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私は公爵様とは結婚したくないのです  作者: 小平ニコ


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第8話(ヴァネッサ視点)【完結】

 イザベルは、涙ながらに私の無事を喜んでくれた。

 その思いやりに、私も涙し、私はイザベルと抱き合う。


 触れ合った肌の温もりから、イザベルの愛情が伝わってくるようだった。


 ……この子は、散々意地の悪いことを言った私のことを、少しも恨んでいないのね。お父様やお母様だって、気に入らない使用人をすぐに辞めさせてしまうワガママな私に、時々は閉口していたというのに。


 イザベルは、なんて清らかな心の持ち主だろう。私も、あなたのように、優しくて、清純な人間だったら、どんなに良かっただろう。


 ……ああ、そうか。

 やっとわかった。どうして私が、イザベルを憎んだのか。


 私、イザベルみたいになりたかったのね。


 イザベルのように、美しく、優しく、清らかな魂を持った、完璧なお嬢様に、私もなりたかった。でも私じゃ、どんなに頑張っても、イザベルのようにはなれない。だから、イザベルを妬み、憎んだのね。


 本当は、イザベルに勝つとか負けるとか、公爵夫人になるとかどうとか、そんなこと、どうでも良かったんだ。私はただ、なりたかったものになれなかった鬱憤を、周囲にまき散らしていただけだったのね。


 それに気がついた時、ずっと私の心を蝕んでいた淀みが、消えていくような気がした。……そして、こうも思った。私が公爵の犠牲となったことで、清らかなイザベルの人生を守ることができたのだとしたら、後悔だらけの私の人生も、決して捨てたものではないと。


 ……そうね。


 もしかして私は、天使のようなイザベルを、おぞましい公爵から守るために、生まれてきたのかもね。ふふ、まあ、そうとでも思っておかないとやってられないから、そういうことにしておきましょう。


 私は、イザベルをそっと抱きしめ、言う。


「イザベル。自分を見つめなおすのに随分時間がかかっちゃったけど、私、やっと、色々なことを受け入れることができたわ。自分の人生も、コンプレックスも、全部ね。……だからこれからは、良い姉になるわ。今までいろいろ酷いことを言って、ごめんなさい」


 イザベルは、きょとんとした顔で、言葉を返す。


「どうして謝るのですか? お姉様は、いつだって、私にとって、良いお姉様でしたわ」


 こいつめ。

 まったく、人の気も知らないで。


 私が恨んでても、心を改めても、イザベルにとっては、私は常に、『良いお姉様』なのね。参ったわ、本当に。私のような俗人は、どうやったって、こんな子にはなれない。でも、なれなくても、別にいいのだ。だって、イザベルはイザベル、私は私、比べる必要なんて、最初からなかったんだから……



 翌日、暴動は一応の落ち着きを見せ、あからさまな略奪行為をおこなう者は、大幅に減少した。公爵への憎しみで怒り狂っていた人々も、憎悪の対象であった公爵が死に、段々と、冷静になっていったのだろう。


 残念なことに、しつこく暴力行為に及ぶ民衆も多少は存在したが、そういった悪質な連中は、我に返った人々の手で、逆に痛めつけられることとなった。『人々の善意』が、『暴徒の悪意』を討ち果たしたのである。


 以前私は、『人間とはそもそも、おぞましいものなのかもしれない』と述べたが、人間は、決しておぞましいだけの存在ではなく、自身の心の醜さを反省し、行動を改める理性が存在するのだ。私が、自分の心の浅ましさを認め、イザベルを『大切な妹』だと思えるようになったみたいに……


 そしてとうとう、町からは、一人の暴徒もいなくなった。

 長い悪夢が、やっと終わったような気分だった。


 それからしばらくは、混乱した領地をまとめるために、国王陛下の派遣した軍隊と重臣たちが、あれこれと事後処理に当たることになった。


 この領地――いや、この国始まって以来の大暴動だったので、混乱の完全なる終息には数ヶ月を要し、その間に私は、当主や一族が死に絶えてしまった公爵家との関係を解消し、正式に実家に戻ることにした。


 私と公爵の間に子供はいなかったので、公爵家の血筋は完全に途絶え、新しい領主が、この辺りを治めることになった。新しい領主は、公正な人物であり、それでいて、厳しい人物でもあった。前領主の間違った政策により暴動がおこったことは理解したうえで、理不尽な暴力・略奪行為をおこなった者たちは皆、厳罰に処された。



 暴動が起こったのは、肌寒さを感じるようになった初冬のことだったが、時間は見る見るうちに流れ、今は春だ。混乱続きだった領地も落ち着きを取り戻し、やっと、平和な日常が戻って来たのである。


 私は、今も実家で、のんびりと暮らしている。『元公爵夫人』の肩書は捨てたものではなく、私の元にはいくつか縁談がやって来たが、すべて断った。……少なくとも、もうしばらくの間は、結婚どころか、男と付き合う気など、とてもしなかったのだ。


 私の自室は、二階にある。

 鉄格子のない、開かれた窓。

 私はそこから、正門を見下ろす。


 イザベルがウェインと、楽しそうに話している。

 まったく、あの二人、いつになったら関係が進展するのかしら。


 一度だけ抱きしめ合っているのを見たことがあるが、口づけするまでには至っていなかったので、あの調子では、本当に、いつになったら男と女の関係になるのか、想像もつかない。


 ほんと、じれったいわね。


 しかし、そういう、『奥ゆかしい恋』というのも、案外良いものなのかもしれない。武骨で奥手で、だけど、心には誠実な愛を秘めた、優しい男……か。本当に、メレデール公爵とは、正反対ね。


 その時だった。


 ウェインがイザベルを抱きしめ、そして、突然口づけをしたのだ。……と言っても、唇にではなく、頬に軽く口づけただけなのだが。それでもまあ、あの二人にとっては、大きな進展だろう。私は思わず、ガッツポーズをした。そして、小さな声で、囁くように言う。


「おめでとう、イザベル。でも、頬にキスするだけでこれだけ時間がかかったのだから、次の段階に進むまでには、いったいどれだけかかることかしら……」


 まったくもって、じれったい。

 でも、そのじれったい二人が、なんだか羨ましく思える。


 ……私も、もうそろそろ、新しい恋を探してみようかな。


 空は明るく、どこまでも自由だ。

 私は久しぶりに身なりを整え、町に繰り出すことにした。


 新しい出会いと、希望の未来を求めて――




終わり。

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