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後編

 王立ラガヴァンビウス学園の地下には、グラウンドよりも広い闘技場が広がっている。半径1kmの巨大な円状の闘技場の用途は基本的にガーディアンのための訓練なのだが、稀にガーディアン同士の模擬戦や、精霊との契約に成功した生徒の実力を測るためのトーナメントの会場にも使用されることがある。


 周囲には王都を取り囲む防壁並みの厚さの壁が用意され、観客席はその外側に用意されている。観客席が壁の外に用意されているのは、防御用の魔術では精霊の攻撃を防ぎ切ることが不可能だからだ。どんな熟練の魔術師が防御したとしても、精霊の攻撃力は桁外れで、どんな魔術で防御しようとしても薄い木の板に鉄球を叩き付けたかのように一撃で容易く粉砕してしまうのだ。


 闘技場が広いのも、少しでも壁や客席を精霊から遠ざけるためである。


 その分厚い壁の外側に、学園の生徒たちが集まっていた。灰色の殺風景な壁の外側には闘技場の中の映像を映し出すモニターが用意されているのだが、そのモニターに映っているのは勇ましいガーディアンたちではなく、たった2人の男女のみであった。


 片方は今日転校してきたばかりのアリシア・ヴリート・マクファーレン。非常に高い適性を持つ逸材で、既に強力な精霊との契約を済ませているという。騎士団に引き入れるために騎士団長と学園長がわざわざ北方のマクファーレン領まで向かってスカウトしてきた彼女は、腕を組み、冷笑しながら目の前に立つ少年を見つめていた。


 そのアリシアに見つめられているのは、おそらくこの学園で最も有名な生徒だろう。何度も上級生と喧嘩し、止めに入った風紀委員と教師まで殴り飛ばしている問題児である。しかも精霊との契約に成功したガーディアンの生徒にも喧嘩を売り、校内で何度も大立ち回りを演じている。


「まさか、転校生とお兄ちゃんが戦う事になるなんてねぇ………」


 闘技場の真っ只中で睨み合う2人の姿が映るモニターを見ながら、購買で購入してきたポップコーンを頬張る金髪の少女は楽しそうにそう言うと、隣の席で腕を組みながらモニターを睨みつける赤毛の女子生徒の顔を見上げた。


 腰にバスタードソードを下げ、王立ラガヴァンビウス学園の黒い制服の袖に腕章を取り付けている赤毛の女子生徒は、ポップコーンを咀嚼しながら見つめてくる隣の女子生徒を見てため息をつく。


「まったく………あの愚兄は…………ッ!」


 彼女の名は『エリカ・ハヤカワ』。転校してきた転校生に喧嘩を売り、彼女と決闘する羽目になったユウヤ・ハヤカワの実の妹である。


 10歳の頃からスラム街でギャングたちと共に遊び回るようになった兄とは違い、彼女は真面目に勉強を続け、最強の冒険者と言われた両親たちから戦闘訓練も受けた。しかも精霊と契約するための適性も持ち合わせている逸材の1人であり、既に風紀委員会にスカウトされている。


 厳格な性格の彼女は、学園の治安を守る風紀委員にはうってつけであった。入学してからすぐに風紀委員として活躍し始めたのだが、相変わらずあの問題児である兄にはいつもからかわれた上に逃げられている。


「父上と母上から礼儀作法は教えられただろうが………!」


「落ち着きなよ、エリカちゃん。お兄ちゃんは縛られるのが嫌いなんだからさ。ほら、ポップコーン食べなよ。カレー味だよ?」


「む……。すまん」


 バターとカレーの香りがするポッポコーンを近づけられたエリカは、隣に座る金髪の少女からカレー味のポップコーンを受け取ると、こんな大騒ぎを起こした兄への怒りをポップコーンに叩き込むかのように奥歯で噛み潰し、そのまま噛み砕いてしまう。


「あははっ」


 隣でポップコーンを頬張り続ける少女の名は『キャロル・ハヤカワ』。エリカの腹違いの姉妹であり、ユウヤの妹の1人である。基本的にいつもにこにこと笑っている元気のいい少女で、休日はよくユウヤと共にスラム街に遊びに行っている。適性は持たないが、彼女もエリカと同じく両親から戦闘訓練を受けており、腰に下げているククリナイフによる接近戦を得意とする。


 何度も剣術の訓練で相手になってもらっているのだが、キャロルの戦い方はユウヤから影響を受けているのか、変幻自在な攻撃が多い。


 キャロル以外にも腹違いの姉妹は何人もいるのだが、原因はエリカたちの父親がなんと4人の女性と結婚しているためである。だからこの学園には、腹違いの姉妹たちがまだいるのだ。


 百戦錬磨の冒険者である父の事は尊敬しているが、妻が何人もいるという事はあまり尊敬できない部分であった。


 ユウヤは、その父親の尊敬できない部分が膨れ上がったような性格をしている。秩序やルールが一番大切だといつも言っているというのに、あの愚兄は自由が一番大切だと言うのだ。


 自分勝手な兄だが、風紀委員の仕事を早めに終わらせてこの闘技場まで足を運んだのは、妹として兄の戦いを見守ろうと思ったからなのかもしれない。


「―――――頑張れ、お兄ちゃん」


 隣で美味しそうにポップコーンを頬張るキャロルに聞こえないように呟いたエリカは、こっそりキャロルからポップコーンをもう1つ拝借すると、それを口へと運ぶのだった。








『両者、構え!』


 闘技場の天井に取り付けられたスピーカーから、野太い体育教師の声が聞こえてくる。その声を聞いたアリシアは息を吐くと、目の前に突っ立っている赤毛の少年を睨みつけた。


 自分は既に精霊と契約している。だが、この喧嘩を売ってきた野蛮人は精霊と契約しているのだろうか? 


 精霊と契約しているのならば油断できない。もしかしたら自分よりも高い適性を持っているガーディアンかもしれないし、強力な精霊かもしれない。だが、もし適性のない生徒ならば、精霊と契約したガーディアンに生身で挑むのは愚の骨頂だ。


 普通の魔術では精霊には全くダメージを与えられないし、剣や弓による攻撃も容易く弾いてしまう。生身で精霊を撃破する方法など存在しないのである。


 戦艦を生身で撃沈しようとしているのと同じだ。どれだけ殴りつけても装甲には全く傷はつかない。数多の魔物を撃破してきた冒険者の剣戟も、精霊の前では装甲に向かって振り下ろすただの拳と変わらないのだ。


 精霊には弱点である『コア』が存在するが、そのコアを攻撃するよりも先に圧倒的な攻撃力で蹂躙されてしまうだろう。


 目の前に突っ立ったままハンチング帽をかぶる男子生徒は、背中にクロスボウのような奇妙な武器を持っているだけだ。まさかあれで戦うつもりなのかと思ったアリシアは、精霊を召喚する前に彼に問い掛けた。


「あなた、精霊とは契約していないのかしら?」


「悪いな。――――――俺には、適正なんて全くないんでね」


「あら…………あなた、愚か者なのかしら?」


 信じられない。


 この喧嘩を売ってきた野蛮人は、もう精霊と契約しているアリシアと生身で戦おうとしているのである。コアを攻撃する事ができればアリシアに勝利できるかもしれないが、彼女が契約した精霊は易々とコアへの攻撃を許すような生半可な精霊ではない。


 この男が愚か者ならば、実力と精霊の力を見せつけて屈服させるだけだ。


「生身で精霊に挑もうなんて―――――――愚の骨頂ですわね」


「俺に負けたら滅茶苦茶情けないけどな」


「ありえませんわ」


 荒々しい問題児でも、精霊を倒せるわけがない。


 アリシアは精霊に生身で挑もうとしているユウヤを嘲笑うと、右手を前に突き出しながら前進の魔力を手の平へと集中させた。手の平に集まったアリシアの魔力が加圧されていくにつれて、彼女の目の前の地面に銀色の魔法陣が刻まれ始める。


 巨大な2つの円を形成した魔法陣の内側に、小さな無数の古代文字が展開し始める。まるで地面を侵食しているかのようなこの魔法陣は、契約した彼女の精霊を呼び出すために必要な魔法陣なのだ。


「――――――出でよ、ランスロット」


 アリシアが自分の精霊の名を呼んだ瞬間、その魔法陣を形成していた細かい古代文字が、まるで砕け散った氷の破片のように舞い上がった。ダイヤモンドダストのように煌めきながら舞い上がる銀色の光の下では、取り残された2つの巨大な円が点滅を続けていた。


 やがて、その円の中央から銀色の光があふれ始める。その光は徐々に盛り上がっていくと、瞬く間に得意げに立つアリシアの背丈を追い越し、徐々に人間のような姿へと変わっていった。


「―――――それがお前の精霊か」


「ええ。これが私の精霊ですわ」


 纏っていた銀色の光が剥がれ落ち――――――光の中から、右手に巨大な剣を持ち、銀色の甲冑に身を包んだ巨人が姿を現した。


 大きさはおそらく6mほどだろう。全身に銀色の甲冑を纏っているため、それ以外の色は見当たらない。顔もバイザーで覆われているため、どんな顔をしているのかは見えなくなっている。


 人間の騎士を巨人にしたような姿をしているが、おそらくスピードはこの精霊の方が上だろう。巨大だから動きが鈍いわけではない。精霊の速度は人間を遥かに上回っているのだから。


『―――――始めッ!』


 スピーカーから体育教師の声が聞こえてきた直後、アリシアは召喚したばかりのランスロットに命じた。


「ランスロット! あの野蛮人を叩きのめしておしまい!」


 マクファーレン家を侮辱したのだから、痛めつけてやらなければならない。主の命令通りに剣を振り上げたランスロットは、大きな金属音を闘技場の中に響かせながらユウヤへと向かって突撃を始める。


 あの剣を振り下ろされなくても、もしあの精霊に踏み潰されれば終わりだ。魔術を使っても攻撃を防ぎ切れないほどの攻撃力を持つ存在が相手なのだから、咄嗟に魔術で防御したとしても一瞬で突き破り、ユウヤの身体を押し潰してしまうに違いない。


 だから、精霊との戦いで防御力は一部を除いて役には立たないのだ。


 ユウヤはため息をつくと、片手でお気に入りのハンチング帽を抑えながら右手を背中の相棒へと伸ばしつつ、左へと向かってダッシュを始めていた。戦力で突っ走っているつもりだが、ランスロットの攻撃を回避するのは難しいだろう。


 右手で背中の相棒のグリップを掴んだユウヤ。いつも仕事をする時に使っている相棒を取り出して構えたユウヤは、左手をドラムマガジンの前に取り付けられているフォアグリップへと伸ばし、猛進してくるランスロットへと向けてトリガーを引いた。


 彼の相棒は、トンプソンM1921と呼ばれるサブマシンガンである。アメリカで開発されたSMGサブマシンガンであり、第二次世界大戦などで活躍した銃だ。だが、この世界には銃という武器は異世界から持ち込まない限り存在しないのである。


 ラガヴァンビウスで生まれ育ったユウヤがなぜこの異世界の武器を持っているのかは、彼の父親と祖父から継承した能力と、この異世界の武器についての知識が原因であった。


 しかもこの世界では剣や魔術による戦闘が主流であり、その剣と魔術もフィオナ・プロトコルによって契約が簡略化されたことによるガーディアンの登場によって取って代わられようとしている。かつてはモリガンと呼ばれる傭兵ギルドのメンバーたちがこの銃を使って活躍したが、彼らの戦いから40年以上経過しているというのに、銃の存在を知らないものは多い。


 だからいきなり見知らぬ武器を精霊に向けられたアリシアは目を丸くしたが、彼のトンプソンM1921(トミーガン)から次々に放たれる.45ACP弾がランスロットの甲冑に弾かれている事に気付き、すぐに再び彼を嘲笑い続けた。


「あらあら、変わった武器を持っていますのね」


「どうも!」


 トンプソンM1921を連射しながら走り続けていたが、アリシアに向かって叫んだ直後にドラムマガジンの中の弾丸が空になってしまう。弾丸を撃ち尽くしたドラムマガジンをすぐに取り外そうとするが、猛進していたランスロットはもう右手の剣を振り上げ、ユウヤへと向けて振り下ろしていた。


「ッ!」


 まるで巨大なギロチンが真上から落下してくるかのような圧迫感。もしあれが直撃すれば、どれほど高圧の魔力を使って防御したとしても、一瞬で両断されてしまう事だろう。


 だから精霊を相手にする場合は、自分も精霊を使わない限り防御力は役に立たないのである。


 しかし、ユウヤが祖父たちから継承した能力は――――――例外であろう。


 相棒が破損しないように素早く背中に背負いながら、振り下ろされる剣の真下で両腕を構えるユウヤ。回避しなければ一瞬で両断されてしまうだろうし、回避したとしても剣が地面に激突する衝撃で即死する事だろう。


 これが精霊の力だ。生身では決して精霊に勝つことなど出来ない。これであの野蛮人はマクファーレン家を侮辱したことを後悔する筈だ。


 回避しようとしないユウヤを嘲笑うアリシアは、そう思いながらランスロットに剣を止めさせようとした。あの野蛮人は許せないが、ここで殺すわけにはいかない。


 しかし、剣を止めさせる必要はなかった。


 ユウヤは既に、精霊の剣を受け止められるほどの能力を祖父たちから受け継いでいたのだから――――――。


 その直後、ガキン、と鉄板に剣を叩き付けたような金属音が闘技場の中に響き渡った。


「え………?」


 明らかに、ランスロットが剣を止めた音ではない。まるで剣と剣が激突したような金属音である。もしランスロットが剣を止めたのが間に合わなかったせいでユウヤを両断してしまったとしても、こんな金属音はしない筈だ。


 目を見開きながらランスロットが振り下ろした剣の下を凝視していると、土埃が舞う中から、漆黒のハンチング帽が地面へとゆっくりと落ちたのが見えた。ランスロットの剣戟を受け止めた衝撃波でズタズタにされてしまったハンチング帽は、先ほどまでユウヤがかぶっていた物と同じである。


「――――――おいおい、お気に入りの帽子が滅茶苦茶になっちまったじゃねえか」


「―――――なっ……!? あなた………い、今のランスロットの一撃を……う、受け止めた…………!?」


 土埃の向こうにいたのは――――――両腕でランスロットの持つ剣を受け止めているユウヤであった。


 人間が生身で精霊の一撃を受け止めたというのは信じられない事なのだが、もう1つ信じられない事が起きていた。


 なんと、剣を受け止めるユウヤの両手が赤黒く変色し、まるでドラゴンのような外殻に覆われていた。しかも特徴的な短い赤毛の中からは、先端部だけが炎のように赤くなった2本のダガーのような角が生えていたのである。


「そ、その腕は………!? それに、頭から角が………!?」


「爺さんからの遺伝だ。――――――気にすんなよ、お嬢様ッ!!」


 自分の精霊の攻撃が受け止められたことに驚愕するアリシアを目にして、剣を受け止めながらにやりと笑うユウヤ。銀色の剣を掴んでいた両手に力を込めながら彼が剣を押し返すと、ランスロットの巨体が少しずつ押し返され始めた。


「ら、ランスロット―――――――」


「УРаааааааааа(ウラァァァァァァァァァ)!!」


 精霊に指示を出そうとしたが、彼女の声を打ち砕いたのは精霊に生身で挑み、その一撃を受け止めた怪物の咆哮であった。


 両手で剣の柄を握りながら剣を押し込んでいたランスロットが、生身の少年に剣を押し返される。彼女の精霊が後ろに下がった瞬間に走り出したユウヤは、走りながら相棒に新しいドラムマガジンを装着し直すと、コッキングレバーを引いてから再び背中に背負い、今度は腰のベルトから奇妙な武器を取り出す。


 短い棒のような柄に分厚い黄金のフィンガーガードのようなものを取り付けた、ナックルダスターであった。精霊に挑もうとする者ならば大剣や巨大な盾を用意する筈だが、彼の持つ武器はあまりにも小さ過ぎる。


 精霊を倒せる武器とは思えないのだが、彼の人間離れした力を目の当たりにしたアリシアは、もう油断する事ができなくなっていた。思い浮かんでくる楽観視が現実逃避にしか思えなくなってしまったのである。


「あ、あなた―――――――まさか、スカーフェイス………!?」


 マクファーレン領にいた頃から、何度かスカーフェイスという異名を持つギャングのボスの噂話を聞いた。『ワイルドバンチ・ファミリー』というギャングを率いる赤毛の少年で、彼の頭からはダガーのような角が生えており、腰の後ろからはサラマンダーのような尻尾が生えているという。だからいつもは角を隠すためにフードかハンチング帽をかぶり、尻尾は服の中に隠しているのだ。


 人間離れした筋力と防御力を持ち、しかも見たことのない武器を自由自在に操る猛者らしく、彼はギャングを引き連れて王都中のギャングを制圧し、奴隷売買を行うギャングや商人を片っ端から潰しているという。


 その少年の左側の頬には刃物で切られたような古傷が残っていることから、『スカーフェイス』という異名がついたと聞いている。


 ユウヤはアリシアの声を聞いてにやりと笑いながら、剣を構え直したばかりのランスロットにナックルダスターを装備したまま襲いかかった。外殻で覆った状態の両腕でナックルダスターを持ち、ランスロットの右足にストレートをお見舞いする。


 先ほどと同じく強烈な金属音が響き渡ったが、今度は先ほどのような金属音の残響の中から、まるで金属板に亀裂が入ったような音が聞こえてきて、アリシアはぞっとしてしまう。


 ユウヤを追撃しようとするランスロットの足を恐る恐る見つめてみると、今までの訓練ではいつも傷をつけられることのなかったランスロットの足の鎧に、なんと亀裂が入っていた。


 明らかにあれは人間のパンチの威力ではない。


「な、何者ですの!?」


「問題児だッ!」


 続けてランスロットの右側へと回り込み、ランスロットが振り回してきた剣をひらりと回避してから前進するユウヤ。振り払う度にソニックブームが生じる剣戟を躱し、衝撃波に呑み込まれても吹き飛ばされることなく襲いかかってくる少年は、明らかに人間ではなかった。


 ユウヤ・ハヤカワの祖父は、かつてモリガンという傭兵ギルドを率いていた『リキヤ・ハヤカワ』という1人の傭兵である。異世界からこの世界にやって来た『転生者』である彼は、転生者に与えられる能力を使いこなし、仲間たちと共に戦い続けてきた。激戦の中で片足を失ってしまった彼はサラマンダーという炎を操るドラゴンの素材で作られた義足を移植することになったのだが、その移植が原因で身体が変異を起こし、『キメラ』と呼ばれる新しい種族になってしまっているのである。


 異世界の人間がドラゴンの血を体内に投与されたことで生まれたキメラの能力は、特定の属性を自由に使いこなす事ができる能力と、人間離れした身体能力と、ドラゴンの外殻を生成して硬化する能力の3つだ。


 彼の父親である『タクヤ・ハヤカワ』の代でキメラの数が一気に増えたため、現在はキメラという新しい種族が女王に承認され、このオルトバルカ王国で平和に暮らしているという。


 ユウヤはそのキメラの一族の1人であり、最強の傭兵の孫なのである。


 剣戟を躱してパンチを何発も亀裂が入った足に打ち込み続け、剣戟を受け止めてから更にもう1発右ストレートをお見舞いする。人間離れしたパンチの集中砲火を受けていたランスロットの右足が、その右ストレートに止めを刺されたかのようにへし折れ、銀色の防具の破片を闘技場の中へとまき散らした。


 片足を折られてぐらりと揺れるランスロット。体勢を立て直す事ができなくなったアリシアの精霊は、そのまま破片をまき散らしながら仰向けに倒れ、凄まじい土埃と激震で闘技場の中を蹂躙する。


「し、しっかりしなさい、ランスロット!」


 ランスロットは主に命令されて何とか起き上がろうとするが、祖父から能力と技術だけではなく容赦のない性格まで受け継いでいた彼は、起き上がろうとしていたランスロットの身体の上までジャンプすると―――――ランスロットの顔面に装着されているバイザーに向かって、先ほどこの精霊の足をへし折ったように両手のナックルダスターでパンチを叩き込み始めた。


 瞬く間にバイザーが歪み、亀裂が入っていく。アリシアはユウヤを払い落とすように命令しようとしたが、彼女が言葉を発しようとした直前に響き渡ったバイザーの割れる音が、彼女を黙らせてしまう。


「あ、ありえませんわ………!」


 割れたバイザーの中に、背中から取り出したトンプソンM1921の銃口を向けて嘲笑うユウヤ。あのバイザーの中にあるのは人間のような顔面ではなく、ランスロットのコアである。


 コアは非常に脆いため、攻撃を1発でも叩き込まれれば容易く割れてしまうのだ。


 そのコアに向かって、ユウヤは無慈悲な.45ACP弾の群れを叩き込んでいく。マズルフラッシュが歪んだバイザーの内側を照らし出す度にランスロットの巨体が痙攣し、全身の防具に亀裂が入っていく。


 そして、マズルフラッシュがあの精霊の鎧を照らし出さなくなったと同時に、ランスロットの巨体はもう痙攣しなくなっていた。


『―――――そこまで。勝者はユウヤ・ハヤカワだ』


「そ、そんな………」


 生身の少年に、自分の精霊が倒されてしまった。


 生身の人間では精霊を倒す事ができないと言われているというのに、自分の精霊が生身の少年に倒されてしまったのである。


「―――――俺の勝ちだ、お嬢さん」


 彼はそう言うと、ランスロットに止めを刺したトンプソンM1921を肩に担ぎながら闘技場の出口へと向かって歩いて行った。








「――――――ボス」


 闘技場の出口で待っていたのは、ラガヴァンビウス学園の制服を身に纏った1人の男子生徒であった。だが、普通の男子生徒ならば彼の事を『ボス』とは呼ばない。


 うるさい自分の妹ではなく、自分の率いるギャングの同志が待っていたことに気付いたユウヤは、先ほどの決闘で撃ち尽くしてしまった相棒のマガジンを交換しながら問い掛けた。


「敵は?」


「転生者だ。あいつら、俺らの縄張りで勝手に奴隷の売買を始めてやがるぜ」


「分かった」


 異世界からやって来た転生者が、強力な能力を使ってワイルドバンチ・ファミリーの縄張りで商売をしているというのである。


 様々な能力や武器を自分で生み出す事ができる転生者を狩る事ができるのは、祖父たちからあらゆる能力を受け継いだユウヤと、腹違いの妹たちだけだ。


「――――――クソ野郎なら、狩る」


 彼はスカーフェイスの異名を持つギャングのボスであり、転生者を狩る3代目の『転生者ハンター』なのだから――――――。



 



 異世界で魔王の孫が現代兵器を使うとこうなる The scarface


       完

 

これでこの物語は完結となります。タイトルに現代兵器という単語を入れましたが、登場した現代兵器が少なかったです……。申し訳ありません(苦笑)


主人公であるユウヤは、もう完結した『異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる』の主人公である力也の孫です。実はもう既に少しだけユウヤは第一部に登場していました(笑)


では、読んで下さってありがとうございました!

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