♪11楽章 アンサンブルコンテスト 【前編】
茂華中学校の文化祭後、榊澤優愛たちは引退してしまった。
文化祭のあと、新部長と副部長の任命式が行われた。
「令和7年度の部長は矢野雄成くんです」
「はい」
「副部長は、鈴衛音織さんです」
「はい!」
部長にはトランペットの雄成、副部長にはフルートの音織が任命された。2人とも部のトップ奏者だ。この時は、誰もが納得していた。
すると香坂白夜が前へ立つ。白夜もフルートパートで部長だった。優しくリーダーシップもあって、後輩から人気だった。
「…みなさん、私たちを支えてくれてありがとうございました。あとは、新3年生と新2年生が、新しい世代を引っ張っていく番です」
白夜が、清聴する部員たちを見回す。
「…これから、茂華中学校をもっと!もっと!強くしていってください!!」
それが、白夜の最後の願いだった。
『はい!!』
この文化祭の日、3年生は部活から受験へと…引退してしまった。
翌週から早速、新体制となって始まった。3年生がいない音楽室は、少しばかり寂しい。
「…優愛お姉ちゃん」
瑠璃はいつもより元気がなさそうだった。
「…瑠璃」
凪咲はそれを心配して、隣で彼女の小さな背をさする。
「私たちが…榊澤先輩を超えないと」
瑠璃にとって、優愛は当たり前の存在だった。だからこそ、姉のように慕われたのだ。
「…どうしよう。私、うまくやっていけるかな」
「いける、瑠璃なら」
凪咲はそう言って笑った。それを見た彼女の深紅の瞳に白い光が舞い戻る。
「うん!」
「……」
その時、希良凛が友達と音楽室へ入ってきた。ちなみに荷物は邪魔なので、廊下に放っている。
「…さっちゃん!やっほぉー!」
「あ、やっほー!」
早速、瑠璃は後輩の希良凛へ話しかけている。切り替えが早いな、凪咲はそう思った。
この日、笠松からは"新たな目標"を掲げられた。それは活動前の連絡…いわゆるミーティングでの会話だった。
「…今日から12月にやる、アンサンブルコンテストの練習を始めます!」
「…えっ?」
瑠璃が目を丸める。
「アンサンブル…コンテスト?アンサンブルエッグを作る…コンテスト…?」
瑠璃の小学校では、よく給食でアンサンブルエッグが出ていた。故に、吹部初心者の瑠璃にとって、アンサンブル=アンサンブルエッグという認識だった。
頭の中に、審査員の前で自分が卵を焼くイメージだけが湧いてくる。
そのユニークな想像を打ち破ったのは、希良凛と凪咲の爆笑だった。
「ちょ…!先輩!笑わせないでくださいっ!」
「瑠璃!面白過ぎ!」
ボケじゃない、本気だ。ふたりは気付いていた。
しかし……
「そこ!!うるさい!!」
笠松が声を張り上げたことにより、ふたりの笑いは叩き潰された。
(んもー…、初心者すぎ)
凪咲は怒られたことを不遜に思った。だって、物凄く面白かったのだから。
「…トロンボーンとトランペットとクラリネットとフルートとサックスとオーボエと打楽器ねぇ」
「管楽七重奏か」
凪咲の言葉に、雄成が反応する。
「…アンコンって私、初めて」
「そうだよね。瑠璃は初心者だもんね」
アンサンブルコンテスト。ルールは1校につき、1団体のみ。楽器も団体でひとつ。指揮者なしのコンテストだ。
「…結構、難しそう」
「そうですね…」
唯一の1年生部員の蓮巳桜がそう言った。彼女はトロンボーンで、小学校からの実力者だ。
ちなみに、アンコンに出ない子は、ソロコンテストに出場することになっている。これは予め、笠松たちが決めている。
その頃、希良凛はスネアをたたいていた。ソロコンは本来、1人から3人まで出られるのだが、打楽器パートは2人しかおらず、希良凛はソロでスネア演奏だ。
「…はぁ。私も誰かとやりたい」
希良凛は舌の中で、不満な言葉を転がした。唯一、アンコンから外された澪子も、後輩と楽しそうにトランペットを練習している。
(…でも!これも家族に認めてもらうため!)
しかし希良凛は、その不満をも力に変えた。必死にスティックでロールを繰り返す。
練習が始まるなり、瑠璃はタムタムを中北から教わっていた。マーチングで使うようなタムタム。瑠璃がたたくのは初めてだ。今までこのような類いは、優愛が全て引き受けていたから。
「うんうん。もう少し弱く。そうすれば遅くならないから」
「はい!」
瑠璃は指導を真摯に受け止め、スティックを上下させる。幾つも連結する太鼓を正確にたたく。
「…とん、ととんとん、とん!」
中北の声と同時に、瑠璃は慎重に打っていく。中北の指導は的確で、瑠璃の能力を更に高めていく。
「…すごく勘が良いよね、瑠璃ちゃん」
「えへへ」
中北に褒められ、瑠璃は思わず赤面する。
「…でもまだまだです。ソロオーディションで落とされちゃったので……」
それを聞いた中北は、静かに苦笑する。それでも彼女の声は、笑い声で本音を包み隠していた。
「…そうだよ!次は選ばれるように頑張らなきゃ!」
それでも中北は、慰めを鼓舞に昇華させた。
「…はいっ!」
すると瑠璃は、悔しそうに返事した。ただ慰めるのではなく、相手のやる気を増幅させる。これが強豪のやり方だった。
その頃、木管たちも笠松に教えられていた。
「サックス、もう少し音を落として」
「は、はい!」
サックスは2年生の河野芽吹だった。彼は部内の情報に詳しい。それでも実力は中の上だった。
「…クラとフルート。そこはもう1回」
凪咲と音織と久城美心乃がコクリと頷いて、音を緩やかに奏で出す。その音を聴いた笠松は、更に指導を加える。
「オーボエのそこ、もう少し強調してください。平たくやらないでください」
「はい」
指導されたのはオーボエの久城美心乃だった。彼女は瑠璃と同じ初心者ながらも、努力と才能の傑物だ。
「フルートもそこは切ってください。残響を見せ場にする所ではありません」
「御意!」
更に音が洗練されていく。
「…アンコンはそれぞれの能力が試されます。みんなが誤魔化しなんかはしない、とは分かっていますが、真剣に自分の音と向き合ってください」
「はい!」
木管4人がコクリと頷いて、きちんと返事する。
「…あと残るは、金管のトロンボーンとトランペットですか。その2つの指導が終わったら、鈴衛さん!矢野くんと一緒に、全体的な指導をお願いします」
「これも副部長で在るが故…。了解しました!!」
音織は音楽のプロだ。何のプレッシャーも感じていない。そして典型的な強心臓タイプだ。
「…では、先ほど言われた場所を意識して、個人練をしていてください」
そう言って、笠松は木管の練習教室から出て行った。スパルタだったあ、それを空気が喋るように、硬い雰囲気が緩んだ。
「や、やっぱり、スパルタ」
「それな」
美心乃の言葉に、芽吹が同意した。芽吹は金色のサックスを撫でると、肩を上下へ揺らす。
「…フフッ」
しかし音織は不敵に笑う。
「えっ?」
その笑みを耳にした凪咲が、首を音織へ回す。
その刹那、音織の長髪がゆらりと揺れる。その美貌に僅かな笑みが差す。
「…我らを待つのは修羅の如き日々か。心が躍る」
そしてそう言ったのだ。その言葉に呼応するように、白銀のフルートが光を反射する。
「……」
美しい、美心乃がそう思った瞬間だった。
「この…!中二病が!!」
凪咲が音織を軽く蹴りつける。だが皆にそれは、おふざけなのだとすぐに分かる。
「…確かに、中二だな。だが病は唯余計だ」
「全く」
凪咲はものすごく生真面目だ。音織の一風変わった発言に、思う所があったのだろう。
「ふぅ…!練習するよ!」
「了解!」
凪咲が強制的に休憩ムードをぶち壊し、再び木管特有の温かい音色が教室の外まで響き渡った。
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