決意
“試練の島"から小舟で2時間漕ぎ続けたミミック諸島の一つ“暗黙の島"には、白い木肌のリースという木が生い茂っている。ミミック諸島の中で最北にあり、寒流からの影響が大きい“試練の島"から小舟で2時間漕ぎ続けたミミック諸島の一つ“暗黙の島"には、白い木肌のリースという木が生い茂っている。
ミミック諸島の中で最北にあり、寒流からの影響が大きいため冬は大雪、夏はリースのその木肌で、年中島中が白い。
声もその白さに吸い込まれてしまうということから暗黙の島と名づけられた。
「はっ、いつの間に島に着いていたんだ!」
ただひたすら漕ぎ続けていたため小舟は島の浜に乗り上げた。
因みにこの島の浜も白い。
試練の島と元々は同じ火山だったためその岩質も酷似している。白亜の岩石が砕けてこの浜が出来た。
その真っ白な浜と陸のリースの白さが彼女のローブの黒色を際立たせている。
「…そもそも、父さんに受験させた訳聞かないとだよな。」
(そもそも論だったら、私の出生もどこかうやむやにされているし…けどそこから聞き出そうとしたら何も言わなさそうだよな。)
ブツブツと独り言を言ってはまた考え込んでいるが、手の動きは素早い。小舟に括りつけてあるロープを引っ張り出し、それを持って小舟を陸に上げていく。
(父さんの頭を覗きたい。聞き出すとか面倒くさい。)
ロープをリースの幹に括りつけきつく縛る。
(でも、うん。覚悟を決めよう)
「よし。」
「おっかえりー」
「ぐえっ」
白い肌に長い銀髪緑色の目を持った、木の妖精ドリュアスが腕を彼女の首に回し抱きついた。
彼女はドリュアスの腕をやんわりと解きながら首を回し声の主を確認する。
「いたんだ。」
「なんだよー、ひどいな。」
口をすぼませて黄緑色の服の裾をパタパタと振る。
「アデルがいなかったんで寂しかったんだぞ。」
「ごめんごめん。」
「アデルに免じて許してやるよ。で、試練の島はどうだった?面白いことあった?」
「島の炎の君に会ったよ。アデルより少し口が軽かった。」
「って少しっていうのは心外だな。口はずっと堅いよ。」
「ははっ」
ドリュアスと共にリースの林へと歩を進める。
夏だがこの林の中は随分と涼しい。
「それにしても、今日のアデルは随分真っ黒な格好だね。フォーレンかと思っちゃった。」
「フォーレン?」
「やっぱり僕も口が軽いようだ。気にしないで。」
「君達は隠し事が苦手なくせに隠し事が多いね。」
「アデルみたいなのは他にいないからだよ。」
(人間ではこうやって話すのは少ないということか?)
「昔はいたの?」
「いやぁ、…まぁこのへんでこの話は終わりにしましょ。ほら、フィロスが何かやっているよ」
ドリュアス視線の方向を見てみると
「あ、本当だ。…」
彼女の家は島の中心の湖畔の側にある。
朝と同じボサボサな黒髪と白衣姿、そして大きな荷を担いで家の近くのリースの大木を登ろうとしている男がいる。足がつかないくらいの所から上には上がれないようだが。
(出来上がったんだ!)
男の下まで駆け出す。
「父さん!」
「あ?その声はハルか!いい所に来た。これをてっぺんまで持って行ってくれ。その前に私を下ろしてくれ。くれぐれもこの荷は慎重に扱えよ」
「はいはい。」
片手は片足を、もう一方の手は腰のベルトを掴み慎重に下ろした。男は荷を地面にそっと置いた。
「とうとう出来たんだね。」
「あぁ。」
二人の瓶底眼鏡の奥の目は光を宿し黒真珠のようにキラキラと輝いた。
「はいはい、君達僕のこと忘れてるよね?黒真珠の目潰しちゃうよ?それは何なの?」
「簡単に言うとエーテルが何なのか分析する装置だ。」
「そうなんです!私達は元々人体にある魔脈から得られるタオで陣と詠唱を介して外界のモナドの集合離散を行うんですけど、その時タオと外界のモナドの相互作用を行う場がエーテルと考えているんです。多分、アデル達がエーテルを使う際の文脈からしても齟齬がないような気がするんだけど…」
「小難しいことばかり言ってもわかんないよ。」
「つまり、魔術とは人体から放出されるタオがエーテルを染め上げそれによってモナドがくっついたり離れたりするんだと考えてるんだ。そのエーテルとは一体何なのかをこの分析器で調べるんだよ。」
「君達のエーテルってそういう意味なんだね。」
「違うの?」
「ま、それを今から調べるわけでしょ。その塊がどんなものかは知らないけどさ。やっぱりアデルはまだナノスなんだ。………黒真珠が黒真珠のままでないよう願ってるよ。それじゃね。」
ドリュアスは彼女の瞼にそれぞれ唇を落とし消えていった。
「何なんだ…」
「気にするな。ほれ、登れ。ほれほれ。俺たちはいつだってここから始めてきたんだ。」
「…………………。はい。」
彼女は荷を担ぎ軽々とリースを登っていく。
一定のリズムで枝に着地し、また跳ぶ。
周りは緑色と白色の世界だったが、段々と橙色に近づいた。
このリースの木はこの島で特に高い。木々や他の生物から放出されるタオの影響が少ないのだ。
ある程度太い枝の所で胡座をかき腰を下ろす。
この分析器はエーテルをモナドとして検出しそれを記録できるよう設計されてある。
彼女は自分の魔脈孔から自然に放出されるタオが分析器に影響しないようにするため魔脈孔を閉じた。閉じるのは僅かな時間しか出来ない。
タオを跳ね返す布で包まれた分析器を取り出す。
そして
出てくる結果に唖然とした。
エーテルはモナドとウンドの両方の性状を有していたのだ。
(私はアデルの言う通り何も見えてない。そもそも、私が何なのかすら、どこから来たのかすら知らない。…私はどこに向かうのだろう。)
それ以上考えることは出来ず、ただ水平線を見つめていた。
太陽は海に潜った。
彼女は瓶底眼鏡を外しポケットにしまった。
そして小さい頃からずっとかけている魔術も解いた。
耳の先は尖り、瞳は金色になった。
金色の瞳で日がすっかり落ちた夜空を見つめる。
息を大きく吸い込むと、意を決したように木から降りていった。
「どうだった?」
無言のまま結果を渡す。
「これは…。」
「父さん、私は学園に行きます。」
「あ?何言ってんだ?行かせるつもりだったろ?」
「私自身の意思で行くと言ってるんです。」
男はじっと彼女の瞳を見る。
「私はもっと世界を知りたい。多分知らなきゃいけないと思うんです。行かせようとしたのもそういうことですよね?」
「……」
「父さんの無言はいつだって肯定ですよね。…私の出生について教えないで下さい。限られた時間、純粋な発見に浸りたいんです。
…、今まで父さんの言われた通りにやってきました。勿論すごく楽しかったですよ。でも、これからは選択したのは自分だと言えるようにしたいんです。」
「…分かった。」
「本当に、ありがとうございます。」
「…受かったかどうかはわからないが、入ったら卒業まで男ということに関しても自分の意思ということでいいということだな?」
「…………え?…それは…」
「いいな、あれは俺のせいじゃない。お前の責任だ。以上!解散!散れ散れぇ!」
男はハハハと笑いながら分析器片手に家に戻っていった。
彼女は呆然としていたが、一瞬ピクリと動き
「えぇぇぇ!」
月の明るい夜空の下、その叫び声はリースの白い木肌へと吸い込まれた。
アデル:兄弟(ギリシャ語)
フィロス:友人(ギリシャ語)
テュフロス:盲目(ギリシャ語)
ピロス:愛しい人(ギリシャ語)
ナノス:小人(ギリシャ語)
全部グーグル先生です。教養ないんです。
ウンド:波(ラテン語)
波と粒子という書き方だと物理法則が絡むので変えました。妥当性を持たせるほどの頭持ってないので…
父さんは性別間違っていたことを悔いていたんです。




