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六射目!

約1年半もほったらかしにしてしまい、本当に申し訳ありません。

これには、深~い事情が……あるわけでもなく。

単に私、更級優月が受験生であって、今年の3月にようやくすべてが終わり、4月から大学生として新しい生活を初めて……云々。


……ようするに、半分忘れていました(本当にすいません)。


それでは、前置きが長くなりましたが、『六射目!』を、どうぞ!



 それからというものの、学校でも部活でも、胸のふくらみが気になって仕方がなくなった。

 あれからまたわずかに膨らんだ胸は、さらしを巻いて何とか誤魔化してはいるものの、直に触れられたら、すぐにばれてしまうだろう。

 もう俺は、完全な男の子ではなくなってしまったんだなという気がしてきて悲しくなる。学校にいるときはいつも億劫で、一刻も早く家に帰りたいと思う日々が続いた。


 放課後、今日も部活がある。

 胸がこのようになってから、部活をさぼろうかと何度も考えた。しかし、俺は一年生。一年のうちからさぼるわけにはいかない。そもそも、さぼることは非常によろしくないことだと思っているため、渋々弓道場には毎日顔を出している。もちろん、顔を出したからには最後までしっかりと先輩のサポートや基礎練習をしっかり行う。

 胸のふくらみが気になるものの、練習は続ける。これが俺を貫いてきたものだった。

 ……今日、までは。

「うっ」

 それは突然のもとに起こった。

 放課後、教室。

 いつものように授業が終わって、放課となった教室は、部活組、帰宅組に分かれて大いに賑わっている。入学してから少し経ち、みんな部活に勉強に精を出し始めるとともに、新たな交友関係を気づきあげた結果だ。

 そんな中、俺は当たり前のように鞄へと教材一式を入れるため、立ち上がる。

 それが、間違いだったんだと気付いたのは、すべてが終わってからだった。

 刹那的に、胸先へと激痛が走る。

 折れる体躯。迫る喧噪。嫌な汗が、背中を伝う。

「ちょ、佐伯君!? どうしたの、大丈夫!?」

 たぶん普段通りに俺を迎えに来たのであろう明日香が、大急ぎでやってきた。

「大丈夫。……たぶん」

「それじゃあ大丈夫って言わないじゃない! ね、保健室行こう?」

 瞬間的に狼狽していた彼女はすごい剣幕で怒りだし、その勢いに屈するような形で、俺は彼女に支えられながら、入学後初めての保健室を訪れることとなった。


 保健室には、誰もいなかった。

 担当教諭の姿は見られず、『ごめんなさい。所要のために出ています』の書置きだけが残されている。そんなシチュエーションに、隣の明日香は上を向いて舌打ちを一つ。

「ひとまず、ベッドを借りよう? このままだと、佐伯君は辛いだろうから……」

 舌打ちしていた時の憎々しい表情とは一変、まるで聖母のような慈しみの表情で、俺をベッドまで連れて行く。それに腰かけた時も、まるで割れ物を扱うかのようにしてくれる。履いていた上履きを脱いで横たわると、今度は内からじわりと染み出してくるように、痛みが戻ってきた。

「くぅ……」

 思わず、顔がゆがむ。

「また痛みだしたの!?」

 明日香は身を乗り出して、まるで俺に覆いかぶさるかのごとく。こくりと頷いてみせると、彼女はどこが痛むか尋ねてくる。

「む、胸が……」

「む、胸!?」

 途端、彼女の顔つきが険しくなる。深刻な病名を告げられた患者の親族が浮かべる表情も、まさにこういうものではないかと思う。

 少し間があった。その後で、彼女は覚悟を決めたかのような強い光を瞳に宿し、申し訳なさそうな顔をする。

「ごめん、ちょっと上脱がすね」

 誰もいない保健室。二つあるベッドの奥の方。カーテンで囲まれたその空間は、まるで外界との交信を絶った別の次元を行くように、流れる時間は不思議と遅く感じた。その上、生きている心地はなかったものの、厚手の清潔なカーテンの向こうから聞こえてくる振り子時計の音が唯一のノイズとして、上半身さらし一枚の俺に不気味なほどの生々しさを抱かせる。目の前にいる彼女は、そのしなやかな小さい手を俺の棟を覆うさらしに手を掛けた。

 そうして俺は上半身裸となり、一瞬ではあるものの、カーテンの中は時の流れを停止する。

「ふ、膨らんでる!?」

 目を見開いてのけ反る彼女は、小さくしんじられない、と呟く。俺は長い溜息を吐き、後ろ頭を撫でた。

「前に言っただろ。どんどん女の子みたいになっていくかもしれないって。これも症状の一つなんだよ」

「だ、だからと言って、こうも見せつけられると、驚くっていうか……どう反応していいものか困るのよね」

 そこで小さく溜息を吐き、視線をカーテンの先にあるであろう窓に向けた彼女は、少し遠い目をしていた。

 むき出しの上半身。微かに膨らんだ胸。周囲からは『女顔』と言われるほどの、小さくて色白の顔。そして、男子の象徴のひとつとしても数えられるのど仏はなりを潜め、若竹のように細い手首は、もはや女子のそれ。改めて自分の姿を確認すると、何とも言えない悲しさが襲い掛かってくる。俺も彼女と同じように溜息を吐くと、脱ぎ捨てられたシャツを羽織った。


 再びさらしを巻いてみたものの、両胸の膨らみを完全に誤魔化すことはできなかった。しかし、直接触らなければ分からないというほどではないものの、その状態には近い具合にカモフラージュすることができただけでも大きな成果と言える。

 そんなわけで今、俺と明日香は揃って弓道場に向かっている途中であるものの、いかんせん、意識が胸元から離れない。

 どんなに偽ってみたところで、僅かにやってくる感覚に、自然と気になってしまう。

 これから部活だというのに、このままでは非常に困る。打開策があるかどうかはわからないものの、部活をさぼるわけにはいかないため、隣を行く彼女とともに、着実に弓道場へと歩を進める。

 教室を後にして、昇降口から出ると、そろそろ通いなれてくるんじゃないかと思っている道を行く。昇降口から左に進み、校舎脇にある林へと向かう。林と言っても整備された石道があり、その行きつく先に、目的地である弓道場がある。木造の歴史ある佇まいに、当初は気後れしたりしたものの、ここ最近、味わい深い日本家屋として気に入り始めている。

 結構部活が楽しくなってきた。ずっと続くと思っていたのに、まさか自分の病気が頭をもたげたせいで、こうもげんなりするとは。今も足は重く、ついこの間の、あの胸躍る気持ちはもうどこかへ消え去っていた。

「はぁ……」

 知らずに出てくる溜息は、道端の苔に投げ捨てる。

「今日、俺大丈夫なのかな」

「大丈夫よ、きっと。危なくなったら、できる限りのフォローはするから」

「ありがとう。よろしくお願いします」

 ありがたい言葉を掛けてくれる彼女にお礼を言って、だんだんと近づいてくる弓道場の建物を正面から見据えた。いつも通っているはずの弓道場の玄関は、まるで、俺を試しているかのように思えた。



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