歌
風が吹いた。
2つの影を認めてから動いていなかった足が追い風でつい一歩前へ踏み出した。
すると弦を響かせる音と二重に聞こえる鈴のような歌が耳に届き始めた。
(私を呼んでいたのはこの音だったのか。)
心ごと引き寄せられるような感覚だ。
初めての感覚なのに心地よく、昔の記憶が呼び起こされた。
目の前にいるのは記憶の底に収めていた父親の顔だ。
父さんと私と同じような瓶底眼鏡にボサボサな黒髪。
眼鏡の奥はとても柔らかな黒い瞳でこちらを見ている。
夢と同じだ。
視界が鱗のようにバラバラと崩れた。
(直ぐ目の前にいた。顔を触れられたんじゃないだろうか)
言いようのない感覚に深く息を吐き出す。どのくらい時間が経ったのだろうか、真上にあった太陽が傾き始めていた。太陽が傾き2つの姿がよく見え始めた。
ローブに見えていたのは膝下まであるポンチョだった。ルルカの民とホーミーの民に共通する民族衣装だ。風貌も黄色の肌に紺色の髪、緑色の目で両民族に特徴的だ。2人は姿形が瓜二つで双子の女の子のようだ。背はハルの胸より少し低くい位の高さで顔立ちと相まって幼くみえた。
彼女たちはハルをじっと見つめていた。
歌は段々と小さくなった。
『仲間を癒していたのだけど』
『占いの通りナノスを呼んだみたいね。』
耳ではなく頭に直接響いてくる"声"だった。
(歌の"声"と同じだ。2人で歌っていたのか。)
ハルは一気に2人との距離を縮めた。
「さっきの歌は一体…」
双子はキョトンとした顔をした後、顔を見合わせた。
『ね。やっぱりナノスね。』
『ね。ナノスの中のナノスよ。』
『ね。ナノス度、歴代で一番よ。』
『ね。占いで言っていた通りね』
「あの、失礼ですが、もう少しわかりやすく」
双子は三つ編みにした紺色の髪束を輪っかを両脇に作った髪型をしている。その髪束が風を切るくらいに思いきり顔をハルに向けた。
目が溢れそうなくらい大きく見開いている。
『『聞こえてた!』』
『ね、そうだった。聞こえる子だった。』
『ね、だった』
『聞こえる子なんて初めて会うからね』
『ね、失念してた』
『あ、今のも聞こえてるわけでしょ』
『あ』
2人はほんのり頬を赤くする。
「あの、さっきの歌は一体?」
「先ほどの歌はエーテルに語りかけて出来るものです。」
落ち着いた声音で話す。
(話せるんだ…。にしても彼女たちの言う意味がわからない。丁寧な物言いだが、本当に頭に響く"声"と同じ人が話しているのか?)
「会話が頭に響いたのは…」
「エーテルを介して話していたからです。」
(わからない。だからって私に聞こえるのか?)
思った事が彼女たちに伝わったのだろうか、それへの返答のように一人が口を開いた。
「あなたはハーフエルフですね。」
「ええ。…ですが、」
「そういうことです。」
(遮ってきた…どういうことだ?しかも、どうしてエルフだと知っているんだ?)
『喋るの面倒ね』
『ね、もうこれでいきましよ』
『ましょ』
(……。)
『言葉にするより感じることの方が手っ取り早いしね。』
『ね。』
いうやいなや、彼女たちはハルに近づき、じっとハルの目を見る。
『『膝つくの。』』
どうしてわからないのという顔をする。
(んな、無茶な)
言われた通りに膝をついた。
すると彼女たちはハルの頭を両腕で抱きしめ、歌い出した。
彼女たちは歌い終わり、腕を解いた。両目から涙を流しハルを見つめる。
ハルは深い眠りについているようで頭を垂れたまま動かない。
『覗いちゃたね。』
『ね、開いちゃったね。』
『ね、全部溢れたからね。』
『ね、元に戻せない。』
『ね、でも必要だからね』
『ね、必要だと思って欲しいね』
2人は腰を下ろし片割れとハルの手を繋いでハルを見守っていた。




