受験前
視点変わります
クスリス魔術学園
学問国家スコーラの主要財源の一つ。
スコーラは魔術だけではなく、法学といった政治領域や物性、生物学といった科学領域、更に剣術や槍術といった武芸まで多くの学問領域に対して高い知識、技術を有しており、世界の上流階級から学問を所望するあらゆる人民までを相手に教育を提供している。
というのは建前だ。
そもそも教育で得られる資金だけでこれほどまでの技術と知識を維持、向上できると思うか?無理だ。
と、彼奴は言っていた。
裏では、未だきな臭いドリオス国に魔術回路の技術提供を行い、逆にその敵国のリタ国にもそれに対抗しうる技術を提供している。
と、彼奴は言っていた。
臭わせている限りこの国の知識欲は満たされるわけだ。
本当にそうなのかはこれから見ていく必要があるんだが、先にこの受験を突破しなけりゃこの国には入れない。
それにしてもひどい人数だ。
世界中から来た受験生が、受験会場であるここ、ミミック諸島の一つ“試練の島”にやって来ているのはわかっている。
が、これから挑むクスリス魔術学園の試験会場を視認することすら出来ないのだ。
ただ人の波に流されている。
間違えて、違う学園の試験会場に着かなければ良いのだが。
「ひどい人数だな。スコーラはこれだけの人数入りきんのか?」
「アレン様、落ちるのですよ。それだけ。」
「そういうことか。」
「まぁ、スコーラの受験を突破できる人はそれほど少ないということです。特にクスリスは。」
「お前、大丈夫なのか?」
俺の従者、マルクスは肩を竦めた。
まぁ、大丈夫ということなんだろうな。
「それにしても、わざわざありがとうございます。見送りの為にここまでご足労頂いて。そろそろ船着場でお待ち下さい。」
「え、なんでだよ。俺も受けるに決まってるだろう。金はなるだけ使いたくないんだよ。あれ、たっけーじゃん。」
「…自分の心配をして下さい。」
とてつもなく冷ややかな目で見られた。
心外だ。
クスリス魔術学園を始めスコーラの学園は膨大な金をつめさえすれば、無受験で入学できる。ほとんどの王族、貴族や大商人はそのルートで入る。
俺は金を用意してもらえる立場だが、用意する必要がない手段があるなら無論そちらを選ぶ。
こいつには受験する事を言い忘れていたのは悪いとは思うが、そうだとしても、その冷ややかな目はなんだ。
「貴方様の心配をしているのです」
「?」
「いいですか、このクスリス魔術学園は教育を受ける場でもあり、外交の場でもあるのです。入学可能最低年齢15才という、固定観念がまだ少ない年代での4年間という修学期間は、他国との新たなパイプを作ることができるのです。今後の情勢から鑑みてもアーさ…」
「落ち着け。」
こいつは頭が良いが、血がのぼるとチョイチョイしくじる。
一つ息を吐くのがわかり口に当てた手を離してやった。
「…ですから、貴方様がこの学園に入ることは最重要事項。受験という不確定要素は取り外すべきかと。」
「ま、落ちたら来年受ければいいんじゃね?」
「受験は4年に一度です。しかも、」
マルクスが背景同化の魔術を唱えた。俺もそれに気づき同様に唱える。一瞬二つの魔術回路が青白く空中に浮き上がる。
こいつの回路はいつだって無駄がない。
羨ましい。
俺のは無駄があるせいで発動までに少し時間がかかる。
マルクス、いや本名マーリンが、魔術が完成し俺らの姿も声も周りから見えなく聞こえなくなったことを確認すると、大きな大きな猫ちゃんを脱ぎ捨てて目の色が赤く耳の先が尖り始めた。
この姿は見慣れたがこの目で睨まれると冷や汗が出るんだよな。
「ドリオス、リタなど他国の重要人物がクスリスに入るそうだ。不確定な情報だが。」
マーリンが身体中を凍りつかせるくらいの睨みをきかせた。
おどろおどろしい雰囲気だ。
「アーサー、絶対に、絶対に落ちるなよ」
「マーリン、目、怖い、まじで。」
その時、パンっと弾けた音がした。
直ちにマーリンは無詠唱で目と耳を人間のものにした。
「気づかれたのでしょうか、破る奴はいないと踏んでいたのですが」
ここ“試練の島”では、どんな魔術回路を使っているかは知らないが、船着場で武器やらなんやら物騒な物を持参する者、受験や見送りを目的としない者ははじかれている。
しかも、ここに集まる受験生は殆どが後ろ盾のない庶民ばかりだ。
マーリンと俺のかけた魔術回路が破られるほどの魔力を有する者はいないはずなのだ。
目だけを動かして辺りを見回す。
ドンッ
後方不注意だ。
後ろからぶつかられた。
マーリンに支えられた。無念だ。
ぶつかられた事に驚き振り向いた。
まず目に入ったのは、形容しがたい雰囲気と季節はずれな大きすぎる黒いローブだ。
ボサボサな短髪黒髪に瓶底のような眼鏡をかけた奇妙なほどに無表情な顔で俺の前を素通りしたのだ。
ただ唖然とするしかなく、口から言葉も出なかった。
「なんなんだ、あれ。」
「妖精墜ちではないでしょうか?」
妖精に惑わされ浮世離れした状態を妖精墜ちという。
まさか、今でもいるとは思わなかった。
「そんな奴いるんだな。」
「実際、妖精に愛されているようですし。…破ったのはあの方かもしれません。故意ではなかったのでしょう。多分」
「そうだよな、故意だったらわざわざぶつかって来ないよな。」
俺らは人の波に埋まっていく男を見送っていた。いや、見送ることしか出来なかった。




