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そうだったかしら

掲載日:2026/03/10

「春のチャレンジ2026」参加作品です。

 入院中のお年寄りの見舞いに行く。

 依頼人が出張でいない間だけ。

 風変わりなバイトだったが、

 楽な仕事とばかりに引き受けた。


 病室のドアをノックして中に入ると、

 ベッドに横たわる老婦人がいた。

 こちらを振り向くと


「あらあら、来てくれたの。悪いわね、毎日毎日」


「今日が初めてなんだけど⋯⋯」

と言いかけたが


「いや、勘違いだった」

とベッド脇の椅子に腰掛けた。


「無理して毎日来なくもいいのに」


「いや、明日も来るよ」




 老婦人は同じ昔話をした。

 内容は息子のことばかり。

 目を細めて、こちらを見る。


 小学校の思い出。

 一緒に見たテレビ。

 就職祝いに食べた寿司。


「お母さん、いつも同じ話をするよね」


「あら、そうだったかしら」


「ううん。楽しそうなら、それでいいんだよ」




 七回目のノックをした。


 いつものように中に入ると

 ベッドの脇の椅子に座る依頼人の姿があった。

 

「やあ、ご苦労さま。予定より早く終わってね」


「そうですか⋯⋯。じゃ、バイトは終わりなんですね」

 肩から掛けたカバンを意味もなく掛け直した。


「そちらはどなた?」


 ベッドの老婦人は不思議そうに見ていた。


「なに言ってるんだよ。一週間、母さんの見舞いに来てくれただろ」


「そうだったかしら。最近、物忘れがひどいから」


 老婦人は首を傾げた。

 俺は唇を真一文字に結んでいた。

 

「じゃ、これを」


封筒を差し出されたが、受け取れなかった。


俺は老婦人の方を見た。



——お母さん、来たよ。



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