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私は公爵様とは結婚したくないのです  作者: 小平ニコ


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第5話(ヴァネッサ視点)

 苛立ち、歯を噛む私に、イザベルは静かに言葉を続けた。


「お父様にも、お母様にも、ウェインさんを想う私の気持ちは、すでに伝えてあります。二人とも、少々困惑しておられましたが、いずれは、この恋を認めてもらえると思います。ウェインさんも、最近は私に対して……」


「あー、はいはい、そうですか、まあ、勝手によろしくやりなさいよ。……見てなさいよ、私は公爵夫人になって、あんたの何十倍も幸せになってやるんだから。なんたって、公爵夫人よ? どんなになりたいと願っても、誰だってなれるもんじゃないんだからね?」


 イザベルを悔しがらせようと思って念を押したのだが、彼女はただ、素直に頷いただけだった。


「はい、そう思います。お姉様ならきっと、素敵な公爵夫人になれると思います」


 ちっ。


 こいつ、本当にそう思ってる。

 心の底から、そう思ってる。


 私を疑う気持ちや、害する気持ちなんて、欠片ほどもない。


 ふざけないでよ。

 あんたにとっては、私なんて、優劣を競う価値すらないってこと?


 くそっ。

 何よ、この敗北感は。


 こいつの悔しがる顔を拝んでやろうと思って、喜び勇んでやってきた私が、逆に惨めじゃないの。


 ……ふん。

 まあ、いいわ。


 公爵様はイザベルを捨て、私を選んだ。

 それは、まぎれもない事実。


 私はこれから公爵夫人として、華やかで美しい、選ばれた者だけが過ごすことのできる素晴らしい人生を歩んでいくのよ。あんたはせいぜい、しょうもない門番男と、しょうもない人生を送ってちょうだい。



 そして私は、公爵様と結婚し、念願の公爵夫人となった。


 夢みたいな……いえ、夢以上の、盛大な結婚式。

 あの美しきメレデール公爵が、私を――私だけを見て、微笑んでくれている。

 その事実だけで、心の底から蕩けそうなほど、私の心は満たされた。


 どう、イザベル?

 あんたに、こんなに素敵な結婚式を挙げることができる?


 無理よねえ。


 あはっ。


 無理よねえ。


 見てよ、この参列者たちを。

 さすが、公爵様の結婚式よね。

 地域の有力者ばっかり。


 それが、皆、皆、私を祝福してくれている。


 最高だわ……

 最高に、幸せ……


 本当に、本当に、幸せな、結婚式だった……


 しかし……


 式を終え、まるでお城のような、夫のお屋敷に移り住んだ、初夜のこと。


 私は、初めて知った。


 私が――いや、私だけではない、この辺りのほとんどの女が憧れ、崇拝の対象ですらあった『美しき公爵様』が、『おぞましき怪物』であったことを。


 夫が好色家であることは、最初から分かっていた。

 だって、婚約者の姉に手を出し、貪欲に求めてくるくらいですもの。


 それは、別にいい。

 私も、寝室で愛を交わすのは、好きな方だ。

 だから、私と夫は、良い夫婦になれるに違いないと思っていた。


 しかし、それは大間違いだった。


 夫の『異性に対する欲求』は、異常だ。


 寝室の後ろに、隠し部屋があり、そこには、語るのもおぞましい道具が、いくつも陳列されている。……夫は、そのおぞましい道具を使い、何時間も私を弄んだ。まるで『おもちゃ』のように。


 信じられなかった。


 私は、イザベルのように清らかな乙女ではない。お父様にもお母様にも内緒だが、女になったのは、もうずっと昔のことだし、これまで、少なくない数の男性と関係を持ったことがある。


 ……それでも、やはり、私は私なりに、結婚した後の初めての夜というものに、幻想を持っていた。一生を共に過ごすと決めた相手と、身も心も一つになるということに、甘い夢を抱いていた。


 その夢は、砕け散った。


 私は、それほど賢い女ではない。

 そんな、賢くない私でも、一瞬で悟った。


 夫は――この男は、私のことを、愛してなどいない。

 いや、愛どころか、好意すらも、持っていない。


 彼が私に向ける感情は、所有感と、支配欲。

 ……つまり、『物』に対する感情だ。


 夫は、私のことを、人間だと思っていない。

 いや、たぶん、彼にとっては、自分以外は、すべて『物』同然なのだろう。


 今になって、やっとわかった。

 なぜ夫が、イザベルと婚約していながら、私の誘惑を受け入れたのか。


 彼にとっては、婚約など、大した意味を持たないのだ。


『他の貴族もやってるから、自分もやっとけばいいか』


 その程度の意味でしか、婚約を捉えていないのだ。


 ……いや、もっとひどいかもしれない。彼は『婚約』を、『新しいおもちゃの予約』だと考えている可能性がある。婚約してしまえば、他の男が、自分の気に入った女に、おいそれと手を出すことはできなくなるから。


 まさに、『物』だ。夫は、女性のことを、『物』――あるいは、ただの『おもちゃ』としか思っていない。おぞましさに、吐き気がした。


 夫は毎夜、『よくもこんなえげつないことを思いつくものね』と、悪い意味で感心してしまうような異常な方法で、私を慰みものにした。その狂気の情欲はしばしば暴走し、時にはサディスティックな行為となって、私の心と体に、深い傷をつけた。


 私は、あまり我慢強い方ではない。


 しかし、耐えた。

 ひたすらに、耐えた。


 せっかく、公爵夫人になれたのだ。

 せっかく、イザベルに勝てたのだ。


 これくらいのこと、耐えてみせる。


 そう思い、夫からの凌辱に耐え続けた、新婚三ヶ月目のこと。


 突然、心が折れた。


 人として、そして、女としての尊厳を無視され『おもちゃ』扱いされ続けるということは、想像を超えて、私の心身にダメージを与えていたらしい。


 ……もう限界だ。耐えられない。

 私はこれ以上、一秒だって、夫のそばにいたくなかった。


 かつては、この世界の誰よりも美しいと見惚れた夫の笑顔が、今は、巨大な両生類の微笑に見えて仕方がない。もう、髪の毛一本だって、この男に触れられたくない。

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