第二 最悪の再会
それは、とても奇妙な光景だった。他の“処刑人”が皆任務でいないのは知っているが・・・。
「葉景様が直々にお出ましになるなんて」
少し嫌味な口調で亜葵は零央にささやいた。
「ああ。珍しいな」
零央もひそひそ返す。“血瞳”は王のお抱えだが、実質的に“処刑人”を管理しているのが葉景だった。
葉景の傍らには、序列第三位の凪叉が「忠誠」を体で表現するかのようにかしこまって控えていた。
こちらに気が付くと、上半分だけを赤紐でくくり残りを背中に流した青墨色の長髪を揺らし、葉景はどこか無邪気にさえ思えるような屈託のない笑みを浮かべた。
少年時代は凄腕の刺客だったという過去を感じさせない細身の体だが、近づいてくる足どりは体の軸が全くぶれない、武官のそれだ。
「零央、亜葵。よく来たね。わざわざすまなかった」
「いえ」
「で、どっちがやるんだ?」
二人は顔を見合わせた。
「そのことなんですが、葉景様」
亜葵が葉景に向き直る。
「二人で相談して決める、とはどういうことでしょうか」
葉景が目を瞬かせた。
「ああ、そのことか」
奥の扉をちらりと見、眉をひそめて話し出す。
「実は、あの女・・・全く口を割らないんだよ。うちはあくまで尋問だから、拷問まがいのことはしないが、それでもこれ程吐かない罪人は初めてだ」
葉景は深刻そうにため息をつき、右目にかけた眼帯を軽くおさえる。
「まあ、罪状ははっきりしているからな。動機、共犯、その他諸々を聞き出せないのは痛いが、ひとりだけにかまけてられない。それに私の勘では、あの女は単独で動いていたと思う」
もういい、という風に葉景は首を振った。
「こんな形での“処刑”はどちらも初めてだろう。性別も考えるとやりにくいと思うし、揺るがない方がやってくれればそれでいい」
「罪状は何ですか」
零央は確認のように尋ねた。
「王の部屋に侵入、暴言を吐き、あまつさえ乱暴まで働いた。女だから王様に害はなかったが、十分・・・というか有り余るほどの“処刑”理由だ」
「どんな女ですか」
亜葵が好奇心を隠そうともせずに視線を奥へ向ける。
「言葉遣いがおかしいが、どこにでもいそうな女だ。見てから決めてもいいぞ。私は仕事があるのでもう行く。決まったら、そこの記録係に言ってくれ」
葉景は興味がなさそうに言った。
「ところで、亜葵」
「はい」
「ちょっと借りたい薬があるんだが、今持っているか?」
葉景はいくつかの薬品の名前をあげ、窺うように亜葵を見た。
亜葵は腰帯からさげていた革鞄をさぐる。かつん、かつん、と小瓶が触れ合う音がした。
「・・・ああ、全部あります。一瓶ずつだけですけど。足りますか」
葉景は差し出された小瓶を矯めつ眇めつした。
「・・・多分、大丈夫だ。礼を言う」
眼帯の位置を直しながら、葉景は例の無邪気な笑みを浮かべて、部屋を出ていった。従順に沈黙を守りながら控えていた凪叉も亜葵と零央に会釈して後を追う。
「何の薬だ?」
亜葵は首を傾けた。
「解毒薬だよ、ちょっと特殊な。何に使うんだろ」
「誰かが“処刑”失敗したのかもな。毒盛られて」
「まさか」
亜葵が首を振る。
「失敗した“処刑人”は助けてもらえないよ。葉景様は実力主義だから、失敗したらそれこそ“処刑”だ」
「でも、お前は・・・一回あったよな、失敗」
「まあね。俺は刃物は得意じゃないから、相手の腕が立つと危ないんだよね。でも将来性あったから、葉景様が残した。今では序列第二位だよ」
亜葵はくつくつ笑ったが、すぐ真顔に戻る。
「さて・・・」
亜葵は奥の扉へ近づいた。零央も後を追った。奥の部屋は小さく、尋問するときによく使われる。
ちょうど二人の身長と同じくらいの高さに、丸い穴がひとつあいている。監視用の穴だ。
亜葵が少しだけ腰をかがめ、まず先にのぞいた。
「見えにくいな、・・・・・・っ!?」
亜葵の目が何かをとらえ、驚愕に見開かれる。
「なっ・・・そんな、」
「どうした?自殺したのか?」
尋常ではない亜葵の様子に零央も焦る。
「何があった?おい、亜葵っ」
硬直する亜葵がぎこちなく姿勢を戻す。
「零央・・・」
見開かれた双眸が、
絶望に、
―――染まる。
亜葵が声もなく、唇を動かした。
み、そ、ら、だ。
みそらだ。みそら――美天。
「―――っ!?」
どくん。
封じた名前に、心臓が跳ねる。
何故美天がここにいる?
零央は扉に飛びつき穴に目を押し当てた。
狭い部屋。何も置かれていない。奥に座っているのは・・・一見少女にも見える、ひどく華奢な、女。
壁に背を預け、立てた膝に頬杖をついて、虚空に視線をさまよわせている。
黒鳶の髪を肩に流し、象牙色の平石を胸に下げ、その瞳は―ひどく淡い、空色。
封じ込めた記憶と寸分違わぬその姿で、居た。
零央は呻いた。
目を無理やりそらし、姿勢を戻す。
亜葵が視線を合わせてくる。その絶望の色を、零央は痛いほどに理解した。
自分たちは“処刑人”。“処刑人”の仕事は・・・“罪人”の“処刑”。今回“処刑”するべき罪人は・・・美天。
美天。
「何故あいつがここにいる・・・!?」
「静かに・・・!」
亜葵は零央の肩をつかみ、かるく揺さぶった。
「動揺するな。記録係が見てる」
零央は亜葵を見た。
「多分、どちらの仕事かをはっきりさせるまでいるつもりだ」
「逃がせるか」
「分からない。まず美天が本当にそんなことをしたのかが・・・」
「何か事情があるはずだ」
零央が強い口調でつぶやいた。
「どうする。早く決めないと、記録係が不審に思う」
亜葵がささやいた。
「俺がいく」
零央は即答した。亜葵が心配そうにする。
「大丈夫か」
「もう落ち着いた」
「そうじゃない」
零央は首をかしげた。
「お前が行くということは・・・美天次第では・・・」
言葉を口にする瞬間、亜葵の目に凄絶な痛みが浮かんだ。
「・・・お前が美天を“処刑”することになる」
零央はゆっくりと、目を瞬かせた。
「・・・どうにか、違う道を探す」
「けど」
「亜葵だって美天を死なせたくないはずだ」
「けど、もししくじったら・・・今度は零央が、“処刑”される」
零央は扉を見やった。
「・・・美天と心中なら、いいかもな」
「零央・・・!」
「冗談だ」
零央は力ない笑みを浮かべた。
「零央、本気で・・・」
「俺がいく」
もう一度繰り返した。
「平気か?」
「平気だ。目処がたったらお前を呼ぶ」
「そう」
亜葵は少し考えたあと、頷いた。
「じゃあ俺はいったん出る」
「・・・亜葵」
亜葵が振り返る。零央はためらいながら言った。
「お前は、俺がいってもいいのか」
「・・・零央がいくと言っているんだから、零央に任せる」
亜葵は苦笑交じりの笑みを浮かべた。そして背を向けると、歩いて行って直立していた記録係に話しかけ、その背中を押して一緒に外に出た。
軽い音をたてて戸が閉まる。
「・・・・・・・・」
零央は深呼吸をして、目の前にある取っ手をつかんだ。
最小限に開き、体を滑り込ませて後ろ手に閉める。
物音に、華奢な肩がぴくりと動き、彼女が顔を上げた。
人影を見極めるように目を細めている。
そして、零央を見る双眸が少しずつ和らいでいき、
珊瑚色の唇が、
そっと、
ほころんだ。
「・・・久しぶりだね、零央」




