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二射目!

 高校生活にも慣れてきた頃、おっとりとした外見の担任が、帰りのHRホームルーム中にふと、こんな事を言った。

「みなさん、今日から部活動見学が始まります。興味のある部活などがありましたなら、各自その部活の活動風景を見に行って下さい。もし可能であれば、部活体験をするのも良いと思います。……連絡は以上です。それでは、さようなら」

「さようなら」

 そういうわけで、HRはお開きになった。



 鞄の中に、今日の授業で使った教科書とノート、そして配布物の類をしまっていると、例の少女、明日香がこちらに近付いてきた。

 そして、「ちょっと時間ある?」と尋ねてきたので、俺は「あるけど……」と曖昧に答え、彼女の次の言葉を待った。

 すると、彼女はサバンナの真ん中で、辺りを警戒するミーアキャットのように辺りを見回し、声を潜めて言った。

「さっきの先生の話、聞いてた?」

 もちろん、聞き逃すわけがない。

 俺は首を縦に振る。

 彼女は、それなら話が早いとばかりに言葉を続けた。

「それならさ、今から一緒に部活見学行かない?」

「えっ!?」

 突然の誘いに、俺はどぎまぎする。

 そりゃあ、当然だろう。

 まだ知り合って数日しか経っていないのに、クラス…いや、学年でもかなり高位に属するほどの美少女から、「一緒に~しよう、~行こう」という誘いを受けたら、きっと誰しも俺のような反応を示すに違いない。

 しかし、答えはもうすでに決まりきっている。

 明日香のような可愛らしい少女の誘いを断ることなどできようか。

 結局、俺は彼女に「行くか」と短く一つ返事をしたのだった。



 それから、俺と明日香はしばしの間、どの部活を見に行くかを決めるために話し合っていた。

 俺の希望は、基本的に物静かで、活動日数の少ない部活。

 だが、明浄めいじょうな心を持つであろう彼女の希望は、和気藹々(わきあいあい)としつつ、時に厳粛な、活動日数の多い部活。

 全くの正反対であったこと、そして、互いに譲り合わなかったことが話し合いを長引かせた。

 しかし、最後の最後で俺が折れたため、彼女の希望するような部活を見学することになった。



 そうしてやってきた、弓道部。

 学校の敷地の隅にあり、いつも日陰にあるような感じがする。

 ……というか、ここに人がいるのだろうか?

「明日香、本当にここであってるのか?」

 木立に囲まれた中に、ひっそりと建つそれからは、人の気配が全く感じられない。

 しかも、木立の中に人一人座れるくらいの大きな石が置いてあった。

 俺はここで本当にあっているのかどうか不安になった。

 しかし、彼女は頑と譲らない。

「でも、先生に聞いたらココだって言ってたよ。だからここで合ってるんだよ、きっと」

 「きっと」って、先生に聞いたのに確証は無いのかよ。

 ……でも、分かっているのなら、何故扉を開けて中に入ろうとしないのだろう。

「んじゃ、入れば?」

 彼女に問うと、「ちょっと、それは……」と、お茶を濁そうとする。

 かといって、俺が中に入ろうとすると、「ちょっと待って!」と引き留めようともする。

 一体、明日香は何がしたいんだろう。



 しばらく弓道場の前で言い合っていると、突然、後方から声がした。

「何してんの? もしかして、部活見学者?」

 その声にぎょっとして振り返ってみれば、一人の長身の先輩と見られる男性が立っていた。

 明日香は彼を見ると、口をパクパクさせて、何かを言おうとしていた。

 しかし、残念ながら肝心の音が出てこなかった。

 そんな明日香の代わりに、俺が口を開いた。

「はい。部活を見学したいのですが…。弓道部はこちらで宜しいんですよね?」

 そう問いかけると、先輩とおぼしき男性は、「あぁ、そうだ」と、嬉しそうに言った。

 そして、「それじゃあ、ついてきて」と言って、建物の扉を勢い良く開けた。

 扉を開けると、中には2~3人の上級生がいて、各自部活の準備をしていた。

 しかし、俺と明日香を率いるようにしてやってきた長身の男性に気が付くと、それぞれの作業を止め、口を開いた。

「こんにちは、部長」

 小柄な女性が、長身の男性のことを“部長”と呼んだ。

 ……ん? 部長?

「あ、あの……」

 俺は部長と呼ばれた男性を、恐る恐る呼び止めた。

 彼は「ん? 何だ?」とこちらを振り返った。

 俺は指をゆっくりと彼に向け、言った。

「ぶ、部長?」

 直後、彼は頭の上に疑問符を浮かべていたが、俺の言った言葉の意味を理解したらしく、自らを指差し、言った。

「うん。部長」

 優しく微笑むその姿、将に仏様。

 俺は指を指した無礼を詫びたが、部長さんは笑って許してくれた。

 なんとも優しいお方なのだろう…。

「ねぇキミ、ちょっとこれ着てみ」

 ぽわ~っとしていると、突然後方から声が掛かり、何かを渡された。

 よく見てみると、それはこの学校の女子制服&黒のストッキング。

 俺はビックリして、これを渡してきた人物を見た。

 すると、そこにいたのは、耳が隠れるほどに伸びたボサボサの髪を持つ、知的なメガネの男性だった。

 ……おい。キャラが合わないぞ。

「ナオ、一年生君が可哀想じゃないか。そういうことは流石にやめろよ」

 その様子に気が付いたのか、部長さんが知的メガネにそう注意した。

 すると、知的メガネは「別にいいじゃねえかよ」と言い、渋々俺から女子の制服&黒ストッキングを取ると、自信の物であるらしい鞄にそれらをしまい始めた。

 ……つーか、私物かよ!

 何故に女子の制服を持ち歩いているのだろうか。

 人は見かけで判断するものではないと、俺は改めて思った。

 隣でずっと黙り込んでいた明日香も、小さな声で「きもっ」と呟いていたのだった。



 俺と明日香は、部長さんに「部活が始まるまで少し掛かるから」と言われて、座布団を敷いて、矢を射る場所(部長さんに聞いたところ、“射場”というらしい)の壁際に座っていた。

 その間にも、続々とやってくる弓道部の先輩方。

 きっと、ちやほやされるのであろうと思っていた俺は、覚悟を決めていたのだが、その人達の反応は大きく分けて二つあった。

 一つは、部活見学者である俺達二人に群がる者。

 もう一つは、俺達の来訪を喜びながらも、的をつけたりと部活を始められるように準備をする者。

 俺としては、前者の先輩方ははっきり言って迷惑だった。

 だって、「肌スベスベだね!」とか「女の子みたい!」とはしゃがれたら、少しイラッとするからね。

 でも、相手は先輩。

 俺は作り笑いを浮かべて、ただ我慢するしかなかった。

 その間にも準備は着々と進み、ようやく弓道部の部活が始まった。

 それにしても、始まる前に神棚に礼をしていたけど、あれって何なんだろう?

 弓道は武道の一つだから、やっぱり礼に始まるのかなぁ……。

「ねぇ、佐伯君」

 ふと、名前を呼ばれた。

 こんな時に声を掛けてくる人物はここには一人しかいない。

 俺が明日香を見ると、彼女はジェスチャーで「耳を貸せ」と言っていた。

 それに応じ、のっそりと近寄ると、彼女は俺の耳に口を近付け、小声で話し始めた。

「これって、ここにいていいのかな…?」

 俺は彼女の言いたい事の真意が分からなかった。

「つまり?」

 聞き返すと、彼女は特に怒り出すこともなく、先程の言葉に補足的に言葉を追加し、言った。

「だから、部活中にここにいていいのかなってこと」

 なるほど。確かにそうだな。

 でも、部長さんは何も言わないし、他の誰も何も言わないし……。

「静かにしていれば良いんじゃないかな?」

 俺がそう言うと、彼女はこくりと頷いた。



 部活が始まってみると、とても迫力があった。

 弓に矢をつがえる時の音。

 的を睨みつけるように見る姿。

 弓を引き、じっと構える様。

 そして、パッと矢を放ち、その矢が的に当たったのであろう音がして、“よしっ!”という大合唱。

「格好良すぎる……」

 思わず、そう呟いていた。

 隣で座っていた明日香が、相槌を打つように言った。

「そうだね。私も弓道部に入ったら、格好良くなれるかな……?」

「うん。きっとなれると思うよ」

 そう彼女に語りかけたのは、部長さんだった。

 明日香はちょっと困惑したような表情を浮かべる。

 それを見た部長さんはまた優しく微笑み、明日香だけでなく、俺にも聞かせるように言った。

「波場高校弓道部は、君のような憧れを持つ素直な人を待っているからね。いつでもおいで」

 そう言って、部長さんはどこかへ行ってしまった。

 俺は不覚にも、部長さんの言葉を聞き、恋する乙女のようにときめいてしまった。



 それから約一時間後、部活動見学は無事に終わった。

 俺は今、自宅に向かって明日香と共に歩を進めている。

 実は、明日香の家は俺の家の近くであったことが判明し、こうしてニ人で帰るようになったのだ。

 遠くの夕陽を見つめながら、俺は明日香に問いかけた。

「なぁ、明日香は弓道部入る?」

「えっ!?」

 俺の突然の問いかけに驚いた様子の明日香だったが、「う~ん」と唸り始めた。

 そして、十数歩歩いた所で彼女は逆に「佐伯君は?」と問い返してきた。

 俺は特に驚くような素振りも見せず、「ん?」と短くそれに応えた。

 そして、少し考え込み、決めた。

「俺、弓道部に入るよ」

 明日香は、俺の答えを聞いて「本当に?」と呟いた。

 俺が「うむ」と言うと、また「ぐぬぬ」と唸り始めた。

 しかし、俺はそんな彼女をあまり気にしない。

 答えが出るのをゆるりと待つだけだ。



 もうそろそろ家に着くという辺りで、明日香の唸りが止んだ。

 辺りに聞こえるのは、哀愁感漂う烏の鳴き声のみ。

“静かだ……”

 俺は心の中で呟き、歩を進めていた。

 が、

「佐伯君!」

 突如、明日香が大きな声で俺を呼び止めた。

 のっそりと振り向くと、明日香が瞳の中に強い意志を宿しているのに気付く。

「どうした?」

 俺が問いかけると、彼女はより眼力を強めて言った。

「決めたわ」

「何を?」

 即答で切り返すと、彼女はその顔に笑みを宿した。

 そして、束の間の沈黙の後、はっきりと言った。

「私も、弓道部に入る」



 その夜、辺りは静寂に包まれていた。

 ぼんやりとするには、最高の夜だ。

 そして、俺はあることを考えていた。

 それは、あの時、何故彼女が笑ったのかということ。

 どうして笑ったのだろう。

 もしかして、何か良からぬことでも考えているとか……?

 俺はその考えを否定するかのように首を振り、布団を頭から被った。


遅くなりました…。

今年中に、何とか更新することが出来ました。

来年も、ちゃんと推敲して頑張ります。

評価は随時待っているので、宜しくお願いします。

感想なんかも、気軽にお願いしますね。


ではでは~。


※2011年3月6日…構成を変更しました。

※2011年3月18日…内容を部分的に追加しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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