Sun on moon
“5 Monica? Really?”
“It’s true.”
“Is it such a dangerous job?”
“Not that much.”
“Why me?”
“You are a girl.”
“What do you mean, Kerr?”
“I’ll send you details. It’s a wholesome job.”
“I pray that.”
Pi.
ピコン。
レニは歩道の端に寄り、届いたファイルを解凍した。薄汚れた壁に凭れ、ウォッチの画面をスクロール。
依頼人ロバート・ブラウン。46歳。第1層第2区在住。
「娘がいるのね」
名はレイチェル。12歳。バースデーが1週間後。
依頼内容に目を通す。娘の誕生日プレゼントを買いに行く、送迎含むボディーガード。雇用時間は8時間。
目的地を見てレニは頷く。
「誕生日プレゼントがジュエレッタね。そういうこと」
Jewelettaを販売する宝石加工店 “Moonlight Stone”の所在地は第6区イースト8。
第6区の人間には3世代かかっても払いきれない高額なオブジェが、2.5m×2.5mガラスの向こうに並んでいる。ショーウィンドウを眺める時の、住民たちの心は荒みがちである。
こんなの誰が買うの?
レニもそうだった。モリーに出会うまでは。
ウォッチをスリープ。レニは歩き出す。路面は凸凹していて、黒ずんで埃っぽい。
「時給62500yenのボディーガード。いいじゃん」
第6区はムーンバレーの最下層。ゴミは舞い落ち大気は澱む。
しかし、ここには風が吹く。換気ダクトの熱風だとしても。
一人娘の誕生日プレゼントを買いに、はるばる第6区にやってくる父親。美しい話かもしれない。
「死ななければね」
そう。暴徒に襲われないことを願う。レニは6区の暮らしが気に入っているのだ。
「やあ。今日はよろしく」
リニアカーの扉から現れた男は、開いた右手を差し出した。レニは自身の右手をズボンではらい、それに合わせる。
「ロバート・ブラウン」
「レニ」
第1層第2区ステーションロータリー。依頼人との対面。ロバート・ブラウンは気さくに微笑み、大きな歩幅で歩き出した。レニは彼の右に並ぶ。
「6-EW駅からは車?」
「そんなに遠い?」
「直線距離で2キロメートル」
「歩こう。ほら、スニーカー」
ブラウンは右脚を軽く上げた。おどけた仕草に、レニの頬が若干緩む。ブラウンが上目遣いにレニを見た。
「不思議そうだね」
「はい」
「おそらく、君はこう思っている」
改札を通過。ウォッチの点滅。プラットホーム。ダイヤのホログラム。遠景の発車ブザー。
「この依頼人は、お金持ちには見えない。報酬は大丈夫なのか?」
2秒沈黙。乗車アナウンス。
「あまり当たっていませんね」
「おや」
トローリーの扉が音もなく閉まり、発車する。
「どうして自分で買いに来るのかが不思議です」
座席の通路側でレニは聞いた。
「娘の誕生日プレゼントなんだよ」
「6区ですよ」
「そこに店があるからね」
「危険では?」
「だから君を雇った」
ウェリントンの眼鏡の右眼がウインクする。
「買い物に付き合って、家まで届けてくれたら終わり。健全な仕事だ」
「なぜ私?」
「娘が喜ぶと思って」
「?」
ブラウンは眼鏡の縁を節くれだった人差し指で持ち上げた。
「家に着いたら、小一時間くらい娘と話してもらえると嬉しい」
“You are a girl.”
カーの言葉を思い出す。なんだ、そういうこと。
車窓の景色はトンネル内部。通過していく等間隔の暖色灯。先に進んでいる気がしない。
「いつも1人で、話し相手がいない子なんだ」
「私でよければ」
ガラスに映るツーショットは、ロマンスグレーとブロンド。瞳の色は同系色。
6区DEエリア居住の親子に見えなくもない。
Product Name: Topaz girl
Flavor: Fresh and bitter
Polishing form: Slight
Emotion Content: 22%
Raw Ingredients:Gold and Topaz
Voice tone: High-pitched
Category: chuckle
Serving Suggestion:Room Temperature in the empty night
こんにちは。私はレイチェル。よろしくね。
レニ。何歳?……5歳違いだね。
今日はありがとう。パパのわがままに付き合ってくれて。
報酬?ふふっ、レニ、かっこいいね。
私のジュエレッタ、どんなだった?
トパーズ。太陽の石だね。
知らないの?
太陽神ラー。地球の砂漠の神様の石。
オプションは?へえ、笑う子なの?
嬉しい。ここ、退屈なんだ。月で一番、静かな場所のひとつだよ。
レニには教えてあげる。パパの秘密。
パパはね。今日、形見を買いに行ったんだ。私のね。
無菌室には、ほら。光学タブレット以外何もない。
パパは、私がここにいたって痕跡が欲しいの。データ以外の何かで。親心? 家族は私一人だし、わかるけど。
でも、それってまだよ。
私はまだ、生きてるんだもの。パパったら気が早いんだから。
生きている私に、もっとできることがあるって。そう思わない?
今日なんか、モニタ越しに2分10秒話すだけ。
レニみたいに、48分間の洗浄で無菌状態にしてもらって部屋に入るべきよ。今日はともかく、来週のバースデーくらいはね。
その時、私が生きていればの話だけど。
「モリー。メールだよ」
レニは窓際で振り返る。モリーは穏やかな微笑みを浮かべ、少しだけ首を傾げた。
レニはモリーの斜め前に自分の椅子を配置して、ウォッチの表示を拡大する。モリーの瞳の黒水晶に、光映像がくっきりと映り込む。
白い部屋に少女とオブジェ。一見すると姉妹のようにも見える構図で、レイチェルが笑っていた。
「いいフォト。ブラウン博士が撮ったのかな?」
レイチェルの屈託のない笑顔。ジュエレッタも同じように笑っている。
1週間前。トパーズ・ガールを送り届けた日のことを思い出す。
大きなトラブルもなく(スリ未遂が一件あったが、レニの顔見知りだったので穏便に解決した)ジュエレッタを購入し、第6区から搬送用リニアで移動。
第1層第2区医療エリア Southの一宅。そこにロバート・ブラウン博士の研究所兼自宅があった。
ブラウン博士は着くなり白衣姿数人に話しかけられ、スタッフ1人と指示を残してどこかに行ってしまった。
レニはジュエレッタの梱包を解き、取扱説明書をスタッフと共有。トパーズ・ガールはカートに乗せられ、殺菌室へと運ばれた。
“You come this way.”
レニは言われるがまま、白い通路をついて行った。厳重そうな扉や青色表示のワードに、そこはかとなく不穏で、果てしなく面倒な出来事を予感し、的中した。
26回の洗浄である。
バーチャンの家で何度か見た、23世紀製の洗濯機に放り込まれたらこんな感じだろう、という感想。皮膚も髪もスポンジみたいにスカスカに感じつつ、麻でできた服を着て、レニはレイチェルに会った。
皮肉屋のレイチェル。何もかもが真っ白な部屋。静脈の透ける肌と白髪。青褪めた唇を尖らせ、赤い瞳を釣り上げ拗ねた表情は痛々しかったが、フォトフレームの中、トパーズ・ガールと笑う彼女は晴れやかに眩しい。
トパーズ。化学式Al2SiO4(F,OH)2
地球の民に、太陽の象徴として愛された鉱物。
黄金色の輝きは、人々に癒しや希望を与えるという。
"Papa went to buy memento today, …of me."
ロバート・ブラウンは形見を買いに行った。そうかもしれない。
「ちゃんと生きてるじゃん」
She said.
“Not yet.”
「私が死んだら、モリーが私の形見になるのかな」
モリーは膝の上で手を重ね、両目を細めてにこりと笑う。
答えはない。なくていい。
私は今、生きている。
そんだけ。
“Refill. モリー。バースデーソングを”
モリーは立ち上がる。銅の両腕が開演の緞帳めいて広がる。
“ええ。レニ。いけとしいけるもののかつての生誕を祝して"
Happy birthday to you…
ロバート・ブラウン
登場回 05_Sun on moon
年齢 46歳
誕生日 1月21日
身長 179cm
体重 65kg
足のサイズ 29cm
髪色 ロマンスグレー
瞳 ブルーグレイ
好物 ブラックコーヒー
苦手 砂糖含有量3%以上のコーヒー
レイチェル・ブラウン
登場回 05_Sun on moon
年齢 12歳
誕生日 12月24日
身長 141cm
体重 38kg
足のサイズ 21.5cm
髪色 ホワイト
瞳 レッド
好物 ブルーベリーキャンディ
苦手 ない




