♪9楽章 争奪戦! カメラに写れ!
その一方で、トランペットなどの金管パート練習室。そこは慌ただしさに満ちていた。
「ホラ、雄成くん!写ろうよ!」
「えっ、俺は大丈夫…です…」
「えぇ…。そんなぁ、勿体ない…」
「…小学生たちに譲ってあげてください」
その生真面目な声を聞いた横堀未久は頬を膨らませた。
「えぇ、仕方ないなぁ。澪子ちゃん!映る?」
「いえ、私もパスで!」
「えぇ…、1年生も遠慮してるし、写りたいの私だけ?」
未久はとても不満そうだった。
「せっかくですし、横堀先輩だけでも写ったら、いかがですか?」
坂井澪子がトランペットのマウスピースに、息を吹き込みながら助言した。
「…んもぉう、仕方ない。浅野くーん」
すると未久は、1年生を強制的に連れて行ってしまった。
未久が、1年生の浅野影寿を連れて、向かった先は中北の向けるカメラだった。
「はいはーい、皆!楽器を向けて〜、はい!チーズ!」
そう言ってフラッシュと、乾いたシャッター音が鳴り響いた。
ホルン、ユーフォ、トランペットを向けた、数人の小中学生と高校生。それは県の広報に載せる写真の撮影だった。
「はい、おっけー。じゃあ、私たちは打楽器の方に行きますね」
そう言葉を残して、中北は音楽室へと向かった。
――音楽室 ♬
その頃、パーカッションたちは、休憩の雰囲気となっていた。小学生の秀麟と奏水が、希良凛と優愛に雑談を持ち掛けている。
「そういえば、松山先生に聞いたんだけど、このあとの写真撮影知ってる?」
奏水が優愛へ問う。優愛は知らずに首を横に振る。
「…なんか、各練習室ごとに、写真を1枚だけ撮って、県の広報に出す…とか」
そこへ秀麟が助言した。
「へ、へぇ…。知ってた?さっしー?」
「いえ。知らなかったです」
やはり、ふたりは知らなかったようだ。
「写真に写りたいね」
優愛が目を煌めかせる。
「…はーい」
希良凛も笑顔で同意した。
しかし、ひとりだけ…そんな話題を嘲笑う者がいた。
(写真か…。くだらない…)
それは高校生でもなく、小学生の堀江玖打だった。玖打は淡々とボンゴをたたいている。先ほどより更に、音の細かさが増している。
「…俺は何度も写真に写った。今更、県の広報如き驚きゃしない」
棘のある玖打の声。それは彼の活躍にあった。
「…玖打は気にしないでください。あれは特別なんで」
すると突然、秀麟が笑いかけてきた。優愛は意味が分からず、目をキョトンとさせる。
「玖打、去年のソロコンテストで全国大会に出たんですよ」
「えッ!?凄い!」
優愛が驚く理由。それはかつて、優愛もソロコンテストに出たことがあるからだ。
「…その時、すごく取材が来たんですけど、玖打はツンツンしてたんで……」
秀麟の声にも、玖打は眉ひとつ変えない。ただ打楽器と向き合うばかりだった。
「へー…」
優愛は凄い子なんだなぁ、と声にならない声で、心の中で呟いた。
その頃、音楽準備室でも、瑠璃と美玖音は雑談していた。
「…えっ!?写真に写りたーい!」
「でしょう?なら、写れるように頑張らなきゃ」
美玖音と瑠璃も、写真撮影の話しをしていた。広報に使われる写真は1枚だけ……、瑠璃だって当然、出たいと思う。
「ははは、古叢井さんも出たいか」
そう言って笑う人物は、瑠璃と同様にドラムセットを務める緋波俊和だった。彼は面倒見の良い高校2年生だ。
「えへへ、出たら家族に自慢できるので…」
「か〜わい〜い〜!」
美玖音は瑠璃を愛でている。ただの可愛い後輩としか見えていない。
「こーら、朱雀。古叢井さんが困ってる」
「困ってないですぅ…」
瑠璃は俊和とも仲良くなっていた。
そうして、各所楽しんでいた時だった。
「練習は…してるか〜な?」
笠松明菜と中北楓がやってきた。その手にはカメラが握られている。
それを見た女子たちが、突如として目の色を変える。撮影されるに恥じない練習を始めた。
「そんなに写りたいか…?」
それに玖打は褪せた視線を送った。
「…はい、今から撮影しまーす!」
「…!?」
同時、瑠璃と美玖音が楽器室から飛び出した。ふたりも結局は、写真に写りたいのだ。
「この写真、県の広報に載せるので、写ったら多分、有名人になれます!」
「多分なんかい!!」
そう言うと、笠松がチョコチョコと動き回る。
「いい位置だと思ったら撮影しまーす!皆は写れるかな〜?」
そしてそう言った。その言葉に反応するように、優愛と希良凛がカメラのレンズの位置に固まる。しかし、彼女は意地悪そうに移動する。
「…はっ?」
そして玖打の真後ろで、シャッターを押した。想定外のフェイントに、意味のないフォーム。
「…え!絶対後ろ姿の、堀江くんしか写ってない!!」
希良凛が異を唱えようとした時だった…。
「あ、ブレたんで、もう1回撮りまーす!」
笠松がそう言って、バッサリと切り捨てた。
「…俺はいいんだが」
玖打は迷惑そうな顔をしながら、スティックをボンゴへたたきつけた。彼の頭には演奏、しかない以上、写りたい人たちにとっては、この上ない邪魔だった。
「…さてさて、写れるかなぁ?」
すると瑠璃がスティックを持って、レンズの方へと飛び込んだ。
(ドラムは絶対に撮ってくれない…。なら、優愛お姉ちゃんたちと写る!!)
瑠璃はドラムとのツーショットを諦め、顔だけでも写真に写る作戦に切り替えた。
それは美玖音も同じで、マレットを持ってカメラの最前列へと飛び出る。
「もう少し遠目に撮ろうかな?」
しかし笠松はそれを、ひょいと躱して明後日の方にカメラを向けた。
「…うぅっ!?」
ことごとく、カメラに写る人たちを躱していく。笠松の俊敏な動きは是が非でも、人を撮らせたくないような意思が汲み取れた。
こうして、カメラに写ろうと前に立っては、カメラから躱される、極めて意味不明な状況に陥った。
「…あはははっ」
中北も苦笑を禁じ得ない。そのカオスな様子に、彼女が終止符を打つ。
「…はいはいー。撮りまーすよ!」
中北が言うと、笠松のイジワルが止まった。
「みんな、仲良くなった?」
すると中北が皆に歩み寄る。
「ひぃぃん…。なってますよー」
優愛が泣きながら言う。
「え!?優愛お姉ちゃんが泣いちゃった!?」
その光景に瑠璃が思わず、言葉を失った。
しかし、
「嘘泣きだよ」
優愛は嘘泣きと言って笑った。
刹那、辺りが笑いの渦に巻き込まれた。
「嘘泣き上手ー」
「だね」
奏水と秀麟も賞賛するが、玖打だけは無反応だった。ただスティックを握る力を強めただけだった。
笠松が全体的にカメラを向ける。これなら、見える顔は小さいが全員が写る。
「まぁ、パーカッションだけは、特別全員写してあげますか」
その言葉に、瑠璃が「やったぁー」と喜ぶ。
「はい、チーズ!」
そう言って撮られた……写真。
その写真は数週間後、茂華町と県の広報に掲載されたのだった。
♪ ♪ ♪
そして本番は―――
「古叢井さん、カッコよかったよ!」
「優月先輩、ありがとございます!」
大盛況を収めたのだった。
優月がその証として、瑠璃をべた褒めした。優月も同じ打楽器奏者として、彼女を尊敬した。
すると瑠璃が意外なことを言う。
「…そうだ。私ね、東藤高校の文化祭行こうと思うんだ」
「えっ?大丈夫なの?茂華祭も近いはずなのに」
優月が心配する理由。それは瑠璃も茂華祭に向けて、吹奏楽部だって練習があるからだ。
「…でも、想大先輩、今日は体調崩してて会えなかったから…」
瑠璃の純粋な声。想大が体調不良というのは方便だったのに…。
「私も行きたい!」
すると優愛もその会話に参入してきた。オイオイ…と心の中で苦笑しつつ、
「楽しみにしてる」
優月はそう返した。
まさか、優愛まで来たいと言い出すとは……。
「さっしーも誘おうっと!」
「…お、おぉ」
優愛は文化祭が楽しみで、仕方なかった。
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