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暁に惑う月  作者: 碧檎
後日談
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ご立腹な王妃陛下

※本編最終話の少し前のお話。武術大会が終わったあとの、母親たちとアリスのお話です。

 武術大会で無茶をし続けたアリスは、半ば軟禁状態でここ数日をベッドの中で過ごしていた。

 幸いアリスが起こしたボヤ騒ぎは大したことはなく、アリスの寝台が焼けてしまっただけで収まった。貴重な資料が燃えたらどうする気なのよ! と母がすさまじく怒っていたが、父は石造りだとわかってやったんだよとアリスを――遠慮がちにではあるけれど――かばってくれた。

 そんなこんなで、ベッドの中で、アリスは母からはお小言、父からは事件に関する情報をもらった。

 そして、事件が無事に解決し情報が途絶えると、残るは傷の痛みと母のお小言ばかりになる。王位を勝手に捨てたと聞いて祖母が発狂していたどうしてくれると。それも身体が回復したからこそのこと。心配をかけて申し訳ないと思ったとしても、一週間も説教と愚痴漬けになれば多少辟易しても許されると思った。


(なんたって、……一番見たい恋人の顔が見れないんだから)


 エマはなんだかんだで忙しく過ごしているらしく、アリスにベッタリとはいかない。それどころか、顔を見せたかと思うと、二人きりになる時間ももらえずに部屋を出て行くのだ。

 それは、アリスが怪我人だから、という理由だったけれども、どこからか圧力がかかっているといったほうが納得がいった。

 その圧力に、心当たりはいくつかあったが――考えると不安に押しつぶされそうにもなった。


 そうして、痛みよりも退屈が辛くなってきたある日のことだった。母はアウストラリス一の美麗な客を伴って、いつもどおりに看病人という名の看守になりに来た。

 客の名を口にして良いのはアウストラリス広しといえど、ほんの数名しかいない。


「メイサがあなたに話があるのですって」


 母の口にした名にアリスは冷や汗をかく。

 動揺してもしかたがないと思う。

 エマの父親には(おそらく)認めてもらえたのだと思うけれども、母親にはまだ許可をもらっていない。それどころか、あんな風にエマの断れない形で求婚したことを咎められてもおかしくないと思ったのだ。

 わかる人間にはわかるだろう。あれは献身に見せかけた、アリスの策略だ。すべてを捧げなければ彼女を手に入れることができない。わかってしまえば、アリスに迷いはなかった。それならば、彼の持つ全てをかけて、それこそ、エマに宣言したとおりに力づくで彼女を手に入れてみせると思ったのだ。

 怯えるアリスの予想通り、王妃はどこか立腹した様子であった。

 美しい人は怒っても美しく、それどころか、美しさに凄みが増すものだと、アリスはどこか人事のように思った。エマが怒ると愛らしさが二割ほど増えるのと似ている――そんなことを考えかけたが、それどころではない。女性を――特に大人の女性を――怒らせた場合は、すみやかに機嫌を取ること。でないと皺が増えるからね。――アリスは父からそんな風に叩きこまれているのだった。


「アリス、あなた本当によかったのかしら? エマのために王位を捨てても? あなただけの問題ではなかったのでしょう? シェリアの気持ちやヨルゴスの気持ちを考えての決断だったのかしら」


 開口一番、王妃は立腹している理由を述べた。そして続けて言い放つ。


「両親を大事にしない子を、エマの夫として認めるわけにはいきません」


 さすがにアリスは衝撃を受けて黙り込んだ。アリスがすでに犠牲にした物を持ちだされて、どう対処してよいかすぐには考えられなかったのだ。


「メイサ。いいのよ」


 母が苦笑いをしながら王妃をたしなめている。

 アリスは母にはもう許しを得ているつもりだった。

 父も母も、アリスの行動になにも言ってこなかったからだ。二人とも、だめなことはだめだとはっきり言うたちである。母の説教と言っても、それはアリスの無謀な行為に対してだったし、祖母に関することもほとんど愚痴である。だから納得しているはず。

 確認するように母を見ると、母はやれやれ、といった様子でため息を吐く。

 そのやりとりを目ざとく察した王妃は、こどもの悪戯を発見したみたいに目を釣り上げて言い聞かせる。


「アリス。あなた、まだ了承を得るべき人に得ていないでしょう。エマとどうするかの話はひとまず白紙に戻します。きちんと話をして、傷を直して、それからまた話をしにいらっしゃい」




 王妃が退出し、部屋には母とアリスだけが残された。


「母上は……やっぱり僕に王になって欲しかったんだね」


 アリスは小さく呟いた。

 王妃という人は、人の心の機微に敏感なのだ。それは王の心の機微以外という特殊な条件がつくのだという話も有名だったが。

 母の心を巧みに読んでの発言なのだとアリスには分かった。

 親不孝者であるとはっきり言われて、アリスは己の自分勝手な行動を初めて恥じた。止められなかったからといって、それを喜んでいるとは限らないのだ。


「……いいのよ――、――なんて甘いことは言わないわ」


 母はため息を吐くと、アリスをまっすぐに見つめた。


「私もヨルゴスもあなたに立派な王になって欲しいと思って育ててきたのだから、さすがに王配になるなんて聞いたら力が抜けちゃったわよ」


 正直者な母は隠しもせずに心情を口にした。


「だけど、ヨルゴスがそれが一番だって言ったのよ」


 だが、母はスッキリした顔で笑う。母が父の名を呼ぶとき、そうして微笑むとき、眉間の皺が綺麗に消えている。そんな母をアリスは少女のようにあどけなく可愛らしいと思った。

 母はアリスの頬をばちんと両手で挟むと、力強い光を湛えた目で、アリスの目を覗きこむ。


「ヨルゴスが良いと言えば、私もそれでいいの。あの人の言うことに間違いはないのだからね。おてんばエマの手綱をしっかり握って、影で牛耳って国を富ませなさい」


 そして、アリスの頭をグリグリとなでて、銀の髪をグシャグシャにする。鼻の頭を赤くした母は、幼子にするように胸の中にアリスの頭を抱きしめた。


「幸せになりなさい、アリス。それが一番の親孝行よ。――メイサには私から話をしておくわ」


 母はそのままアリスの頭のてっぺんにキスをする。

 しばし母に抱きしめられていたアリスはそのままされるがままになっておく。母の声が震えていたのに気づいていたのだった。

 だが、やがて解放されたアリスが見たのは、ニヤリと外見に似合わない腹黒い笑みを浮かべた母だった。


「あ、でも孫は王子がいいわ。だったら、血筋的にも資質的にも完璧に王位が狙えるじゃない? お祖母様もそれを励みに必死で長生きするし、一石二鳥じゃないの」


 あまりに母らしい言葉に、アリスは思わず苦笑いをしながら俯く。

 母が無理矢理に引っ込めた涙が、自分に移ってしまったのではないか。そう思いながら。


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