眼
アーサー視点です
随分長い距離を歩いている。
学園からずっと離れ今俺たちは森の中に入り込んでいる。
木々の中を進んでいくが、マーリンは全く息を切らしていない。
おかしい…。
俺は鍛錬しているから別段おかしくないが、あの運動音痴なマーリンが…ありえない。
『おい、マーリン。お前なんで息上がってないんだ?』
『は?』
『だってお前、ここに来る前は全然運動できてなかったろ?』
『ああ、…多分エルフの記憶を思い出し始めたからだろう。運動に関する無意識下の記憶も蘇ったからじゃないか?』
『へ、へー』
くそぅ、
これじゃ勝てるとこなくなるんじゃないか?
エルフは身体能力がアホみたいに良いって聞くぞ……。
これはアリやハブルと鍛錬しなきゃだな…。負けてらんねぇ。
闘志を燃やす。
『…俺のエルフの記憶はまだ戻りきっていない…。多分記憶が戻りきったら出来ることが増えると思う』
『え、増えなくて良いんだけど…。』
つい口に出してしまった。
マーリンは立ち止まり此方を呆然と見ている。
何故だろう?表情はどこか焦っているようだった。
『な、何故?』
『だって、お前既に出来ることだらけだろ?少しは俺の成長を待てよ。負けばっかりはつまらねぇだろ?』
マーリンは呆然とした顔から心底バカにしているような、つまりいつも通りの顔に戻った。
『やっぱりバカだな。』
んだとぉ!!?
『…、俺の主人ならさっさと追い越してけばいいだろ?そんな事言わずに』
『わかってるよ。…待ってろよ、今にお前を一捻りだ。』
『はは、ひと吹きで終わらてやるよ』
マーリンはそう言い捨て、また森の中を進んでいく。
言い逃げか、先ずはその口からどうにかしてやろう。
様々なマーリン駆逐作戦プランを考えていると、だんだんと森が開けた場所に着いた。
そこは、小さな丘となっていて青々とした草が風に吹かれてサワサワと音を奏でていた。
小さな丘の天辺には、あの年齢詐称の双子の影があった。
積み立てた石の前に座っている。
マーリンはそのまま双子の方へ向かった。俺も一緒に着いていく。
双子は此方を向かず石を眺めたまま喋り出した。
『ね、遅いじゃないね』
『ね、頼んどいてね』
『ね、もう一回しごかなきゃね』
『ね、今以上にね』
マーリンは苦い顔をしている。
『姉さん、それは後で…。先ずはアーサーを見てやってくれませんか?』
双子はまだ此方を見ない。
『ああ、いたね。』
『ね、いたねランバノ』
『ね、でも待ってね』
『ね、まだ来てないからね』
何が来てないんだ…?
ハブルとアリがまだだったな…。
そういえば彼奴ら会話聞けないよな?
どうするんだろ?
そのまま暫く佇んでいると、アリとハブルがやってきた。
ボーの葉、すごいな…。
俺が手を振ろうとすると、二人とも止めろっと口パクと指を縦に口に当てていた。
なんだ?こっちに来ないのか?
『ああ、フィロスが来たね』
『ね、来たね』
やっぱり双子はこっちを向こうとしなかった。
また暫く時間が経った。
待っていたのはアリやハブルじゃないのか?
一体何を待っているんだ?
太陽はもうじき沈もうとしている。
木々の影は大きく伸びてきている。
お腹減ったんだけど。
あの影が双子の前の石に当たっても何も無かったら俺は帰ろう。
目に腹は変えられない。
絶対そうしよう。
俺は木々の影を目で追っていた。
よしよし、
影が石に着くと、何やら歪み始めた。影と石が混ざり合うかのようにぐにゃりと歪んだのだ。
『これ…』
俺が呟くと、マーリンに思いっきり口を塞がれた。…、痛い。
双子達も立ち上がった。
一方は何やら投げる動作をし、もう一方は口をパクパクさせている。
うん、意味が分からないぞ。
君たち大丈夫か?
双子は幾筋か汗を流し、息を荒げて同じ動作を繰り返している。
『ね、捕まえた』
『ね、一気にね』
片割れは何かを巻きつけるかのように、グルグルと腕を回した。もう片方はまだパクパクしている。
『ね、来るよ』
『ね、来たよ』
歪みから現れたのは、黒い塊だった。
いや、よく見てみたら人間のようだ。膝を抱えて頭を埋めている。黒い髪だったから分からなかったのだ。双子は手を繋いで
『ね、アルニオン』
『ね、アルニオン』
『ね、ランバノが解いて欲しいって』
『ね、見たいって』
生きてんのか?
アルニオンと呼ばれた黒い塊は全く動かなかった。
『ね、止まったらだめだね』
『ね、それは全てではないよね』
少し動いた。
顔を上げようとする。
肌が青白い。
動いても生きているのか疑わしかった。
『ああ、だめだ』
マーリンが呟いた。俺の口を塞がれていたマーリンの手が離れた。
何が?と言おうとした時、双子は動いた。
双子は一緒に黒い塊を蹴ったのだ。
『遅い。』
『遅すぎ。』
『分かってるんでしよ』
『結局動くんでしょ』
ねが省かれていた。
黒い塊は横倒しになって、顔が覗けた。
青白い顔に瓶底眼鏡。
ハルだった。
眉を顰めている。
瓶底眼鏡で目が覗けないのはトーマス先生を前にした時と同じだが、その時の顔よりずっと自然だ…だが。
ハルは横倒しになったまま口を開いた。
『どっち?』
以前聞いた時よりずっと声が低く、タオが恐ろしい。マーリンが切れた時より怖いくらいだ。
『『こっち』』
双子が俺を指差した。
いや、さ、ささないでくれ。
俺は咄嗟にマーリンの後ろへ隠れようとしたが抑えられ、連れてかれた。
『ハーフエルフの方じゃないんだ』
へーと言いながら、ハルはローブに草をつけたまま起き上がり、胡座をかく。
普通の動作のようだが、タオは果てしなく恐ろしいのだ。断頭台に連れて行かれる気分だ。
俺はハルの前で座らされた。
ハルがニコリと笑う。
『久しぶり』
え?
『今日、会ったよな?』
『君んじゃない。こっち』
ハルは両手を俺の目に突っ込んできた。
驚いた、絶対痛いと思ったが痛くはなかった。ただ、視界は真っ暗な中、目の中にあった何かを掴まれる感覚とそれが抜かれるような感覚だった。
抜かれるような感覚が収まると視界が戻った。
周りに何か流れるような感覚があった…
小さい頃の感覚だ。
そうだ。俺は小さい頃、妖精と話していた。
一気に記憶が戻ってきた。
ハルは俺の前に立っていた。
黒く血色に染まったミミズの様なものがハルの手の上で沢山蠢いていた。
『君、随分こき使われて大変だね。もう帰りな』
ハルはそう言うと手と手を合わした。
プチプチっと音が聞こえる。
『またね』
ハルは手を開きそのまま広げる。
黒い色が抜き取られたような血色の粒がハルの手から飛んでいった。
ハルはそのまま動かずにいると、ゆっくりと俺の前で倒れた。
ピクリとも動かなかった。




