序 ”血瞳”のお伽噺
タイトル「泡沫の天」は、「うたかたのそら」とお読みください。
ここまでお越し下さり、ありがとうございます。
それではどうぞ。
ある小国に、心優しく穏やかで、皆に慕われた王様がおりました。
彼は世をよく治め、悪人には毅然として裁きを与え、女子供にも隔てなく優しかったので、彼の国は栄えました。
ある日、王様の前に、ひとりの罪人が連れてこられます。その罪人は、左目が若草色で、右目が燃えるような赤色でした。
王様は驚きませんでした。彼の国には確かにそういった不思議な瞳を持つ人々がいました。そして彼らはよく罪を犯して王様に裁かれていたのです。
〈この者は、どんな罪を犯したのか?〉
王様は臣下に問いました。
〈人を殺したのです〉
臣下は答えました。
王様は、まっすぐこちらを見ている罪人に尋ねます。
〈それは、本当か?〉
罪人は少し考えたあと、答えました。
〈本当かどうか聞かれて無実を叫んでも、どうせ何も聞き入れやしないだろう〉
王様は表情を少し動かしました。そして、もう一度臣下に問います。
〈証拠は?〉
〈はい〉
臣下は進み出て、罪状を記した紙を王様に渡しました。
王様はそれに目を通し一言、
〈死刑〉
と言いました。
兵に腕をつかまれた罪人は、それを振り払うと、王様をじっと見つめます。
〈あんたはいい王だと騒がれてるが、俺にはとんだ無知にしか見えない。この部屋を出て、民の生活を間近に見ることすらしない。あんたはもっと、世界を知るべきだ。自分がどんな国で“いい王”だといわれてるのか〉
そしてちょっと微笑み、自ら手を差し出して手錠をはめられました。
罪人はまもなく、死刑になりました。
さて、それから少ししたあと、王様はその罪人の言葉が気になって、こっそりと街へ行きました。
王様は、そこで衝撃を受けました。
〈これが私の治めている国なのか〉
たしかに、街は人々の話し声と子供の歓声で平和に賑わっています。
しかし、一度路地裏に入れば、そこは喧騒が溢れる物騒な場所でした。
王様は三人の子供が大きい少年たちに囲まれ、蹴られたり小突かれたりしているのを見かけました。
〈何をしている!〉
少年たちは彼を見て、逃げていきます。
三人の子供の前に膝をつくと、子供たちは怯えた瞳で彼を見上げました。
子供たちの目は、あの罪人とおなじように、右と左で違って見えました。
〈・・・おじさんは、なぐらないの?〉
彼は安心させるため、微笑んで首を振ります。
〈なんで?みんな僕をなぐるのに、おじさんは違うの?〉
〈僕たちはキモチワルイんだって。目がおかしいから。フツウじゃないんだって〉
〈フツウじゃないやつは、みんなとあそべないの。みんなとおはなしできないの〉
〈でもね、泣かないの。泣いたら、もっとなぐられるから。ねぇ、おじさんは僕たちをなぐらない?〉
王様はかわるがわる話す子供たちに、何度もうなずきました。
〈おじさんがなぐらないんだったら、ぼく、泣いてもいい、かなぁ〉
彼はみっつの小さな頭を両腕に抱きかかえます。子供たちは、声をあげずに、静かに泣き始めました。
王様は唇をかみしめました。あの罪人の言葉が頭の中に響きます。
無知。確かに自分は無知だった。
このような小さく無垢な子供が、本来護られるべき子供が、目の色が違うという理由だけで迫害されていいはずがない。
彼は子供たちを自分の城へ連れて帰りました。そして臣下に言いつけて、反対を押し切り彼らに教育者をつけて色々なことを学ばせました。
それから、王様は年に一回、街へ忍んでいき、親を亡くした、または親から虐待を受けていたオッドアイの子供たちを連れて帰るようになりました。
子供たちは教育を受けて、無事に成長していきました。
ある者は武芸に秀で、ある者は智にとみました。
王様は特に、武芸に秀でた子供たちを集め、護衛隊をつくります。子供たちの助けを得て差別撲滅に励んだ王様の国は大国としては見過ごせない程栄えていたからです。
子供たちはよく働きました。ある時は隙を見逃さまいとする敵の偵察を軽々と追い払い、国境に見せつけるように滞在する敵軍を威嚇し、戦となったときは少数であることを逆手にとって自由に動き回り相手を翻弄しました。またある時は、謀反を企む大罪人を見つけ出し、仲間を全て処刑しました。
彼らの色が違う双眸が、殆ど右目が赤色だったことから彼らは“血瞳”と呼ばれ、敵国や悪人に恐れられたその名は世にあまねく知れ渡りました。
王様の治世はこの上ないほど安定し、敵の大国は矛をおさめ和平を求めました。こうして彼の国はさらに栄えたのです。
王様はやがて病の床に伏します。悲しむ子供たちに、王様は意を決して問いました。
〈お前たちは、私のことをどう思うか〉
〈あなたは私達の命の恩人です。どんな時でも慈しみ、愛を注いでくださいました。これ以上望むことなどありません〉
子供たちは一斉に答えました。王様は悲しそうに首を振ります。
〈お前たちは分かっていない。私はお前たちのような人々を知らなかった。きっと無実の罪を着せられただろうオッドアイの人々を、何人も死刑に処した。その中にはお前たちの親がいたかもしれない。それでもお前たちは私のことをそう言えるのか〉
子供たちは少し黙った後、微笑みました。
〈・・・親のことなど、覚えていません。今の私たちには、あなたという父親がいます。それに、あなたはもう無知な王ではありません。普通でない私たちをしっかり見てくださる。私達はあなたの前でだけ、涙を流すことができました。心の平安を得ることができたのです〉
王様は、寝台の上で横たわったまま、一粒、涙を流しました。
まもなく王様は亡くなりました。
子供たちは次の王もよく助け、大きな戦にもその知恵と武力で勝利します。
いつしかオッドアイの子供たちは、英雄と呼ばれるようになりました。“血瞳”と恐れられた子供たちの名はいつしか“炎の瞳の英雄”に変わりました。
彼らは年老いて平穏な死を迎えるまで称えられ、亡くなってからは国の安寧の象徴となりました。
そうして、オッドアイの子供たちの名は、後世にも輝きながら伝わっていったのでした。