♪7楽章 指原希良凛との邂逅
運動会から数週間後、瑠璃たちに激震が走った。それは御浦市からやってきた指原希良凛が、吹奏楽部へ入部したことだ。
指原希良凛は打楽器パートに加入。小学校からの経験者だった。そんな彼女と瑠璃は、当初から色々と食い違っていた。
だからこそ、邂逅が遅れてしまった。
特別指導練習の昼休み、空き教室のテラスに座りながら、榊澤優愛が指原希良凛と話していた時だった。
「えっ?希良凛ちゃん、弟君いるの?」
「はい。指原莉翔って言うんですけど…。私、結構、親から弟と、楽器で比べられちゃうんですよ」
「ひどいね」
予想外の事実に優愛はそう言って、白い箸をそっと弁当箱に置く。
「彼も同じ打楽器なんですけど、莉翔は御浦の楽団で活躍していて」
「すごいんだね」
御浦の楽団。それは御浦ジュニアブラスバンドクラブだ。優愛にもその名声は聞こえている。
希良凛は「はい」と頷いて、拳を握りしめた。
「…御浦の中学校でも良かったんですが、お母さんの仕事の都合で…。でも、茂華中に入れたことは…僥倖でした。上手くなれますし…」
「…上手くなりたくて入ったんだ」
すると、希良凛の瞳に、光が宿る。
「私、自分が楽しいことは本気で楽しみたいんです!だから上手くなりたいんです!」
その言葉と裏腹に、彼女の目には怨念のようなものが宿っていた。それを少し不快に思いつつ、優愛は次の問いを投げる。
「ねぇ、どうして瑠璃ちゃんを、避けてるの?」
そう言って思わず瞳が、少しだけ鋭くなった。別に敵意を向けたい訳じゃない。無意識に気になっただけだ。
「いや、ティンパニ破壊したって噂を聴いてしまって…本当は怖い先輩なのかと…」
それを気取った希良凛は、わざとらしく震えてみせる。
すると優愛はそう言って笑った。
「それはもう大丈夫だよー!」
瑠璃は、去年にティンパニを破壊する『ティンパニ破壊事件』を引き起こした。あれ以降、皮楽器を任せられる機会が、めっきり減ったのだ。
ティンパニ破壊事件のことを聞いて、怖かったのだろう。それは優愛にも何となく、分かる気がした。小さな女の子がティンパニを叩き壊した事件は、相当なギャップをもたらした。
「…あれから瑠璃ちゃん、反省してるんだよ。別に怖がること無いよ」
優愛の瞳が再び柔らかくなる。すると希良凛は「良かった」と言った。
優愛は細めた目を開く。
「練習終わったら準備室に来てみて。瑠璃ちゃんいるから」
そしてこう誘った。
「はい!」
その誘いに希良凛は、青い空を見つめて「はい!」と返事をした。
空には雲ひとつない、うるさいくらいに真っ青な色彩が広がっていた…。
それから、3時間の猛練習を終え、優愛と希良凛は話していた。
「瑠璃ちゃんも、そこそこドラムできるから、教えてもらいなよ」
優愛は廊下を歩きながらそう言った。
「そこそこ、ですか?」
希良凛が問いに首を傾げる。
「うん。私が教えたの。瑠璃ちゃん、本当は優しい子だから大丈夫だよ」
優愛は確信を持っているからこそ、こう言えた。希良凛は瑠璃と話したことがあまりない。だから緊張しているのだと分かった。
「…希良凛ちゃん、瑠璃ちゃんと仲良くならなきゃ。来年から大変だよ?」
「来年の話し…やけに早いですね」
優愛の困ったような顔に、希良凛も同じような顔をした。同感しているのだと分かる。
「私にとっては、瑠璃ちゃんは大切な存在だから、ふたりはお互い大切に思っていてほしい」
優愛の言葉に滲むは本音だった。
希良凛はそれを頷きひとつで返していた。
優愛の言葉通り、希良凛は小部屋に入った。そこには、ぽつんと佇む真っ黒なドラムセットが置かれている。
「あっ…」
その前に座っていたのは、瑠璃だった。
「あっ…」
瑠璃と希良凛は気まずそうに、目を合わせる。しかし、それを崩したのは瑠璃だった。
「ドラム、やる?」
瑠璃がそう言った。その言葉を皮切りに、希良凛の目が光る。
「は、はい!」
希良凛がそう答えると「おいで」と瑠璃は笑った。天使のような笑みをしていた。
すると、希良凛はドラムセットの椅子に座る。そして瑠璃自前のスティックを手渡した。
「適当に叩いてみて」
瑠璃の言葉を受け、希良凛はスティックを振った。
ツッツッパンツッツッパン!
高らかにドラムを響かせる。
「うまい…」
思わず瑠璃が言葉を零す。
だが、古いドラムセットだからか、少し迫力がないように聴こえてしまう。
少し叩いているとスネアで、パラパラパラ…とロールを刻み始めた。
「上手だね」
「ありがとうございます」
瑠璃の目は、いつも以上に和やかで優しかった。
すると希良凛がタイミング良くバスドラを踏む。その衝撃に反動するように、メーカーの描かれた漆黒の打面の移す光景が小さく揺れる。同時、ドゴ!と掠れた太鼓の音が鳴った。ロータムという太鼓を叩いた音だった。
「ごめんね。それ、音が変でしょ?」
瑠璃が、ばつが悪そうに笑った。
「大丈夫です」
すると、希良凛がスティックで、ロータムを連打する。
音がまばらで未熟さを感じるが、瑠璃は彼女を可愛いな、と思うだけだった。
そのあと瑠璃が、叩き終わった希良凛に訊ねる。
「そういえば、聞こうと思ってたんだけど、尾瀬川先生のこと知ってるの?」
すると希良凛は手を止め、ニコッと笑った。
「はい。私の小学校にも、度々来てた人なので」
「そうだったんだ」
尾瀬川慎太郎は、先ほどまで外部指導をしていた吹奏楽の指導者だ。木管と打楽器の専門だ。
そういえば彼女は、元々小学校でも吹奏楽をやっていたな、と思い出す。
しばらく話していると、あっという間に30分程が経っていた。そろそろ帰らなければならない時間だ。
「私ね、本気で金賞獲りたい!だから頑張ろうね」
瑠璃が希良凛へ目標を口にした。
「私もです」
希良凛も同意する。その目は信頼に満ちていた。
「よろしくね」
「はい」
そう言って、瑠璃と希良凛は笑い合った。
それをドア越しに見ていた優愛は、
「よかったね」
と笑った。
「えっ…?優愛先輩?」
すると希良凛が優愛を見てきた。優愛は帰るつもりだったのか、リュックを背にしていた。
「…あ、バレた」
優愛がニヤニヤと笑う。さてはずっと見ていたな、希良凛と瑠璃はすぐに気付いた。
「……じゃ、ごゆっくり〜」
そう言って、優愛は脱兎の如く逃げ出した。瑠璃と希良凛の時間の方が重要、優愛はそう考えたからだ。
(…よかった。わだかまりは、まだ有るだろうけど、これで少しは……)
優愛は、瑠璃と希良凛の関係も本気で考えていた。だから、ずっとふたりを見守っていた。
これが後に、強い絆を生むのだ。
すると、優愛は職員室前にいる中北に、会釈を交えて話し掛けた。
「中北ちゃん先生、そろそろふたりは帰ると思います」
「そう。遅くまでいると心配」
「すみません。私のせいで…」
「いいの。ふたりの不仲は、何となく分かってたから」
中北の言葉には憂いが滲んでいた。よほど心配だったのだと分かる。
「…はい」
「優愛ちゃん、コンクール頑張ろうね!」
「はい!ありがとうございました!」
優愛は、わざわざ瑠璃たちの時間を邪魔しない中北に、感謝しつつ帰路に付いた。
その時だった。
「…?」
『わっ!さっちゃーん!』
『せんせー!鍵掛けましたー!』
背後から、瑠璃と希良凛の声が聴こえてきた。
『掛けたの、私なのにー!』
『あー、はいはい』
後輩ふたりの喧騒に、優愛はふふっと笑った。
(…これで、安心して引退できたらいいなぁ)
願望を神様に祈るが如く、優愛は蒼天を見上げて笑った。その笑みは女神のように美しかった。
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