アルフエイム*
残酷描写入ります。
苦手な方はスルーをお願い致します。
ハル視点です。
鬱々話しです。
(苦しい…どうしてジンの気持ちが分からないままなの?)
アニマの声が頭に響く。
アニマは隣で寝ているジンを見つめている。
(繋がった時、ジンの私への愛情が嬉しかった…、でも貴方のその寂しさは、憎しみは一体何なの?私の愛だけでは足りないの?)
何故だ?
前回はアニマの気持ちが分からなくなっていたのに…。
アニマの記憶と、その内の不安が走馬灯のように一気に流れ込んできた。
○○○
アニマがジンの頭を撫でる。
(ジンは私の気持ちをわかっているのかしら?)
○○○
アニマがジンと手を繋いでいる。
(ジンは私の事本当に愛してる?)
○○○
アニマがジンを抱きしめている。
(私を置いて、行ってしまわないで)
○○○
アニマがジンと接吻をする。
(私の気持ちなんて、少しも伝わってないんでしょうね。)
○○○○○
アニマの家だ。
沢山のエルフ達が揃っていた。
『アタラクシア、どうか使命を忘れないでくれ。』
『貴方の心の乱れが私達に伝染するのだ。』
皆同じ瞳でアニマに訴えていた。
彼らの気持ちも直接身体に伝わってきた。不安と悲しみだった…。
アニマは窓の外を覗いている。
『ごめんなさい。どうか、一人にして。大丈夫だから。何とか、するから。』
アニマの拒絶の感情がエルフ達に伝わる。彼らは少し留まったが、部屋を後にした。
(んっ)
アニマは急な吐き気で手で口を押さえた。
(まさか一度で授かるなんて…。)
悪阻と一緒に今まで奥底に沈めてきた感情が浮かび上がってきたようだった。アニマの強い感情が頭に響いた。
(この子のせいよ……。授からなければ良かった…)
一度浮かび上がった感情は一気に溢れ出ていく。
(この子がアタラクシアとして育った時、私は女でもない唯のエルフへ戻るわ…。そしてこの子は人間の血によって女として生きるのよ。)
アニマはお腹に握り拳を当て強く押していく。
(女でなくなった私をジンは置いていくわ。………この子がいなければ…、この子のせいで…)
聞きたくなかった。アニマの声が何度も何度も頭に響き渡る。アニマの拳で身体中を殴られているような錯覚がした。
○○○○○
いつもの草原でジンがアニマを優しく見つめお腹を撫でている。
「ジンはこの子をなんて呼ぶの?」
「ああ、そうか。俺が名前をつけるのか。」
「そうよ。」
「んー、」
「悩んでいるけど、本当はもう決まっているんでしょう?」
「え、よくわかったな。」
「だって貴方のクリュオン迷いがないんだもの。」
「なるほどな、」
「で?なんて呼ぶの?」
「ハルシオン、ハルって呼ぶよ。」
「変な名前。」
「ひどいな」
2人は笑いあっている。
「ねぇ、ジン。私から離れることなんてないわよね?」
「決まってるだろ。君達を置いてどっかへ行ったりしない。…誓うよ」
(この子が産まれるまでの間、ジンは私の側にいてくれるんだわ…)
アニマは安堵の息をつき、ジンの肩に頭を乗せる。
「いっ」
アニマに激痛が走った。
「どうした!?まだ産まれるんじゃないだろ?」
ジンはアニマの肩を抱きお腹をさする。
森の方からエルフ達がやってきた。皆鼻をつまんでいる。
『アタラクシア、大変です。大量の黒く染まったクリュオンが流れてきました』
『さっき…わかったわ。一人黒化した…。』
『痛みがきていたのですね。そうなんです。フォーレンが出ました。』
『ええ…』
森の方から一つの黒い影が飛び出した。後ろからエルフ達が追いかけてくる。
その黒い影は一瞬にして、アニマのお腹を狙うかのように距離を縮めてきた。
ジンが魔法陣を描いた腕をかざし魔力を注ぐことで防御の魔法が発現した。影は跳ね返された。
その影はエルフの形をした黒い塊だった。
『お前のせいだ…お前のせいで』
黒い塊は目の辺りから血の涙を流していた。赤い雫は顔から地面に落とされると、草木は枯れ、黒い鱗の澱みだけが残った。
『俺は空へ行けない、空へ行けないんだ…』
影は再びアニマの腹へ襲いかかる。
ジンは同じ防御の魔法でアニマを守るが、アニマは自ら抵抗しようとしなかった。
フォーレンがこの子を殺してくれれば…
そうか。
私を襲おうとしていたんだ…
心はついてこなかったが、頭だけは冷静だった。
○○○○○
アニマとジンが船から浜辺に降りていた。
「すまない、俺のせいで…」
「何言ってるの?別にずっとジンと2人きりってわけじゃないわ。黒いクリュオンの流れが収まったら戻るわよ。」
「でも、君は…」
「大丈夫。むしろ、この竜の国にいた方がクリュオンを察知し易いの。ここならあの子達と一緒にいられるのよ。」
ジンはそれでも難しい顔をしていた。
「どうか、謝らないで。私は貴方を愛しているのよ。…、貴方が島に描いてくれた魔法陣、とても感謝しているわ。あれなら何かあれば直ぐに駆けつけられるもの。」
アニマはニコリとジンに微笑んだ。
ジンも微笑み返し、アニマの腰を抱いて額に唇を落とした。
(それに、女でなくなる限られた時間を貴方と2人きりで過ごせるのよ)
アニマは悲しげな顔をジンの胸に埋めていた。
○○○○○
私はエルフ達と共にいた。
突然海からやってきた異形の者達を見つめている。
彼らはエルフと同じ様相だが四肢はなく蛇のように這いずって近づいてきた。そして一斉に、口を裂けるほど大きく開き、エルフ達に飛びかかってきた。
突然のことで動けないエルフがいた。噛み付かれたエルフは膨張し始めた。膨張しきれなくなった者から破裂していく。
目の前で、クリュオンの結晶が花のように飛び散った時のように、エルフの血や臓物が飛び散った。
そこでアニマが目を覚ました。
隣で寝ていたジンを揺する。声にならない声で叫ぶ。
「…ん、どうしたんだ?」
「お、襲われてる…、あ、あの子達が…」
ジンは直ぐに服を着て、震えるアニマにも服を着替えさせた。
転移魔法陣を描いて2人で中央に立ち、ジンが魔力を流す。瞬きをすると、そこは灰色に澱んだ鱗の世界だった。
「あの子達を感じられない…。」
周りは曇っていて遠くを見通せない。アニマはただ呆然となっていた。
魔法陣はあの草原に描いていた。いつもだったら直ぐそこにエルフの果てしない木々が見通せるのに、澱みで見えない。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ひたすらアニマの懺悔が頭に響いた。
ジンはアニマの手を引き、森方向へと進む。木々が鱗を吸収してくれているおかげで、森の中は澄んでいた。
しかし、エルフは居なかった。
「…いない。」
アニマは忙しなく周りを見回すが、どこにも見つからなかった。
「!、あっちだ!」
ジンに腕を引かれ、森の中で澱みが多い所へ走る。そこにはアニマの家の大木があった。
辺りを見回すと、エルフの形はなかった。ただの肉片ばかりだった。
アニマの声にならない叫び声が上がる。
肉片の影に、あの蠢く異形の者達がいた。
「ジン!危ない!」
咄嗟のことでジンはアニマを隠すだけで、魔法を発現し損ねた。異形の者達に噛み付かれ少しずつ膨れ上がっている。
「アニマ、愛している、愛している。気付いたんだ。俺は」
「喋らないで!」
何とか、何とかしなきゃ…記憶を探して……。
「分かったんだよ。…だから…」
ジンの口まで膨れ上がってきた。言葉を発することが出来ない。
ジンは懐から小刀を出し、それで自らの眼を抉り取った。
「ジン、何をしているの?」
ジンは自らの鱗をその眼に注いでいく。片方の瞳はただアニマへの愛しさの色だけだった。
ジンは注ぎ切った眼をアニマの胸に当てた。
アニマが転移する。
ジンは膨れ上がる。
視界の向こうで黒いローブにピンク色の頭髪が映った。
アニマは悲鳴を上げ続けた。
向こうからやってきた父さんがアニマの手に持つ眼に気づく。
アニマはそのまま産気づいた。
殺して、殺して!
どうしてこうなってしまったの?
何が悪いの?
思っている事は全て口にでていた。
父さんが必死で宥めながらお産の準備をしている。
全てこの子が悪いの、私もジンも悪くない、全部この子のせいよ。
呪われた子。
呪われた子。
呪われた子。
アニマは叫び続け、死に絶えた。
その後父さんの手によって私は取り出されたのだ。
胎内から外に出た時の一瞬の記憶が戻った。
鱗に包まれた。
すると途端に視界から鱗がバラバラと崩れていった。
目の前は何もなかった。
私の身体、頭、心は溶け出して感覚がない。
ただ全てが溶け出していた。
"彼らをアルフエイムへ導びけ"
と声なき声がただ囁いたのを感じて、産声をあげた。
少しずつ自分の感覚が戻ってくる。だが、戻りたくない。
ずっとこのまま流れに身を任せていたいのだ。
だが私は糸で括られて、無理やり引きずり出された。
ハルシオンはラテン語で幻です。
精神病のお薬の名前になってますが、それとは関係しないです。




