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翌日の早朝。メイサのもとには、顔色をなくしたシェリアと、彼女を支えるように寄り添うヨルゴスがやってきて、緊急会議が行われた。
「わたしが余計なことをしたからこんなことに」
気丈なシェリアが憔悴すると痛々しくて見ていられない。メイサは彼女を抱擁すると、耳元で囁いた。
「わたしだって同罪よ。だから今度はわたしに任せてちょうだい」
メイサには自分たちが余計な世話を焼いたからこじれてしまったのだという自覚があった。そして、最初に二人の関係に口を出したのは自分である。昨晩はエマの背中を撫でながら、反省をしていた。
だからといって、中途半端に放り出すのは無責任だと思ったのだ。ここまで首を突っ込んだのならば、せめて関係修復までは面倒を見たかった。
夫のように優しく諭してあげる方法では、アリスとエマの間に足りないものが補完されない。そしてエマの傷が修復されない。なにより、もともと自分たち母親が引き起こした事態だ。父親に悪者になって貰う必要はなく、自分たちが悪者になってでも責任を取るべきだった。
メイサがアリスに与えるつもりの仕置というのは、アリスからエマを取り上げること。とても単純で酷なものだ。だけど、そのくらい酷でなければ意味が無いと思うのだ。そして、付随するおまけにこそ本当の意味がある。
全容を聞いた後、夫はしぶしぶではあるけれど「まあ、そのくらいしないとだめかもしれないな」と納得してくれた。
メイサはシェリアとヨルゴスに向かって静かに宣言をする。
「勝手に決めてごめんなさいね。だけどアリスにはもう逃げさせません」
昼間は大勢に囲まれた執務室、夜はエマが眠ってしまった後の寝室。そんな風に物理的に逃げることができるから、結婚して一月も何事も無く経ってしまったのだと、昨晩エマの話を聞きながらメイサは考えた。
ならば、彼を逃げさせなければいいのだ。エマとの対話から。それから、自分の中のエマへの想いから。対話の先に、二人が納得が行く答えを見つけるまで、逃げさせない。恋がこじれるとき、自分たちも対話が足りなかった。だから横暴だと言われても構わない。きっとそれしか方法はないとメイサは信じていた。
「起床から就寝まで、ずっとエマと一緒にいてもらいますから」
城にいては出来ないが、そうするのが不自然でない場所に心当たりがあった。
にっこり笑って自分の案を口にすると、ヨルゴスは、メイサが夫に告げた時と同じく複雑そうな顔をして「メイサ、なんだか王太后様に似てきたね」と夫と同じことを呟いた。
*
エマの行方が気になって眠れないままにその夜を過ごしたアリスは、翌朝、王の呼び出しに胸をなでおろした。さすがに以前のように城外に出ていてはまずいので、エマ不在の連絡は王にのみ上げていた。それで捜索隊が出ないのならば、エマはそこにいるということになる。目星はつけていたものの返事がなかったので、アリスは万が一を恐れていたのだった。
だが、アリスがホッとしたのもつかの間のこと。その場所にエマは居なかった。嫌な予感に胸がざわつく。そして彼は、むっつりと黙りこみ剣呑な空気を放ち続ける王の隣で、完璧な作り笑顔を見せる王妃に言い渡された。
「エマには少しの間ジョイアに行ってもらいます。ほら、この間留学の件で提案書を出したでしょう。だからジョイアの大学を視察してもらおうと思って。シリウス帝もぜひにとおっしゃっられたの」
「ジョイア、ですか」
瞼の裏で赤い髪の男が笑った気がして、アリスは動揺を隠せない。
「あなたは、どうする? ついていく? それとも残る?」
残るという選択肢は選べないことはわかりきっていた。行き先は、ルキアのいるジョイアだ。王妃が何を含んでいるのがわからないほど愚かではない。
白い結婚ならば、覆せる。そう言いたいのだろうか。アリスは突然言い渡された最後通告に青ざめるしかない。だけど、昨夜のことを考えればそれも当然。王妃は問うているのだ。どうするつもりだと。もたもたしていて他の男に奪われてもいいのかと。
「もちろん行きます」
はっきりと意志を告げると、王妃は少しだけ表情を緩め、いつもどおりの柔らかい笑顔がかいま見える。
「では、明日出発します。エマには準備があるから、明朝馬車で合流させるわ」
馬車、という言葉にアリスの胸は跳ねた。ジョイアまで陸路であれば五日、海路であっても三日。その間、エマと狭い車内で二人きり。そして宿でも同室だろう。それはそうだ、二人はすでに夫婦なのだから。
そこでアリスは王妃――というよりは親たちの企みに気がつく。
これは、つまり新婚旅行だ。彼らは怖い顔をして怒ったふりをしているけれど、その実、アリスに挽回の機会をくれようとしている。
少し情けなく、それでもありがたく思いながらも、アリスは心のなかで小さく首を横に振った。
(だとしても、僕は、期待に応えられないかもしれない)
親が何を言おうとも、彼の優先順位はいつだってエマが一番なのだ。
アリスは、小さく息を吐くと、エマが酔っ払って寝てしまった――と彼女が思い込んでいて――、実はそうではなかった初夜のことを静かに思い出していた。




