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私は公爵様とは結婚したくないのです  作者: 小平ニコ


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第7話(ヴァネッサ視点)

「わかった、連れて行ってやるよ。ちょっと待ってな」


 リーダー格の男は、頷きながらそう言うと、数人の仲間を集め始めた。


 ……何故、私を家に送っていくのに、仲間を集める必要があるの?


 色々と凄惨な体験をしたせいで、すっかり臆病になっていた私は警戒したが、男が仲間を集めた理由は、すぐに分かった。……市街地は現在、暴動の影響で非常に混沌とした状況になっており、ある程度の人数がいないと、ただ歩くことすら危険なのだ。


 実家への道中、私は恐ろしいものを、何度も見た。


 略奪だ。


 暴動が起これば、民衆の怒りは領主だけではなく、商店や、立派な家々にも、『略奪』という形で及ぶことになる。……それは、過去に書物で学んでいたので、一応、知識としては知っていた。


 しかし、実際に目の当たりにする略奪は、乾いた文字の情報とは全く違う。

 それはまさに、地獄絵図だった。


 法の支配から解き放たれた人間――暴徒が、これほど恐ろしいとは、夢にも思わなかった。隣人同士の友情も、子供をいつくしむ優しさも、老人をいたわる思いやりも、女性を尊重する紳士的振る舞いも、何もかも存在しない。


 なんて、おぞましい――


 私は夫のことを、散々おぞましいと思ったが、人間とはそもそも、おぞましいものなのかもしれない。扇動者にちょっと背中を押されただけで、普段はおとなしい民衆たちが、このようになってしまうのだから。


 阿鼻叫喚の町を歩きながら、私は思った。


 私の家は、大丈夫かしら――


 このあたりの立派な家は、民衆の妬みを買い、ほぼ例外なく襲撃されている。

 ならば当然、すぐ近くにある私の家も、暴徒の襲撃を受けているはずだ。

 だって私の家は、この区域で最も立派な門構えの、豪邸なのだから。


 お父様、お母様、そしてイザベルは、無事かしら……

 家族のことを思うと、心配で心配で、胸が張り裂けそうだった。


 自分でも、意外だった。


 お父様やお母様はともかくとして、大嫌いだったイザベルのことまで、心配に思うなんて。……きっと、長く離れていたから、そう思うのね。それに、軟禁されてからは、人間らしい扱いを受けていなかったから、誰よりも優しいイザベルのことが、なんだか、たまらなく懐かしい。


 ……今にして思えば、私は何故、あれほどイザベルを憎んだのだろう。


『優秀な妹に対する単なる嫉妬心』という言葉で片づけるには、私はあまりにも、あの子に執着しすぎていた。自暴自棄になって、イザベルの婚約者を奪おうとしたくらいに。


 残酷な略奪の光景から目を背けるように、一生懸命考えたが、イザベルを憎んだ理由は、どうしても分からなかった。



 そして私は、実家に到着した。


 そこには、信じられないような光景が広がっていた。


 無傷。


 なんと、実家は、まったくの無傷だったのだ。


 私を送り届けてくれた男が、感心したような声を上げる。


「ほお、あんたの家、周りの連中から随分と慕われてたんだな。これほど町全体が混乱した状況で、まったく略奪を受けてないなんて、相当すごいことだぜ」


 確かに、お父様もお母様も、周囲の人間たちから慕われていた。

 イザベルの信奉者は、もっと多い。


 少なくとも、顔見知りの人間で、私の家族を襲うような『ひとでなし』はいないだろう。しかし今は、領地全土を巻き込んだすさまじい暴動なのだ。どこか他の地区から流れてきた暴漢が家を襲っていても、おかしくないと思うのだが……


 その時、正門の陰から、巨大な影がぬらりと出てきた。


 私は一瞬、身構える。

 そして、すぐに警戒を解いた。


 出てきたのが、うちで長年門番をしている、あのウェインだったからだ。


 異常な乱痴気騒ぎの中、古くから知っている顔に出会えたというだけで、涙がにじむほど嬉しい。私は掠れた声で、ウェインの名を呼んだ。ウェインは、突然私が帰って来たことに驚き、それから丁寧に頭を下げ、言う。


「ヴァネッサお嬢様、よくご無事で……! メレデール公爵の館が襲撃されたと聞いて、心配していたのですが、この屋敷にも多数の暴漢がやって来たので、正門を離れるわけにはいかなかったのです。助けに行けず、申し訳ありません」


 そこで私は、やっと気がついた。

 傷ひとつない正門とは真逆に、ウェインの体が傷だらけであることに。


 投石でもされたのだろうか。額からは出血し、左腕には、矢が突き刺さったままだ。普段は疲れを顔に出さないウェインが、今日ばかりは、疲労困憊といった感じで、肩で大きく息をしている。その様子を見れば、どれほどの戦いがあったのか、私でも想像することができる。


 この男、たった一人で、暴漢たちから主人の家を守り抜いたのか。


 なんという忠誠心だろう。

 すぐさま主を裏切った、公爵の衛兵たちとは大違いだ。

 これこそ、本物の忠士。そして、本物の男と言うべきだろう。


 ふいに、イザベルが言っていたことを思いだす。


『ウェインさんは、強くて優しい、私の、理想の男性です』


 ……そう、確かあの子は、そんなことを言ってたわね。

 そしてイザベルは、私の夫だった男――メレデール公爵については、こう言っていた。


『うまく言えないんですけど、私、あの方が苦手なんです』


 ふふ……

 参ったわね。


 私がイザベルに勝ってるところなんて、ひとつもないことは分かってたけど、『男を見る目』でも、見事に完敗だわ。あの子はウェインの誠実さと、公爵のおぞましさを、最初から見抜いていたのね。大したものだわ、まったく。


 私はウェインにいたわりの言葉をかけると、『まだ正門を守らなければなりません』と言う彼を残して、家の中に入った。リビングでは、数名の使用人と、お父様とお母様、そしてイザベルが、身を寄せ合うようにしていた。


「お姉様!」


 私の姿に気がついたイザベルが、こちらに駆け寄って来る。

 その勢いのまま、イザベルは私を抱きしめた。

 とても懐かしい、良い香りがした。

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