貸し借り
アーサー視点です
この頃はハルとマーリンの話し声で目を覚ましていたのだが、今日は珍しくハルが来ていないため、びしょ濡れで目覚めた。
「おはよう。」
「おはよう。ハルは?」
「知らん。」
マーリンは一言言うと部屋を出て行った。
ハルに何かあったのか?
自室を出るとマーリンが自分で淹れた紅茶を飲んでいた。
空いたカップが二つある。
ハルの分も準備していたのだろう。
この頃はハルの準備ついでに、俺の分も淹れてくれている。
俺は礼を言いながら紅茶を口にいれた。
「やっと試験から解放されたのにな。また勉強かな?」
「わからない。まぁ、何かあったのだろう。」
「そうだな。」
ハルに距離を取られたような気がして少し寂しく感じられた。
マーリンもそうみたいだ。
口を少し強めに結んでいる。
「今日の午前中は選択科目で顔会わせられないから、ハルに勉強しすぎだー、俺と遊べって言っといて。」
「何かあったのかは聞いてみるが、それを言う約束は出来ないな。」
「んだよ、ケチ。」
「自分で言ってくれ。」
あれこれ話していると、ドアがノックされた。
多分ケイだろう。
俺が試合でハブルに負けてから毎朝授業前に稽古している。
「王子ー、入りまっすよー。」
この間延びした言い方、やはりケイだ。
「あ、同居人は一緒じゃなかったんだね」
こいつはいつもヘラヘラしているくせに目ざとい。
「わざわざ口に出さなくてもいいだろ?ほら、行くぞ。」
俺はケイの肩を叩き部屋を出て行った。
いつも食堂から少し離れた草地で体慣らしから始めて、ブリテンから持ってきた稽古用の木刀で稽古をしている。
「それにしても、王子は強くなりましたね。」
「そうか?」
「気付いてないんですか?」
話しながらもお互いの動きを読み合っている。
「多分、チノアと同格くらいにはなってますよ。」
「まじか。」
ケイが動いた。
腰を低めて喉元を狙ってきた。
いつもなら、その速さに上手く対応出来ず上体を崩していなすのだが、今日は何故だか動きがゆっくりに見えた。
そのまま木刀を振り下ろす。
ケイの木刀が折れた。
「あら。」
「ほら。」
ケイは折れた木刀を俺に見せつけてきた。
まぁ、強くなったのか?
「あーあ、折らなくてもいいでしょ。費用は王子持ちで。」
「ああ、すまない。」
しかし、折れるとは思わんなんだ。
ケイは特に言及はしてこないが、折れるか?普通。
「ここに父上がいたらいいんですけどねぇ。」
「?どうしてだ?」
「だって、王子、丹力を使いこなせてないじゃないですか?」
「丹力?」
「もしかして、父上教えてないんですか?」
「ああ。取り敢えず、稽古稽古稽古だったからな。頭働かせる前に体を動かせ、考えるな、感じろと言っていた。」
「あんの、脳筋野郎。」
急に怒りだした。
怒り出しても顔は笑みを崩さないので、変な感じだ。
「いや、もういいから。で、丹力ってなんだ?」
「王子、お腹空いたんで食堂行きつつ食べつつ話しましょ。」
コロコロ変わる奴だ。
食いっぱぐれのないようちゃっかりしている。
俺たちは食堂へ向かいつつ話始めた。
「強い相手を前にした時って、こいつ強えーとか、ただならぬ空気というか、こんな感じで感じる事ありません?」
ケイは手をウネウネしてきた。
なんやだか、何処かで聞いた事があるし見た事がある。
あ、ドリオスの奴らだ。
「ドリオスの奴らが前言っていたよ。あっちでは気と言っていたな。」
「やはりドリオスにも同じ意味の言葉があるんですね。」
それにしても、ブレス学園の学生はもっと語彙力を伸ばした方が良いと思う。
その語彙力で作戦を伝達するのかと思うと、心配でならなかった。そもそも、試験は大丈夫だったのだろうか?
「ケイ、お前は語彙力増やした方がいいと思うぞ。その表現力で兵法の試験は大丈夫だったのか?」
「言葉に表せなくても図面で表せればなんとかなりますから。」
それで受かるのか?
筆記試験の形式で問いに対して空白を埋めるような回答用紙だったが、あの空白に図面だけを描いたのか…。俺は文字でいっぱいにしたが…。
次いでに点数を聞くと俺より高かった。
これからは図面だけにしよう。
多分、伝達される兵達も図面の方がわかりやすいのだろう。
食堂に着いて、ケイは魔術で俺は魔法で料理を出す。
ハルもマーリンも魔術を使おうとすると嫌な顔をするので専らこれである。
ケイも最初は不思議そうな顔をしていたがもう慣れたようだ。
「で、さっきの続きですが、相手の丹力の量は熟練者であるほどよく分かるんです。」
「ああ、それもドリオスの奴らが言っていた。」
「今日、貴方に強くなったと言ったのも貴方が丹力を以前より使いこなせるようになっていたからです。自覚はないみたいですがね。」
「そうだったんだ。」
「ずっと、もどかしかったんですからね。貴方の丹力はあのチノアを優に超える。なのに何故か使おうとしていないんですから。」
「待て、どうやって使えるんだ?」
「ん〜?動けば分かるんじゃないかと。」
やはりこいつも脳筋野郎だ。
父親同様言葉に表せていない。
「まぁ、上手く言えないんですが、使いこなせるようになると、身体の動きが速くなったり、力が強くなったり、相手の動きを読めるようになるんです。」
「なるほどな。チノアのあの馬鹿力もそのせいか。」
「馬鹿力は貴方です。」
「ぐぅ」
「チノアは十二分に使いこなせているんです。手に持つあの小枝にも丹力を流し込ませて強化させるくらいですから。貴方くらいですよ。何も意識せずにあれだけの丹力を使えるのは。」
「は?さっき使えてないって…。」
「使いこなせていないんです。貴方は丹力が莫大にあるので、漏れ出るように四肢の筋肉や目に流れて無自覚に使ってはいたみたいです。最近はその漏れ出る量が多くなったみたいですね。これも無自覚というのが解せませんが。」
漏れ出る量が多くなったのか…。
解かれた覆いと何か関係があるのだろうか?
俺とケイは食事を終えてそのまま実習棟へと向かった。
ずっと兵法の授業が続いていたので今日の実習は楽しみだった。
ハブルやアリと久しぶりに稽古をつけられるしな。
すると、ケイが耳打ちしてきた。
「丹力についてはよく相手をしているチノアやアリに聞いた方が良いでしょう。借りを作ってしまうかもしれませんが、仕方ないです。」
「わかった。」
武芸の実習中は最初の試合で把握される力量で同等の者同士で行っていく。結果、ハブルやアリとは武芸の実習でも同じになっていた。
だが、勉強会についてはケイに話していない。それ程の仲だと分かっていないのだ。
ふふ、貸し借り云々を考えるほど俺たちの友情は浅くはないのだよ。
先生がいつも通り
「同じ程度の力量の相手と2〜3人の組みとなって素手で組手をするように」
と号令をかけてきた。
組手とはドリオス発祥で、特に相手の動きを読むことが訓練できる。
俺はいつもアリ達と使う場所に行くと、既にアリ達は俺を待っていた。
「じゃ、始めようか」
アリとハブルそして俺は互いに礼をして組手を始める。
最初は慣らし程度に、同じリズムで拳や膝を相手に繰り出しては、肘や下腿でそれを受ける。
そのリズムは段々と速くなっていく。
息を合わしていくうちに、3人が1つの生き物のようになる。
一つのズレが全てをダメにしてしまう。自分と相手の一挙一動に全神経を集中させるため、終わる頃には肩で息を吐いている。
「久しぶりにやったが、いいペースでできたな。」
「そうだな。これなら精霊達への奉納舞にもなりそうだ。」
「なんだ?それ?」
「ドリオスの伝統的な祭りがあって、そこでこの組手を演舞として精霊となった先祖達に捧げるんだ。去年は兄上が務めたがひどく感動したよ。」
「へー。それは見てみたいな。」
「ああ、兄さんの故郷、興味あるな。」
ハブルは少し微笑みながら頷いていた。
「そうだ。ハブルとアリに聞きたいことがあったんだ。」
「なんだよ。」
「怪しいことではないですよね?」
疑いの目で見られた。
「怪しいのかわからないけど、丹力…、気の使い方ってどうやるんだ?」
2人共呆然と口を開きっぱなしにしている。
「それを聞くのか?」
やっと言葉を出せたのはハブルだった。
「ブリテンでは教えられなかったのですか?」
「小さい頃から稽古をつけてもらっている師匠にはただ動け、頭を使うな、感じろ、としかいわれなかったんだ。」
また2人とも口を開きっぱなしだ。
草でもいれてやろうか。
「…、まぁあながち間違いではないな。」
「そうだな。」
2人は俺を置いて頷きあっている。
置いていかないでくれ。
「しかし、アーサーの師匠の話を聞くと、やはりと思えてならないな。」
「そうだな。いや、ブリテン全体の気質としてそうなのかもしれない。」
「何が言いたいんだ?」
「「取り敢えず動くところ。」」
うん、否定できない。
「うー、それでどうなんだ?教えてくれるのか?くれないのか?」
「これは、各国の武力に直結するからね。」
「ああ、ただでは教えられんな。」
二人はニヤリと笑っている。
俺たちの友情…。
2人の言葉で何かが打ち砕かれた気がした…。
「わかった。俺で出来ることなら。」
「「よし。」」
二人は、拳を握った。
そんなに嬉しいのか?
どうせ、俺をいたぶるんだろう。
なんて奴らだ。
「で、何が望みだ?煮くなり焼くなり好きにしろよ。」
「そんな勿体無いこと出来ませんよ。」
ニコリとアリが笑う。
それ以上のことをするつもりなのか⁉︎
「ああ。聞かれたらまずいから、勉強会の時にな。」
ハブルもニヤリと黒い笑みをつくる。
聞かれたらまずいのか⁉︎
それからの組手は全く集中出来なかった。
二人からの叱責が飛んできた。




