臭い
ハルの視点です。
夢です。
真っ暗な部屋の中に突然ハルが現れた。
ハルはそのままベッドに直行しボスっと顔を埋めた。
(酷く臭った。リタや七賢人辺りの鱗が特にどす黒くなって、そこから臭っていた。)
顔を埋めたまま鼻を布団に押し込む。
まだ鼻腔に臭いが残っている気がしたからだ。意味はないが。
(臭うようになったのは、始祖の龍を見てからエーテル、鱗との同期が容易くなったせいだろう。
シビュラは大丈夫そうだった…同期は出来ても鱗が見えるくらいじゃないと臭わないのだろうか。)
残臭が落ち着いたのか顔を横に向かせ暗闇を見つめる。鱗がいつも通り震えながら流れている。
(明日からの魔術講義、憂鬱だ…。リタと七賢人に何故そんなに臭うのか問いただしたい。問いただせないだろうか?
何故貴方がたは臭いのですか?
………、父さんくらいだよ、こんなん言えそうなの。)
うーと呻きながら眉毛をひそめ目を閉じる。
(アタラクシアの記憶が全く完全じゃないから分からないことが多すぎる。
明日からどうしよう…ずっと今日のように鼻をつまむわけにもいかないし、受験の時のパンタレイのような方法も授業中は難しいからな…)
呻きながら、如何に目立たず鼻をつまむかという方法を考えながらいつの間にか眠りに落ちていた。
*******
ジンは突然このエルフの島へ流れ着いた。彼の表情は今より硬く、ずっと考え事をしているようだった。クリュオンも黒みを帯びていた。
けれど、こうやって一緒に話すうちに表情に変化が見られクリュオンが黒みを帯びることはなくなった。そんな所を発見すると、何故か無性に嬉しくなってしまう。
「…というわけで、レプラコーンは歌を歌った後、靴を作るんです。結局片方しか作れないんですけどね。先人達は明るいうちに次の準備をしないとレプラコーンのように中途半端で終えてしまうぞ、という戒めの意味を込めて彼らの歌う時間をレプラコーンの刻としたんです。」
殆ど聞いていなかった。
…怒るかしら?
「レプラコーンはどうして靴をつくるの?」
「聞いてないじゃないですか!」
「ごめんなさい、考え事してて。」
「たく。」
怒った!
私が怒らせたことが嬉しくてつい笑ってしまう。
「どうして笑っているんですか?」
「ふふ、気にしないで。」
「貴方は風のようですね、コロコロと表情を変えながら…」
途中で言葉を切ってしまう。
私は続きを聞こうとそのまま待ってあると、
「…俺を苛立たせる」
「あら?いつもじゃないでしょう?」
「どこか作為的でないか訝っているので。」
これ以上話していくと墓穴を掘りそうだ。
話題を変えた。
「でも、あながち間違いではないわ。」
「やはり…」
「そうじゃなくて、私はアニマって名付けられたもの。」
「どういう意味ですか?」
「風という意味よ。」
「他のエルフからはアタラクシアと呼ばれていますよね?」
「ええ、それが真名だもの。父親から個別の名前がもらえるの。父親が呼び掛ける時ややこしいでしょ?」
「なるほど、そう言えば貴方のご両親は?」
「いるわよ。母親はアタラクシアとしての記憶はないけどね。次代が記憶を完全に引き継ぎアタラクシアとしての自覚やクリュオンの乗り方が定着してくると、次第に記憶が薄れて性をなくすの。父親は男で性をなくせないから、島を出ていくのが殆どね。」
「母親と添い遂げないんですか?」
「添い遂げるっておかしいわね。そんなものよ。何だって全ては移り変わるわ。」
ジンは難しい顔をしたままだ。
そんな顔をされるとガッカリしちゃうわ。
「あ、でも島を出ていけば、お相手は性をなくすような身体をしてないでしょう、多分貴方の言うように添い遂げているんじゃないかしら?」
まだ難しい顔だ。
どうして戻らないの?
「貴方達人間だってずっと添い遂げることなんてないでしょう?」
「まぁ、そうですが。」
だったらその顔は何なのよ?
「さっきの話が殆どだけど…アタラクシアに性がある内にどちらか一方が死ぬと、もう一方も死んでしまうのよ。島から出たエルフも好意を持っている内に相手が死ねば一緒に死んでいるわ。」
「え」
「アタラクシアの例は昔一度だけね。」
「そうなんですか…」
今度は考え込んでしまった。俯いている。
「エルフは不死なんですよね?」
「不死っていっても殺されたら死ぬわ。」
「どうして一緒に死んでしまうのですか?」
「エルフはクリュオンと同期しやすいからよ。」
「うー、よくわからない。まぁ、それはおいおい聞こう…」
ブツブツ言っている。
ジンはこうなると周りが見えなくなるのよね。
傷が出来るのはいつだってこれが原因だし…。
なおらないのかしら?
「アタラクシアが殺されたのは?」
「人間に決まってるじゃない?」
「え?どうして?」
「ここに、エルフと貴方しかいないでしょう?」
「…、他の種族はここに来れないということですか?」
「来れないというより、来ないのよね。」
「どうして?」
「邪魔したくないからじゃない?私にだってわからないわ。」
「では、どうして人間に?」
「わからないわ。突然やってきたんだもの。」
「人間に…復讐しないんですか?」
「黒化した子達は島を出たけど、私達の役目はここの島で木々と暮らすことよ。どうしてわざわざそんな事をやらなきゃいけないの?」
「そんな……。」
ジンは目を見開いて私を見る。
黒真珠は光を失っていた。
まずい、方向を変えなければ…。
ジンの好きな話、ジンの好きな話…
「いいわ、ジン。身体を見せてあげる」
私は白い衣を引っつかんで脱ごうとした。
ジンは顔を赤らめながら私の腕を掴んだ。
「どうか、やめて下さい」
掴んだ腕は熱かった。
そして懇々と怒られた。
こんなはずじゃなかったのに。
エルフ、そしてアニマはクリュオン
ハルは鱗と呼びます。
妖精などの種族とホーミー、ルルカは鱗として見れないためエーテルと呼びます。
ハルの場合、アタラクシアの記憶がない幼少期を過ごしたので、人間で言う鱗という形容が最もしっくりきたのでそう読んでいます。




