第七 意外な来訪者
零央はぴくりとも動かない亜葵を担いで、少し後悔しながら武器庫へ向かっていた。勢いで殴ってしまったが、早まったか。零央は紙切れを見た。武器庫の簡単な見取り図が書いてある。亜葵を肩に担ぎなおすと、紙を仕舞い歩き出した。
零央と亜葵は特別だが、本来“処刑人”はお互い関わりあわないのが基本なので、今のようにほぼ全員が出払っていてもいなくても、常にここは静かだ。
「・・・・・・」
零央は足を止め、耳を澄まして静かに待った。
ひゅっ。
かすかな風切り音をとらえると、零央は体を回転させて飛来したものを躱した。横目で後ろの壁を見ると、垂直にそれが突き刺さっている。
「・・・どういうつもりだ」
零央は目を細めると、低い声で聞いた。
「逃がしません」
張りつめた声と共に姿を現したのは、顔もまだあどけない、少年。
「・・・翔和」
「裏切った“処刑人”は抹殺が掟です、零央様」険しい顔で翔和が零央を見上げる。
「翔和、これには事情が」
「事情ですか。亜葵先輩が何を吹き込んだんです」
ぴりぴりした声音から、翔和が亜葵をよく思っていないことが分かる。
零央は無言で亜葵の懐から紙束を引き抜き、翔和に放ってよこした。美天の調査書を。
険しい表情のまま、翔和がそれを読んでいく。
「俺たちが裏切られていたんだ、――葉景様に。“血瞳”はもはや、王に仇をなす逆賊だ。葉景様は謀反人と偽った“罪人”を“処刑”させ、王の信頼を手に入れた。裏をついて、“処刑人”で王を殺すつもりだ」
翔和が血相を変えた。
「お前も来るか、翔和。お前も被害者のひとりだ」
「・・・零央様」
翔和は資料を丁寧に床に置くと、零央を見つめた。
「―裏切り者は抹殺、です」
「!」
立て続けに飛来したものを反射でどうにか叩き落とすと、零央は翔和を剣呑ににらんだ。
「お前、王の手駒か・・・!」
翔和は答えずにまた構えた。零央は瞬時に頭を巡らせる。
翔和が得意としているものは、基本飛び具。零央を襲ったのも、翔和が投げた長針だ。対する自分は主に剣。翔和よりずっと射程が狭い。翔和の懐へ飛び込まなければいけない。
零央はすばやく判断すると、亜葵をおろして横たえ、腰から短剣を抜き翔和と対峙した。
翔和の両腕が交差する。
両腕を左右に振りぬいた翔和の長針四本が弧を描いて零央を軌道上にとらえる。
巧みな針さばきだ。しかし・・・。
(甘い!)
零央はそれらを一瞥もせずにまっすぐに跳躍した。
はっとした翔和が後ろに跳び退り懐剣を引き抜く一拍前に、零央の短剣が翔和の腰帯をかすめた。腰帯からさげていた針入れが床に落ちる。
抜かれた翔和の懐剣をしゃがんでよけ、体の軸を回転させて翔和の足をすくうように蹴る。
しりもちをついた翔和に、零央はつとめて冷静に言った。
「飛び具を放したあとの無防備な態勢を克服しろと何度も言ったはずだ」
悔しげに唇をかむ翔和に背を向けた瞬間、何かが零央の頬をかすめた。
「いい加減に・・・」
うんざりと振り向こうとした零央の横を何かが通った。
影の形からして、
「・・・亜葵?」
振り向くと、いつのまに覚醒した亜葵が翔和に液体をどぼどぼかけていた。
「お、い・・・」
翔和が崩れ落ちる。零央は呆れたように額に手を当てた。「薬を使うのかよ、そこで」
零央を振り向いた亜葵はにっこりと微笑んだ。零央は冷や汗を浮かべた。
「戦意を喪失していてもいなくても、意識のある相手に容易に背中を見せるなと言ったはず、だけど?」
真似された台詞は聞き流す。
「なんの薬だ?」
「ただの眠り薬だよ。ちょっと効果は強いけど」
亜葵は肩をすくめた。
「後輩相手に、えげつない奴だ」
「お前が簡単に背中見せるからだろ」
零央はからの小瓶を仕舞う亜葵を見た。
「意外と早く起きたな」
「懐かしい夢を見たもんでね」
「?」
「忘れて」
心なしか亜葵が赤くなった気がしたが、気のせいか。
釈然としないまま、零央は今度こそ武器庫に体を向けた。
「・・・!」
武器庫の扉の前には、精悍な顔つきをした男が気配もなく立っていた。
気付けなかった。零央は歯噛みした。圧倒的なまでの、存在感。うまく隠されていた。
男はふたりを一瞥すると、音もなく翔和のほうへ歩み寄った。
「・・・暴走した部下を引き取りに来た」
零央と亜葵は目を見開いた。
「あんたは・・・」
男は苦笑まじりに唇へ人差し指を当てた。零央は言葉を飲み込んだ。
「方向を間違えたお伽噺を終わらせに来た」
亜葵が息をのむ。
男は翔和を軽々と担ぎ上げると、静かに歩き出した。去り際に一言残して。
「・・・ちゃんと逃げきれよ、あの女のオッドアイたち」
男の言葉をすばやく理解した亜葵が零央の手をつかんで武器庫へ飛び込む。
そして整理も何もなく乱雑に積み上げられた剣や槍で床を―。
がっ。がすっ。
所構わず刺しはじめた。零央は頬をひきつらせた。
(亜葵の必殺メッタ刺し)
しかし今回ばかりは零央も亜葵が何をしたいのか分かったので、亜葵にならいまだ未確認の床をがすがす刺しはじめる。
がつっ。零央が投擲した短刀が何かに―重い金属のようなものに当たった音をたてた。
亜葵は駆け寄って刺さった短刀を抜き、それで器用にまわりの床板をはがした。
現れたのは、金属製の重厚そうな・・・鉄の扉。
「アタリだ」
亜葵はさびついた取っ手を軽々と引いた。下には、延々と続きそうな階段。
「これが隠し扉か」
「早く!」
亜葵に無理やり押しこめられるようにしてまず零央が入る。
ばたん。
続いてすべりこんだ亜葵が嵌めた床の一部の向こう側で。
どんっともの凄い爆発音と共に、建物が揺らいだ。




