♪4楽章 電子ドラムと瑠璃色の宝箱
――ゴールデンウィーク♪
優月が吹奏楽部に入部したゴールデンウィークの初日。2年生の古叢井瑠璃と3年生の榊澤優愛は、県内の大型ショッピングモールにいた。
そこの一角にあるカフェで休憩したふたりは、その後も建物内を歩いていた。
「フードコードで…ご飯食べる?」
洋服店を通りながら、榊澤優愛が訊ねる。するとスカートをはためかせながら、古叢井瑠璃は「うーん…」と小さく小首を傾げて考え込む。
「…さっき、ちょっと暗い話しをしたから遊びたい」
「…あっ」
先程、瑠璃と優愛は珈琲喫茶店で、軽くお茶をしていた。それと同時に、優愛は瑠璃から本音を聞き出した。
それは『太鼓類をやりたい』という旨だった。辛い瑠璃の本音を聞いて、優愛は胸が締め付けられた。
入部して数週間で、瑠璃は何度もティンパニの皮を叩き破ったことがあった。それ以降、鍵盤楽器の類しか、任されなくなった。
――瑠璃が中学1年生の頃♫
当時、瑠璃はコンクールに向けて、ティンパニを叩いていた。ただの基礎打ちだった。
しかしこの時、優愛は先生と話していて不在だった。
瑠璃は腕いっぱいに、マレットを振り下ろす。
ドドドドドド…
強烈な音圧が、びりびりと窓を震わせる。その音は雷霆のようだった。
しかし、その時だった。
『ティンパニ、ギュッとしてドーン』
瑠璃が容赦の欠片もなく、マレットを勢いよく振り下ろす。
トガッ!と何かが破裂したような音が耳をつん裂く。
『…うぅぅ、』
ビクリと震えながらも手元をみると、ティンパニの皮が破れていた。
それから数分後、破れた打面をみた優愛は、顧問の笠松明菜と息を呑んだ。
『こ、これで、3枚目だね…』
笠松がそう言うと優愛が『はい…』と困ったように頷いていた。
――以降、瑠璃は鍵盤楽器しか任されなくなった。
それは太鼓がやりたい瑠璃にとって、到底耐えられるものでなかった。
――現在♫
「…そうだよね。遊ぼっか…」
瑠璃の隠していた辛い過去を脱ぐような、優愛の柔らかい声。その声に、瑠璃は迷わず頷き返す。
「うん!」
瑠璃の小さな手が、優愛の手を握った。
「…何する?」
「…ん〜」
瑠璃が考え込む。ゲームセンターも有りだが、ここからは少し遠い。それでもゲームセンターで良いかな、彼女が言葉に移そうとした時だった。
「…そうだ!瑠璃ちゃん!!」
優愛が突然、声を掛けたのだ。優愛はちょうど、瑠璃のやりたそうな物を見つけたからだ。
「ん?なに?」
瑠璃は驚きながら首を傾げた。
「…また楽器のお店で、ドラムやらない?」
その提案は、先ほど言った楽器店へ戻ることだった。
「え、やりたい…けど、ドラムなんてできるの?」
瑠璃はドラムなどの皮楽器に目がない。優愛はそれを知って提案したのだ。
「…まぁ、音楽室にあるようなドラムじゃないんだけど…ね」
「ふーん?」
そう言って瑠璃を連れ、優愛は再び楽器店へと戻った。
戻った楽器店の奥にあるドラムらしき楽器。それは体験用の電子ドラムだった。
「わぁ、これなに?」
「電子ドラムだよ。生のドラムより音は劣るかもだけど、思いっきりたたいても大丈夫」
「やったぁ…」
瑠璃は嬉しそうに、ついさっきに購入したスティックを構えた。
「…えっと、右が上で左が下…」
そう呟いて彼女は、楽しそうに叩きだした。
しかし思い切り振り下ろしたスティックが空を切る。スティックの握りの間合いが短すぎたのだ。
「…おぉ」
ポコポコとパッドが唸る。優愛は、ヘッドホンをする瑠璃を見る。思い通りに叩けないのか、イライラしているように見えた。
「…優愛お姉ちゃん、これ難しい」
「そ、そうだよね」
案の定、瑠璃はヘッドホンを外して、不遜な顔をしていた。彼女は頬を膨らませて、スティックをリュックへ仕舞う。
「優愛お姉ちゃんは叩かないの?」
瑠璃が問うと、優愛は苦笑しながら指を見せる。
「私、まだネルチしてるから」
「あ、」
その答えと同時に、優愛は桃色のネイルチップを煌めかせた。
楽器店へ行ってから、瑠璃たちはフードコードへと訪れた。瑠璃はハンバーガーショップで、食べたい物を購入してから空いた席で待つ。
「…優愛お姉ちゃん、早速投稿してる」
瑠璃はスマホで、優愛の投稿をチェックしていた。ちなみに、優愛の投稿は逐一チェック…とまではしていない。だから、機会があれば、と投稿を見ている。
「お待たせー」
その時、優愛が炒飯を持ってきた。伸びるネギの青さが美しく、豚肉は内まで焼かれていて、とても香ばしそうだった。
「…優愛お姉ちゃん、炒飯だけ?」
瑠璃が心配そうに訊ねる。
「うん。私、食べ過ぎると太っちゃうから」
すると優愛は、ばつが悪そうに笑った。
「…優愛お姉ちゃんは太らないでしょ?」
「そんなことないよー」
「じゃ、私が太らないのは体質かぁ」
瑠璃は純粋にそう言って、ポテトを口にした。
しかしその言葉に、優愛は全く傷つかなかった。
「羨ましいー。瑠璃ちゃんは太らないんだ」
「うん。だから身長も伸びないんだあ」
「そう…」
優愛も炒飯を口にする。香ばしい食感が、溜まった食欲を更に引き出す。美味しい、心の中で言った。
「午後はなにしたい?」
米を咀嚼しながらの優愛は、瑠璃に訊ねる。
「うーん……。ゲームとか」
すると彼女は、指についた塩を舐め取った後、こう答えて頬を緩めた。
「いいね。やろっか」
優愛にとって、瑠璃は大切な妹そのものだ。血なんて繋がってない。それでも大切な存在には変わりなかった。
ゲームセンター前は様々な露店が並んでいた。ふたりは周りの店を見回しながら、ゲームセンターへと歩いていた。
「いっぱいお店あるね」
「そうだね」
瑠璃の煌めく瞳を見て、優愛は笑った。
「…あ、」
すると瑠璃が何かを見つけた。
「レジンの工作店…だって!」
そう言って彼女が指さした先には、店の一角で工作体験のコーナーがあった。
ふたりは店に入るなり、近くにいた女性に話し掛けた。瑠璃が先に店長へ声をかける。
「すみません。工作の体験…したいです」
「あー、レジン工作の体験ね…。まずは材料の購入からだけど、大丈夫そ?」
秋保真菜という店長は、そう言って首を傾げた。まるで子供に対するような話し方であった。
「はい!」
しかし瑠璃は、そんな事にも気付かず、笑顔で子供っぽく頷いた。
まず、気に入ったアクセサリーや、土台の材料を購入する。次に女性店員が無料で、工作を教えてくれるのだ。
「優愛お姉ちゃんは、音楽っぽいの選んだんだ」
「うん。瑠璃ちゃんは?」
「私はね、お花と指輪だよ」
「…結婚式みたい」
「へへ、将来好きな人と付き合えればいいなぁ、って」
「…それって小林先輩?」
「…内緒!」
ふたりは他愛もない会話を交わしながら、材料を開封していく。レジンは液体をブルーライトで固めて作るものだ。
しばらく作っていると、段々と形ができてくる。ケースにレジン液を敷いたあと、アクセサリーで飾り付けだ。
「…いいですね。そんな感じです」
「へへ、はーい」
瑠璃は店員に褒められ、照れつつも飾り付けをする。バラのアクセサリーを、土台のレジン液に盛って行く。
「…ホントだ。瑠璃ちゃんもいい感じ」
優愛はそう言いながら、音符のアクセサリーをケースへ飾り付けていく。2人とも、上出来らしく上機嫌だ。
「…そういえばさ、優愛お姉ちゃんは、どうして小倉先輩を振ったの?」
瑠璃は優愛へそう尋ねた。何となくそんな雰囲気だと感じたからだ。
「えぇ…?」
「嫌い…ってわけじゃないんでしょ?」
すると優愛が目を閉じて笑う。
「…うん。単に恋人になりたくなかった、それだけ」
「えっ?どうして?」
「…私、優月くんにも言ったんだけどね、1人が本当に嫌いなの。優月くんと完全に離れるのが怖い」
それは紛れもなく優愛の本音だった。優月のことが好き……そう思ったら、きっと彼を振ったことを一生後悔するだろう。
「……彼とは友達のままでいたかったの」
優愛はそう言った。優月と別れることが…離れることが怖かったからこその答えだった。
「そうなんだ」
瑠璃は取り敢えず、といった感じで頷いた。
そうして話しているうちに、飾り付けが完成していった。綺麗な作品がふたつ、机の上に煌めいている。
「…あとはブルーライトで固めるだけですね」
店員の榎井和枝がそう言って、ブルーライトの機械を起動した。すると青白いライトが、ふたりのレジンへ照射された。徐々にレジン液は固まり、宝石のような煌めきを放つ。
「…できましたよ」
しばらくして、榎井が瑠璃と優愛に、レジンで作ったケースを渡した。
「…ありがとうございます!」
ふたりは受け取り、自作のケースを見る。
「…大事にしてくださいね」
榎井の言葉に、瑠璃と優愛は「はい!」と笑った。
夕方近くまで遊んだふたりは、バス停へ向かっていた。人通りの少ない歩道を、ふたりは横並びで歩く。
「…瑠璃ちゃんの箱、うまくできてるね」
「えへへ。この宝石ね、私の誕生石なんだって」
そう言って瑠璃は、指輪のアクセサリーを指さした。そこに安っぽく光る紺碧の光。
「へぇ。サファイア?」
「うん!」
優愛は宝石に詳しい。即座に言い当てた。
「…だから、サファイアっぽい指輪を、選んだんだぁ」
素敵な理由だな、と優愛は思う。自分なんか、好きなピンクを選んだだけなのに。
「瑠璃ちゃんって本当に考えてるよね」
優愛はそう言う。それは紛れもない本音だった。
「…そうかな?」
瑠璃は小首を傾げた。
「…うん。私より絶対に悩んでる、って分かる」
すると優愛の声が哀しみに深まる。
「そんなことないよ」
それでも彼女は、必死に否定した。それは瑠璃にとっても否定すべきことだったから。
(…私には本当は何も言わない。苦しい本音だったら尚更……)
瑠璃は優しすぎる。
「…でも、今日は楽しかったね!」
すると当の瑠璃が笑い掛けてきた。
「そうだね!」
優愛もそのまま笑い返した。
瑠璃をこれ以上、苦しめちゃいけない。
それは今日、再び心に誓ったことだったから。
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