第一 舞い込んだ仕事
空は雲一つない晴天で、どこまで続いているのかと他愛ないことを考えるほど高かった。
ばん、と扉が開いて、亜葵が顔をのぞかせた。栗色の髪がさらりと流れる。
露草色と臙脂色の双眸が、椅子の背もたれに背中をあずけ、机に脚を投げ出してくつろいでいる零央を呆れたように見た。
「零央、今日の仕事がもうすぐ来そうだ。今尋問を受けている」
「俺の仕事なのか?」
「さあ。でも今待機しているの、俺と零央と、あとは翔和・・・くらいだよ。凪叉もいるけど、今日は他の任務があるらしい。翔和はまだあの手の輩を受け持つには日が浅い」
「・・・・・第何級だ」
「まだ何も聞き出せていないから、決まっていない。でも、俺は特級だと見積もっている」
特級犯罪者。それはまた、珍しい。
「何をやったんだ?」
「国王の部屋に侵入、あと国王に暴言吐いたって聞いたけど」
「・・・・・革命急進派の青年が死に急いだか」
「いや、女らしいよ?」
「・・・・・・・女?」
「すごい度胸っていうか、肝が太いっていうか。ちょっと他に類を見ない女人だよね」
言外に会ってみたいと目をきらめかせた亜葵に、ただただ呆れた零央は言った。
「じゃあ、亜葵がやるか?」
「冗談。女人を受け持つのは俺には合わない。零央に任せるよ」
「俺も女なんか数えるほどしか受け持ってない。押し付けるな」
「いや、面倒だし。零央は貧乏くじの役目だからお似合いだよ」
「どういう意味だ亜葵。世渡り上手だからって調子に乗るなよ」
「そこんとこは、あーあれだ、負け惜しみってやつだよねぇ?」
「ふざけんな。俺が―」
「すみません失礼します!尋問が終了したということなので、お二方ともご足労願います!」
舌戦の展開をとどめられた零央と亜葵は目を瞬かせた。
部屋に飛び込んできた少年は首に巻き付けた布で鼻梁を覆い隠している。少し長めの前髪からわずかにのぞく瞳は左が薄茶、右が朱色。翔和だ。
「――二人とも?」
「はい。こういった類の仕事は珍しいだろうから、二人で相談してどちらがとりかかるか決めろと」
「・・・はっ」
零央は小さく嗤った。特級犯罪者を『処刑』するのに、相談もなにもない。
「分かった、ありがとう。翔和はここで待機していて」
亜葵は零央をずるずると引きずって外に出た。
しばらく無言でお互い肩を並べて歩いていたが、ちょうどいい物陰を見つけると亜葵は零央をそこに引っ張り込んだ。
「お前がこの仕事を嫌ってんのは知ってるけどさ――」
「当たり前だ阿呆。好きなやつがいるか」
「俺の話を聞けよ。とにかく、そういう気持ちを、俺の前ではともかく他の奴らのせいで前面に押し出すんじゃない。翔和とかはもう洗脳っていうの?とにかくちょっといっちゃってる感じでお前を崇拝してるんだからさ。そういうの見せたら逆上するか、悲しみのあまり逝っちゃうよ。ガキの夢は壊すもんじゃないだろ」
「なんで俺を崇拝してるんだ」
「お前、自分が序列一位だってことも忘れてんのこの単細胞が」
「・・・うっさいお前だって第二位だろうがボケ。なんで俺なんだ。亜葵でもいいだろうが」
「まあ人当たりがいい俺よりは零央のほうがなんか浮世離れしてる怖さで見様によってはカッコいいよね」
「さりげなく自慢すんな」
「とにかく」
亜葵は強引に話をさえぎった。こんなガンコモノと真面目に口喧嘩していたら日が暮れる。
「序列一位の身でこの組織を批判するような言動は慎め。万一聞かれていたらどうしてくれる。お前も、お前と仲がいい俺も、間違いなく消されるよ」
零央は仏頂面で押し黙った。亜葵の言う通りだった。
しかし。
(序列一位?ちょうど忘れかけてた頃に思い出させるな)
どうしても苦い顔になる。
うまくいいくるめられたことも悔しさに拍車をかけて、むすっとした零央は、
「じゃあ、お前に今までの五倍は愚痴ってやる」
そう言い捨てて、足早に歩き始めた。




