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魔術学園でのあれこれ  作者: あめ
第一章
23/41

結晶

ハルの視点です。

太陽はのぼっていることがわかり、目が覚めたことに気づいた。

夢だったのか現実だったのかよくわからなかったあの時とは違って太陽が自分を照らしてくれるおかげで感覚が戻ってきている。

頭が段々とはっきりしてきた。

授業はウンディーネの刻からだ。

多分急げば大丈夫なはず。

慌てて顔を洗って制服を着て部屋を出た。


今日は選択授業の日だ。

科目は史学。幸いクスリス学園に学生寮側に隣接しているため、遅れずに教室に着くことができた。

クスリスの教室と同様に周りは本棚で囲まれている。

つい興奮が止められず本棚から本を手に取って行った。

殆どの学生がノートと筆記具を机に置き席に着く中、教科書や参考書を漁っているのは中々目立っていたが、私の他にも同じことをしている人がいたので不安が和らいだ。

確か、マルクスという人だ。

ジンや父さんと同じ黒髪に黒い目。

雰囲気もどこか似ているような気がした。

こんなに近くでまじまじと見るのは初めてだったので、今まで気づかなかった。

マルクスは此方の視線に気づいたようだ。

「おはようございます。」

「あ、おはようございます。」

軽く会釈する。

「本があるとつい手に取りたくなりますよね。」

朗らかに笑いながら話しかけてきた。

「そうなんです。つい手が出てしまいます。」

それに答えると、マルクスは少しびっくりしたような表情をした。

それからお互い黙ってしまったのが、居心地が悪くなったので、以前から疑問だったことを聞いてみた。

「受験の日、私に絶対受かるといってましたよね?あれはどうしてだったんですか?」

「ああ、あれは貴方が非常に強力な魔眼の持ち主だったからです。貴方のその眼で無意識に私の魔術が解かれたんですよ」

「え、そうだったんですか?」

「はい。特待生枠は魔力の大きさを基準にするという話がありましたし……、まぁ結局、妖精に愛されているかどうかだったようですが。」

「……、貴方は妖精と魔力の関係についてどこまで知っているのですか?」

マルクスは肩を竦めた。

「でも、総じて妖精に愛されている方は運が良いと言われています。」

「運、ですか…」

人間に限った話な気がする。

そんな話をしていると、先生が入ってきた。白い髭を蓄えた好々爺だ。マルクスと私は手に取った本を持って其々席に着いた。

先生の名前はギボンという。

前回の授業から始めるとのことで、クスリス生は完全に置き去りらしい。

内容は宗教国家リタの完成からだった。

教科書をめくってみると内容としては、随分序盤の方だった。ギボン先生は教科書を読み続けるという形を取っているので、自分で読んでいった方が早そうだった。

早速読んでみると、唖然とした。

リタ完成前の話がたった数行で終えている。

"現在多くの国で自国語の他にイグノ語が存在することから、イグノ族と呼ばれる実態のわからない民族が世界を席巻した過去があるらしい。現在イグノ族は存在せず、ルルカの民とホーミーに血が受け継がれていると言われている"

リタ建国前の歴史がたったこれだけなのか?机に積み上げた参考書をバラバラとめくるがどれも同じような記載だった。

ギボン先生の声が耳に届いてくる。

「リタ人は紙を発明し、紙に彼らの神の言葉を記した聖書を作り上げた。これによりリタ教は拡大していく。」

リタの階級は、頂点にリタ教の最高指導者の血族が位置し、次にその親族、各指導者、と続き下から二番目に農民、最後に邪信教信者で終わる。頂点の最高指導者が政治の最終決定権を担うという完全な宗教国家だ。

「リタ人は周辺民族に宣教と同化を繰り返し、現在までの国土面積を有するようになった。」

何故リタ建国前の記載がこれ程少ないのだろう。

大きな疑問を抱えたまま授業は終えた。

授業を終えマルクスも一緒に無言で教科書と参考書を片していく。お互い考え事をしていたようだった。

廊下から気の抜けた声が聞こえた。

「マルクス〜、腕折れた〜。」

アレンの声だった。

ブワッとマルクスの周りの鱗が冷たくなるのが感じた。

マルクスの魔脈孔から出た鱗だ。

私と話した時と性格が変わっていないか?と思いながら様子を見ていた。

アレンが教室にひょこっと顔を出しマルクスの様子を伺う。

「うーわっ、お前のタオめっちゃこわっ」

「どうしてそんな事になっているんですか?」

「武術の講義で折っちゃって。いつも通りちょちょっと治してよ。」

鱗が更に冷たくなった気がする。

マルクスはアレンを一瞥した。

アレンは何かを見て硬直した。

何を見たんだろうか?

「……部屋に戻りましょう。」

マルクスは一言アレンに言って教室から出て行った。

一部始終を見てしまって呆気に取られていたが、直ぐ気を取り直して本を片していった。

午後の魔力検査までは、史学の疑問を解決したくその身そのまま図書館に向かった。

しかしどの史学に関する本を読んでもリタ建国前の詳しい記述はなかった。するといつの間にか時間が過ぎていたらしい。

司書の人に魔力検査の時間だと注意された。

頭の中はその疑問で埋まり歩みは遅く中央ホールへと向かった。

ホールにはたくさんの学生がいた。

臭いは魔法で何とかなっているが見ていると酔いそうだな…。

そんな事を思いながらクスリスの列に並ぶ。前方の方に腕を固定したアレンとマルクスがいた。何やらシビュラと話している。

結局、腕は直してもらえなかったんだ…。

ふと、そんな事を思っているとシビュラが此方に向かってきた。


『ナノスなアルニオン、全てを見たと思ってもそれは全てではないからね』

『ね、全てを見ることはできないからね。どうかそれで立ち止まらないでね。』

『ね、どうか立ち止まらないでね。』

『シビュラ…』

通り過ぎざま二人の言葉が頭に響いた。私に語りかけたのか、彼女たちの考えなのかはわからなかったが…。

どういうことだろう、と考えていると、ふと前方が気になった。


マルクスの今日の言葉が急に意識に登ったからだ。

もし、妖精への感度と魔力の相関関係があると知っているならマルクス達は今回の魔力検査で手を抜くだろう。元々の魔力の大きさは分からないが、手を抜いたかどうかは魔力孔から出る鱗の流れの迷いで分かるはずだ。

既にマルクスが検査を受けている。急いで前に行くと、魔力測定器が目に映った。

それは、あの夢で見た鱗、クリュオンの結晶だった。

どうしてだ?

あれはエルフの島にしかないのに…。

アタラクシアの記憶では、エルフの島にやってきた者はルルカの民とジンだけだ。

あの後、何かあったのか?

ジンとアニマが死んだ原因がここにあるのか?

一気に思考の渦に飲み込まれた。


遠くでトーマスの声が聞こえる。


「特待生は妖精の歌を聞き分けるかどうかで決めましたが、やはり妖精を感ずることができるかということと魔力には相関関係があるようです!これから君達には協力を…」


トーマスが話していた者の袖を引っ張る。殆ど無意識のうちに言葉が口から出ていた。


「先生、図書館に行きたいので早く終わらせてください。」

「お、すまないね。デューク君も特待生だな、結果が楽しみだ。この石に触れてタオを流すんだ。魔術を使うようにね。」

「わかりました。」


私は魔法で鱗を流れに返した。


「あれ?あ、他のでも試してみますね!と、その前に先生なんか付いてます。」


トーマスの眉間に触れ、妖精への感度と魔力の大きさの相関性がないという結論を植え付け、鱗の結晶もタオの流しすぎで消滅したという考えを植え付けた。そして、最後に石を触った私との会話を消した。


私は考えを放棄して、姿を消しそのままここにある全ての鱗の結晶を消した。

結晶はまだあるはずだ…

探さなきゃ…

しかし、それ以上に肉親を殺されたやるせない感情に覆われていく。

アタラクシアの一部の記憶にその感情が同調し始めた。


…のせいだ。


この子のせいで…。


頭に響く現実には聞くことのない声が頭に響く。

鱗の流れに取り囲まれて、私はまた水の流れに身を任せた。


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