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四月の現、夜伽の花

作者: 片桐乃亞

『嘘でした』というメールを待っていた。

 今日は四月一日だから。

 九時、十時。夜が更けてゆく。

 十一時、十二時。日付が変わった。

 それでも、メールは来ない。

 

 人づてに突然の彼女の訃報を受け取ったのは午後八時ごろ。帰宅してすぐにそれを見つけた私は、棒立ちのまま何度も文面を読み返した。そして事の次第を把握すると、全身に何か大きな衝撃のようなものを受けた。

 彼女の顔が思い浮かぶ。彼女とは小学校、中学校と同級生だった。男勝りな性格で、その格好良さに憧れていた部分もあった。何より笑顔が素敵だった。まさに太陽のように、大きく明るく笑う人だった。最近は会っていなかったが、たまに見かけることもあって、元気にやっているんだなぁと思っていた。


 あまりに突然のことで、私は何も信じられずにいた。それは若さや当時の闊達さも理由だった。さらに、その連絡を受け取った日――――四月一日という日付も、現実味を削ぐ要因となっていた。

 

 馬鹿だの不謹慎だのと言われるかもしれないが、私は淡い期待をしていた。

 実は同級生を集めるための嘘で、本当は誰も亡くなってなどいなくて、葬儀場の前で『騙されたな!』なんて言いながら皆が笑っているのを。


 受け入れたくないだけだろうか。

 自分の想像力を少し憎んだ。


 結局通夜の前日まで、私は何も実感することは無かった。訃報を信じることも出来ないままだった。メールをくれた友人に真偽を訊ねることも出来なかった。ただ、本当の事を知るのが怖かった。知らずに済むなら、なるべく知りたくなかった。


 通夜の当日、私は疑念を拭えぬまま葬祭場へと向かった。慣れぬ礼服を着て、慣れぬ靴を履き、恐る恐る近づいていった。


 会場には確かに、彼女の名前の立て看板があった。

 私はまだ、信じなかった。同姓同名の違う人かもしれない。彼女の名前なら、特に珍しくもないのだから……。

 建物へ足を踏み入れた。人気はない。

 受付の女性に拙い言葉で用を告げると、エレベーターで三階へと連れられた。


 祭壇には、彼女の写真があった。

 花に囲まれ、綺麗な着物姿で佇んでいた。


 やはり本当だったのか。

 私はこれほどまで“夢であれば良かった”と、思ったことは無かった。

 動揺したまま何とか受付に向かい、香典を渡し、記名する。すると再び受付の女性が現れ、座席は詰めて座るように、と言った。

 

 目の前の棺の中に、彼女がいると言うのか。

 同級生たちが次々と現れても、軽く挨拶を交わすのが精一杯だった。誰にも、何も聞くことは出来なかった。どうしてこんな事になったのだろう。ただ疑問だけが募り、突き付けられた現実に涙をこらえ、俯いているしかなかった。


 一度だけ、彼女の棺の中の顔を見た。

 ほとんどの参列者は、その顔を見て嘆き悲しんでいた。しかし私は、何故か安心した。恐れでも悲しみでもなく、ただ安堵を感じた。

 最近は遠巻きに見かけるだけだったけど、やっと近くで顔を合わせることが出来た。顔は少し白かったけど、あの頃と変わらない。穏やかな顔で眠っているだけだ。


 起きてはくれないだろうか。


 もう一度、笑ってはくれないだろうか。


 私は彼女の顔を、ずっと見つめていた。無意識に、忘れまいと心に焼きつけようとしたのかも知れない。



 私は、決して忘れることはない。

 彼女が、強く、美しく、大きく咲き誇る、花のような人間だったことを。






2013年3月に逝去した友人に捧げる。

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