そうだったかしら
「春のチャレンジ2026」参加作品です。
入院中のお年寄りの見舞いに行く。
依頼人が出張でいない間だけ。
風変わりなバイトだったが、
楽な仕事とばかりに引き受けた。
病室のドアをノックして中に入ると、
ベッドに横たわる老婦人がいた。
こちらを振り向くと
「あらあら、来てくれたの。悪いわね、毎日毎日」
「今日が初めてなんだけど⋯⋯」
と言いかけたが
「いや、勘違いだった」
とベッド脇の椅子に腰掛けた。
「無理して毎日来なくもいいのに」
「いや、明日も来るよ」
老婦人は同じ昔話をした。
内容は息子のことばかり。
目を細めて、こちらを見る。
小学校の思い出。
一緒に見たテレビ。
就職祝いに食べた寿司。
「お母さん、いつも同じ話をするよね」
「あら、そうだったかしら」
「ううん。楽しそうなら、それでいいんだよ」
七回目のノックをした。
いつものように中に入ると
ベッドの脇の椅子に座る依頼人の姿があった。
「やあ、ご苦労さま。予定より早く終わってね」
「そうですか⋯⋯。じゃ、バイトは終わりなんですね」
肩から掛けたカバンを意味もなく掛け直した。
「そちらはどなた?」
ベッドの老婦人は不思議そうに見ていた。
「なに言ってるんだよ。一週間、母さんの見舞いに来てくれただろ」
「そうだったかしら。最近、物忘れがひどいから」
老婦人は首を傾げた。
俺は唇を真一文字に結んでいた。
「じゃ、これを」
封筒を差し出されたが、受け取れなかった。
俺は老婦人の方を見た。
——お母さん、来たよ。




