雨と猫と不思議な館
急に思い立って、おかしなテンションで書きました。
クオリティーに関しては…………と言うことで。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
街にある路地を抜ければ、不思議な世界に辿り着く。
よくある噂話。
でも知ってるよ。それは噂なんかじゃないって。
駄菓子屋さんと本屋さんの隙間の道を行くと、別れ道がある。それを左に行くんだ。
次に右、左、真っ直ぐって順番に進むと、古くて大きな家に辿り着く。
ドアにかかったプレートには『マレアの秘密の館』なんてどこかで聞いた事があるような文字が書かれてる。
コンコンってノックすると、中から「は~い…」なんて眠そうな声が聞こえてくるんだ。
傘を閉じて、ドアの横にある傘立てに入れる。ドアを開けて、「おはよう、マレア!」って声をかけるのが決まり。
ここは子供しか辿り着けない不思議な館。しかも雨の日しか道が通じてないなんていう不思議な場所。
大きくなったら記憶と共に消えてしまうんだろう。そう思うと、少し悲しくなる。
マレアはなんとも思ってないみたいだけど。
そんな僕達とマレアの1日は、今日も始まるのです。
「マレア、おはよう!」
「はい、おはよう」
琥珀色の目に黒い毛。ピクピク動く耳とゆらゆら揺れる尻尾を持ったマレアは、正真正銘ねこだ。
街にいるねこは喋らないけど、マレアは喋る。とても不思議で最初は怖かったけど、この場所自体不思議だから気にしない事にした。
マレアはマレアだから、いいかなって。
「あれ? 今日は僕だけ?」
「他の子はまだ来てないよ。そのうち来るんじゃない?」
「そっか……」
机の上に座ってるマレアは眠たそうに返事をした。
そんなに眠いなら寝たらいいのに…。
でも前にそれを言ったら、僕達が来るから寝るに寝れないんだって言われた。
そんな事言われてもなぁ……。
「そうだ…。梨花はもう多分ここには来れないよ」
「梨花ちゃん? どうして?」
「まひるは知らなくてもいい事だよ。でも来れないと思った方がいいね」
「そうなんだ…」
梨花ちゃんは近所に住んでる3つ上のお姉ちゃん。
優しくて、大好きだったんだけど、もう一緒に来れないみたい。
子供じゃなくなっちゃったのかな…。
「さぁ、まひる。今日は何して遊ぼうか」
机から降りて、マレアは僕の足元に来た。僕もしゃがんでマレアと目を合わせる。
尻尾がゆらゆらしてて別の生き物みたいに動いてる。
マレアは小さな足を僕の靴の上に置いて、てしてし叩く。
遊ぶって言っても何も思い浮かばないから黙ってたけど、マレアは早くって言ってるみたいにてしてし靴を叩いた。
「うーん…。今日は何か面白いお話ある?」
「話? そうだなぁ…。あ、じゃあまひる。今から外に行こう。面白い物を見せてあげるよ」
「面白いもの?」
マレアは立ち上がってドアの方に歩いていく。僕も立ち上がってマレアの後を追う。
マレアと外を歩くなんて初めてだ。いつも館の中で遊ぶから。
マレアがねこ用の扉から出たのを確認してから、ドアを開ける。
外はまだ雨が降っていて、水溜まりには灰色の雲が映ってる。
僕はその時、雨がずっとやまなかったらいいのにって思った。そうしたら、ずっとマレアと遊んでいられるのに。
「まひる? どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。どこに行くの?」
「秘密の場所」
傘を広げてマレアの後ろをついて行く。雨の音しか聞こえない路地では、僕とマレアしか世界にいないみたいに感じる。
実際、路地なんかに入ってくる人はいないから、僕とマレアだけなんだけど。
僕は傘を差してるから濡れないけど、マレアは濡れないのかな。
きっとマレアの事だから、濡れても気にしないんだろう。
塀の上のマレアを見上げながら、僕は思った。
そういえば、館に誰もいないけど、他の子が来たらどうするんだろう。
まあ、いっか。
「まひるもいつか来なくなる時が来るんだろうね。まひると初めて会った時から、もう4年は経ってる。あと何年一緒に遊べるかな」
「いきなりどうしたの?」
「いや、なんでも。ただふと思っただけだよ」
マレアは塀から降りて右に曲がった。
マレアは時々不思議な話をする。マレアがいつもは気にしないような話をすると、僕は少し怖くなる。何かが終わるんじゃないかって思って。
でもマレアは気まぐれだから、一々怖がってたらダメなんだって思う。
自分がしたい事をしたいようにする、ねこそのものなんだから。
「ついたよ。見てごらん」
「……? わぁ、すごい…!!」
僕の家からでも見えるくらいの大きな木。でも誰も木の根元には行けなかったらしい。
大人が言ってた。木を目指して歩いても、絶対に辿り着かないって。
そんな不思議な木が、葉っぱに水滴をくっつけて目の前で揺れている。
太陽は出ていない筈なのに、葉っぱについた水滴がキラキラと輝いている。とても綺麗な風景だ。
すごく大きな木だから雨宿りが出来るみたいで、マレアが座ってる。傘を閉じて僕もマレアの横に座る。
風に揺れてカサカサ音を立てる葉っぱは、水滴を落とすためにわざと動いているように見えた。
「この木の根元に行けるなんて、誰にも言っちゃダメだよ」
「どうして?」
「こんな風に静かに暮らしているのに、人がいっぱい来たら騒がしくなるだろう? そんなの可哀想だ」
「そっかぁ……。うん! じゃあ、マレアと僕だけのひみつだね!」
マレアは楽しそうに尻尾をゆらゆら。マレアが楽しいなら僕も楽しい。
マレアと2人だけのひみつだなんて、だいぶ嬉しかった。これは館に来る他の子にも内緒だって事だから。
マレアにとって僕は特別、なんて思ってもいいのかな?
もしかしたら他の子ともこんな約束があるのかもしれない。
でも今日は僕だけ。僕とマレアだけのひみつ。それで充分だ。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「もう帰るの?」
「他の子が来てるかもしれないだろう?」
他の子が来る可能性を忘れてた訳ではなかったらしい。
マレアはすっと立って歩きだした。僕も傘を開いて慌てながらあとをついて行く。
―――向こうの空が青くなり始めている。
もうすぐ雨がやむのかもしれない。
それはいやだな。マレアとバイバイしなくちゃいけなくなる。
「まひるは子供のままでいるんだよ。何も知らない純粋無垢な子供のまま。そうしたら、長く遊べるからね」
「うん。僕、マレアとずっと遊んでいたい。だから、子供のままでいる」
前を歩くマレアの尻尾がまた楽しそうにゆらゆら揺れた。
帰り道。僕がしゃがんで水溜まりを眺めていると、マレアも隣に座って水溜まりを覗き込んだ。
少し灰色が薄くなった雲が流れていく。雲の隙間から青い空が見え始めている。
水溜まりは僅かな光を受けてキラキラしていた。
「そろそろ雨が止むね」
「そうだね……。マレアとバイバイしなくちゃ……」
「また遊びに来たらいいよ。いつでも待ってるから」
「うん……」
雨は好きだ。マレアに会えるから。晴れの日も嫌いじゃないけど、やっぱり雨がいい。
僕もいつかマレアの事を忘れてしまうんだ。そう思うと悲しくなる。マレアの事はいつまでも覚えていたい。ずっと、ずっと、大人になっても。
そんなの、無理だってわかってるけど。
僕は立ち上がって歩き出した。マレアも僕の横を歩く。
傘に当たる雨の音が小さくなってきている。本当に雨がやむみたいだ。
少し屋根のある道を通ると、僕がはいてる長靴の足跡とマレアの足跡がペタペタつく。
路地にもねこはたくさんいるはずなのに、周りにはマレアの足跡しかない。
みんな雨宿りしてるのかな。
ねこって濡れるのいやがるみたいだし。
あ、館が見えてきた。やだな。
館につくとマレアはドアの前に座った。僕は少し離れてマレアの前に立つ。
来た時と同じように、決まりがある。マレアに向かって「バイバイ、マレア」って言うんだ。
僕はあまりこの言葉が好きじゃない。“バイバイ”なんて不透明だ。
マレアはバイバイって言わない。尻尾を振りながらお決まりの言葉を言う。
それを聞いたら帰らなきゃいけない。僕は知ってる。帰り際に振り返ったって、そこにはコンクリートの壁しかない事を。
「……バイバイ、マレア」
マレアの秘密の館。とても不思議なマレアの家。
大人は辿り着けない子供だけの場所。僕達の遊び場。
僕はマレアと小さな約束をする。雨の日が好きになるおまじないを。
次もまた、僕がマレアのもとへ行くために。
「また雨の日においで」




