モテない俺が美少女に死ぬ程愛されているわけだが!
昔描いた短編をひっそり投稿。
「お前を殺す☆」
ラブレターが入っていれば嬉しかったが、どうやら僕にそんなモテ期など存在していないらしく、デスレターが靴箱に入っていた。
お前を殺す——そんなスパイシーな文面から始まったデスレターを読んでいくと、どうやら今日の放課後、体育館裏で待っていればそんな殺人衝動を抱いた女性がやってくるらしい。
高校生の僕はまだまだ死にたくないので、スタコラサッサと逃げるのが得策だと思ったが、こんな殺人衝動を抱いた女性を放っておくのも些か薄情というものである。
ならば、柔道初段、クレイジー柔術を習得した僕がその女性を改心させてやろうと——わざわざこうして体育館裏で待っているわけである。
「どんな女性だろうか……相手が銃であろうが、剣であろうが、ひのきの棒であろうが、僕のグレイシー柔術で腕を一本へし折ってきっと改心させてやるぞ」
まあそんな感じに意気込んでいると。
「死ね」
「うおっ!」
そんな物騒な声が後ろから聞こえてきたので、すぐさま伏せる。
すると、目の前の壁に野球ボール(統一球)がめり込み、冷や汗をかいてしまう。
もしこれが予定調和的に後頭部に当たっていれば死んでいた——というわけではないが、意識は朦朧となってしまい反撃の一手が出せなかったかもしれない。
「おいおい、不意打ちかよ! それは卑怯なんじゃないか! 姿を見せろよ!」
そう言いながら後ろを振り返ると、そこにはうちのクラスの吉田さんがナイフを片手に突っ立ていった。
僕の吉田さんに対する印象は「クレイジーな奴で、アフリカ仕込みの殺人術で、今まで幾多の問題を起こしてきた不良少女」というわけではなく、図書館でいつも本を読んでいる文系少女、といったところであった。
黒くて枝毛など一切ないであろう髪は腰くらいまであり、猫のような愛らしい目は男子からも人気がある。
そんな吉田さんがどうして、こんな風に野球ボールを後ろから投げつけてくるような物騒な女性になったというのか。僕は現代社会の闇というやらに戦慄を感じながら、恐る恐る吉田さんに話し掛ける。
「えーと、どうしたんですかね、吉田さん。どうして、僕を殺そうとするんですかね?」
「よく来たな。尻尾を巻いて逃げているかと思ったぞ、この臆病なチェリーボーイ。しかし、こうしてやって来たということは、私に殺されにきたということだ。覚悟しろ」
殆ど吉田さんの声を聞いたことがなかったが、意外に低い声をしているな——とか思いながら、そのままタックルをかまし吉田さんを組み伏せる。
そのまま関節技に移行してもよかったが、僕は自称平和主義者だ。戦う前にまずは「コミュニケーション能力」というやらで、平和的に解決をしたい。
なので両手を地面に抑えたままの状態で吉田さんに言う。
「吉田さん! 僕は君と殆ど喋ったことがないから、君がどんな人間なのかいまいち分からない! けど、話し合いで解決出来るはずだ! さもなくば、僕のグレイシー柔術で君の腕を一本もらう」
「ふっ」吉田さんは不敵に笑みを浮かべながら「話し合いなどいらぬ。私は君を殺したい! この衝動は君を殺すことでしか解決出来ないし、言語を交わした交流というやらで解決出来る程簡単な問題ではない」
「分かった」
吉田さんの心の闇は相当根深いみたいだ——僕の心は悲しい気持ちで一杯になってしまい、涙が零れそうになるが仕方ない——。
「——君の腕をもらう」
「本望だ」
やれやれ。
そのまま腕十字固めで吉田さんの右腕を破壊しようとした瞬間。
「私の体は君のものだ。これからは、君の彼女として、君が望むような女性になろう。なので改めて言う——付き合ってください」
「はあ?」
チェリーボーイの僕は吉田さんの言葉に動揺してしまい、一瞬力を緩めてしまう。
その一瞬の隙を逃がさない吉田さんは、すぐさま体を反転させ、そのままの勢いでこの状況から逃げ出すことに成功する。
しまった。
奴の口車に乗せられてしまった。再度、地面に足を付けることが出来た吉田さんは改めてナイフを構え——ない?
「? どうなのだ? 君の返事を聞かせて欲しい。といっても、もう殆ど決まったようなものだがな」
「えーと……どういうことですか? 吉田さん。吉田さんは僕を殺そうと、体育館裏に呼び出したんんじゃないのか?」
「ああ、君を殺すためにこうして体育館裏に呼び出した——しかし、私は強い男が好きだ。私の過去を簡単に振り替えさせてもらうと、家庭は崩壊してて父親から毎日のように暴力を受け親戚のおじちゃんからは犯され中学時代は同級生からイジめられていた、というまあ普通の人生を歩んでいたわけだが」
「ええっ? それ全然普通じゃないよ!」
「そんな中で私は気付いた。私は弱い——だから、強い男に守って欲しい、と。そう思うようになった。なので、今まで試験と称して何人もの男を殺そうとしていたが、こうやって反撃してきたのは君が始めてだ」
「多分、最初の野球ボール攻撃でみんな意識不明の重体に陥ってるね」
「だから——合格! 君は私の彼氏になる素質がある。だから言う。ずっと前から好きでした。付き合ってください」
「色々と矛盾がある告白内容ではあったが——君の気持ちは十分受け取った」
「じゃあ——」
——やれやれ。モテ期などやってこなかった、と冒頭の部分で言ったような気がするが、どうやらラブコメディーの主人公のようなモテ期がやって来たらしい。
僕は意識的に微笑みながら。
「ごめんなさい。僕、野球ボールを投げつけてくるような女性と付き合えません」
「それは許さん。死ね」
「えーっ!」
そう言って、何処から取り出したか分からない野球ボール(ラビットボール)を投げつけてくる吉田さん。
僕はそれを素手でキャッチして(格好付けたが、正直手がジンジンしている)
「危ないじゃないか、吉田さん!」
「五月蠅い! 何で私のような可愛い女の子からの告白を断れるんだ! そんな男はきっと悪魔に違いない!」
——どうやら、僕の人生にはモテ期などという甘美な時期は存在しておらず、あくまで物騒で戦争のような日常を過ごさざるを得ないらしい。
僕は踵を返し、吉田さんから逃走する。
しかし後ろから追いかけてきているのは明白だ。果たして、僕は吉田さんから無事逃げ切れるのだろうか?
そう思っていたら、後ろから低い声が聞こえてきた。
「お前を殺す☆」