第3話(ヴァネッサ視点)
妹の婚約者を、奪ってしまった。
自暴自棄になって、ほとんどヤケクソで、公爵様がお休みになっている寝室に押し掛けただけなのに、まさか、これほど簡単に、彼が私のものになってしまうなんて。
驚きと共に、強烈な愉悦が胸に湧いてくる。
ざまあみろ、イザベル。
あんたの愛しい婚約者さんは、私に夢中みたいよ。
イザベル、あんた、自分は特別だと思ってるでしょ?
どんなことでも、すべて、思い通りになると思ってるでしょ?
残念でした!
この世はあんたを中心に回ってるわけじゃないのよ!
ざまあみろ。
ざまあみろ。
ざまあみろ。
イザベル。
ざまあみろ。
・
・
・
私には、妹が一人いる。
三歳年下で、名前はイザベル。
私たち二人は、表面上は仲の良い姉妹だったが、私はイザベルのことが大嫌いだった。
だって、癇に障るのよ、あの子。
顔はいいし、痩せてて、スタイルもいいし。
おまけに、何をやらせてもそつなくこなす、天性の器用さがある。
ピアノもそう。
ダンスもそう。
ちょっと練習しただけで、前からやっていた私より上手になって、イラつくったらありゃしないわ。それで、勝ち誇るならまだしも、『私なんて、まだまだお姉様にはかないません』なんてお世辞を言うから、さらにイラつくのよ。
そう。
イラつく。
本当にイラつくのよ、あの子の性格。
イザベルは、優しく、思いやりがあり、決して身分で人を差別したりはせず、どんな相手であっても真摯に対応する、いわゆる『良い子』である。お父様も、お母様も、使用人たちも、皆、そんなイザベルのことが大好きだった。
特に使用人たちは、イザベルの信奉者と言ってもいい。ちょっとした用事を申し付けられただけで、嬉々としてイザベルのために働く姿は、ほとんど犬同然である。
彼らは時々、私とイザベルをちらちらと見比べている。きっと陰で、『何故同じ姉妹なのに、これほど違うのだろう。妹のイザベル様は天使だが、姉のヴァネッサ様は悪魔だ』……そんなことを囁き合ってるに違いない。
ふん。
私の性格が悪くなったのは、イザベルのせいよ。
あんたたちみたいな下等な使用人には、わからないでしょうね。
華やかで優秀な妹と比較され続ける姉の苦しみなんて。
イザベルのことが大好きな使用人を、私はいつも、適当な濡れ衣を着せてクビにする。しかし、新しくやって来た使用人も、すぐにまた、イザベルに心酔してしまう。まるで、終わりのない害虫駆除だ。それもこれも、イザベルがいるせいよ。ああ、本当に、イラつく。
そして、イザベルの婚約が決まったとき、私の苛立ちは頂点に達した。
なんとイザベルは、この地域一帯を治める『美しき公爵』メレデール様に見初められたのである。……その事実は、私の姉としてのプライドを、粉々に打ち砕いた。
私は容姿、性格、能力、あらゆる面でイザベルより劣っているが、それでも、幼いころから、小貴族の長男と婚約を結んでおり、結婚相手の格では、イザベルを上回るに違いないと思っていた。それだけが、私の心の支えだった。
それがまさか、公爵様と婚約だなんて、ふざけるにもほどがある。
田舎のしょぼい貴族との婚約関係を心の支えにしていた私なんて、カス同然じゃない。自分がみじめでみじめで、そして、イザベルが妬ましくて、私は気が狂わんばかりだった。
そんなある日のこと。
イザベルの婚約者であるメレデール公爵が、うちを訪れた。
彼の、涼やかで、美しすぎる姿に、私は一瞬で心を奪われた。
悔しい……
こんなに綺麗で、地位も名誉も権力も財力も持っている男と、イザベルが一緒になるなんて……
神様は不公平だわ。
何でイザベルばっかり、特別扱いするのよ。
天候が急に悪くなったため、馬車が出せず、うちに泊まることになった公爵様を寝室に案内しながら、私は悔しさのあまり、涙をにじませた。
……私はその夜、荒れた。
一人、自室にて、荒れて、荒れて、飲んで、飲んで、いったいワインを何本開けたのか、はっきり覚えていないほどである。泥酔し、ヤケクソになった私は、乱れた寝間着で、先程案内した公爵様の寝室を訪れた。
私とて、本気で、彼を誘惑できると思っていたわけではない。
ただ、私のように、ふしだらで、見苦しくて、酒乱の姉がいるということを知れば、公爵様もイザベルとの婚約を考え直すかもしれないと、そう思ったのだ。……ほんの少しでもいいから、イザベルの、完璧で美しい人生に、傷をつけてやりたかった。
だが、驚くべきことに、公爵様は私を拒まなかった。それどころか、まるで私が訪ねてくることを待っていたかのように、貪欲に私を求めた。彼の腕に抱かれながら、私の胸は、『生まれて初めて妹に勝利した』という愉悦で満たされた。
閉じた目に浮かぶのは、イザベルの悲しむ顔。
閉じた目に浮かぶのは、イザベルの悔しがる顔。
閉じた目に浮かぶのは、イザベルの怒りに歪んだ顔。
どれも、今まで、一度も見たことのない顔だ。
あの子、いつも悠然と構え、ニコニコと笑っているだけだからね。
あはっ。
あはっ。
あはっ。
ざまあみろ。
ざまあみろ。
ざまあみろ。
公爵様は、あんたみたいな良い子ちゃんより、私のような女の方がお好きみたいよ。残念ね、イザベル、あんたじゃ彼を満足させることはできないわ。ふふ、ふふふっ、彼ったら、もう私に夢中だもの。これで、いずれ私は、公爵夫人よ。
勝ったわ。
生まれて初めて、イザベルに勝った。
イザベルの、大事な存在を奪ってやった。
ああ。
やっぱり、神様っているのね。
みじめな私のことを、憐れんでくれてたのね。
ふふ。
それに、私ったら、凄い強運だわ。
だって、いきなり天候が悪くなったりしなければ、公爵様はうちに泊まりはしなかったでしょうし、絶対に、こんなことにはならなかったと思うもの。
私は神様と自分の強運に感謝し、その夜は、朝まで公爵様と共に過ごした。




