋ろうか」


多分、ありがとうと言ったのだと思う。


「ふたりとも、早う食べんと、遅刻するよ」


時間を見れば、そろそろデッドライン。入学式から遅刻とか、それだけは絶対に避けたい。


「ご馳走様でした!」


「はい、お粗末さん」


残りのご飯をそんなに噛まずに飲み込み、席を立って髪の毛のセットをしに洗面所へ行った。


最初の印象は大切だと、何度も何度も聞かされた(主にかつての級友に)。


都会から持ち込んだヘアセットのための道具を取り出し、軽くスプレーをふってから、櫛とドライヤーの熱で髪の形を整えた。


じんわりと焦げるような独特の匂いと首周りが熱で満ちてきた頃に、ようやく食べ終わったのか、千時も洗面台の前に並んだ。


鏡にうつった千時の髪が、ぴょっと一部、飛び出しているのを見た。


「千時、髪の毛はねてるよ。してあげようか?」


千時は心底嫌そうな顔をしながら、首を横に振った。


「いいよ、僕スプレーの匂い苦手だから」


「じゃあ水でもいいから、髪につけて。頭のここ、直すだけだから」


彼が香水などの強い匂いが苦手な事は知っている。前に、制汗剤を嫌がっていたこともある。


手に少しの水を付けて、はねた髪をしっかりと上から押さえつけた。そして、自分と同じ様に櫛とドライヤーを使い、無事、飛び出る髪は、ほかの髪と同化した。



「ありがとう、燿ちゃん」


「どういたしして。さあ、初登校だね」


「うん」


「千時は見た目私より年下に見えるから、悪い人に絡まれそう…大丈夫?」


「全力で回避するよたぶん」


「たぶんって何」


鏡越しに二人で微笑みあった。


どこかぎこちなくなっているのは、これから新しい環境へと飛び出していくために、緊張しているのだろうか。


まあ、二人でいれば、怖いことなんて何も無いはずだ。


「よし、いってきまーす!」


「い、いってきます」


おばあちゃんが見送りながら「気ィつけてなぁ」と手を振ってくれた。













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